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第52話 さよならの卒業式



 退魔騎士学校 訓練場


 大変な思いをして、修練を積んだ実技試験を乗り越え、知識を詰め込んだペーパーテストを終えた後、残るイベントは一つしかない。


 ささやかに飾り付けの施された訓練場。

 そこに卒業生と在校生がずらりと並ぶ。

 この場所を使うのも今日で最後だ。

 なぜなら今日は卒業式。

 この学校にいられる最後の日なのだから。


 居並んだ生徒達の前に校長が立ち、最後の話を始める。


「わざわざ言うまでもない事とは思うが、諸君らは本日この学校を卒業する。諸君らは今日のこの日を迎えるために、三年間学び舎にて剣を握り、力をつけ、己が望む騎士を目指して常に精進してきただろう」


 生徒達にここで過ごした三年間を振り返らせるように校長のディラヌ・エインゲートが言葉を綴っていく。


「この中には決して癒えない傷を負ったものもいるだろう、抗いがたい困難に遭いくじけそうになったものもいるはずだ。道半ばでここから立ち去ったものもいれば、しがみついてでも残り続ける者もいた。己の力不足を嘆き、剣を振るう者もいれば、己の心の願いの為に純粋に剣を振るう者もいた……」


 やはり苦労してたどり着いた場所である為か、さすがに入学式とは違って皆真剣に校長の言葉に耳を傾けていた。


「諸君らは今日、この学び舎を去り、明日にはそれぞれの道を歩き始めるだろう。その道の上では困難なことも必ず起こる、乗り越えられない壁に行き当たることもある。だが、決してくじけてはならない。騎士とは、不屈の心を持って民を守り続ける剣である。心折れることがあってはならないのだ。歩け、力の限り。進め、その身がある限り」


 力強く述べられる言葉に、卒業生達はきっと、それぞれ明日から送るであろう日々を思い浮かべているだろう。ステラもこれからの生活を思い浮かべていた。


 元々ここには、ステラの我がままで来たのだ。普通だったら来るはずのない場所。そんな我がままを許してくれた両親の恩に報いる為にも、これからは父の後を継いで領主としての勉強に精一杯励んでいく事になるだろう。


 皆が目指すようには騎士にはならない。


 だが、それでも自分が騎士を学んできた時間は失われるものではないし、無くなるものではない。

 いつか、どこかで困っている人と出会うだろう時まで、この思い出は大切に胸の中で残り続けるだろう。

 まあ、体質上そんな未来は割とすぐにやってくるような気はするが……。


 目の前では校長が長い話を終えて、一拍おくところだった。


「私が諸君らに送る言葉はただ一言だ。卒業おめでとう。君達ならきっとこれからも上手くやっていけるだろう、私はそう信じている」


 そして最後の言葉と共に、校長が生徒達の前から去っていく。


 その後は卒業証の受け取りだ。

 三年の工程を終了したと文字で書かれ、剣の意匠が彫られた小さな楯を一人ずつ受け取っていく。

 そして在校生からの言葉をもらい。


 ……三年間の学生生活は幕を閉じ、式が終わった。






退魔騎士学校 訓練場 『ヨシュア』


「早くお祝いの言葉を言いたいのに。姉様はどちらにいらっしゃるんでしょう」


 在校生達がそれぞれ慕う先輩たちに感謝の言葉や別れの言葉を言っている中、ヨシュアは姉の姿を探していた。


 姉様は困ってる事があるならいつでも言っていいって言ってくれたけど、あの事は結局言えなかった……。


 思うのはここ最近、屋敷の周辺で不穏な空気が漂っている事についてだ。

 誰かに遠くから見張られているような気配を、ヨシュアもレットも屋敷にいる間は肌で感じていた。


 だが確かめようとしても、気配の主はなかなか見つからないし、中々尻尾を掴めないでいた。

 姉に相談しようとしても、王都でも忙しい思いをしてきたのにこれ以上心配をかけたくはなかったのだ。


「結局今まで何も起こらなかったし、ただの気のせいだったんでしょうか……?」


 そうであればいいと思うが、現実というものは時として驚くほど厳しい面を見せる。

 父達も、何やら貴族達におかしな動きを感じているようだった。

 気配の元が気のせいでなければ、レットの腕を凌ぐ力の相手となる。

 悪い事にならなければいい。そう思いながら人込みを縫って歩く。


「姉様……」


 自分とよく似た金色の髪の主は近くには見当たらない。


 この学校にいる姉は本当に楽しそうだった。

 家にいる時でも貴族の社交場にいる時でも見せない顔を見せるのだ。

 姉にとってはずっとここで過ごしていた方が幸せなのではないかと思うぐらいに。

 本人は望んではいないだろうが。


 姉とそれなりに関わった事がある人間なら誰もが知っている事だが、姉は魔法が使えない。

 けれど姉は道をそれるでも、曲がる事もなくまっすぐ育った。


 ステラ・ウティレシアはヨシュアの自慢の姉だ。

 真っすぐで立派で、曲がった事を許さず、絶えず周囲のことを気遣っているヨシュアの姉。

 カルネやツェルトやニオやライド、クラスメイトや、遠くにいるという友人達や、皆に囲まれるようなそんな人間……。


 自分の境遇を恨んで、悲しんで、あるいは悲嘆にくれて人生を歩んでいるのが普通のはずで、姉だってそうなってもおかしくなかったのに。

 そうはならなかった。

 

 それはきっと友人達のおかげなのかもしれない。


 幼なじみになるツェルトに出会って、姉は剣を振る様になり、男の子みたいに元気に外を走り回るようになった。

 カルネに出会って、姉はつまらなそうにしていた社交界で楽しみを見つけられたようだった。

 ニオやライド達、クラスメイトの人達と出会って、姉は自分の足りないものや弱さに気づくき、見つめられるようになった。

 きっと皆、ステラを支えて力になってくれた人達のおかげなのだ。


 領主になって大人たちの世界に身を置くことになると、姉はもう対等な立場の仲間を傍に置くことができなくなるし、守るべき領民達に向けて常に強い姿で接し続けなければならない。


 だからヨシュアは思うのだ。

 もちろん危ない事はしてほしくないし、そんな事にはなってほしくないが、もう少しだけ、姉には剣を握っていてほしいと。


 だがそれは叶わぬ事だと知っている。

 レットが言うように、世界は、現実は優しくはないのだ。

 おとぎ話の中の騎士のように、悪い人間を退治して終わりとはいかない。


 だからせめて、ヨシュアは卒業祝いに何かできないかと考える。


 屋敷で使用人達と相談して、父や母と一緒に考えて、それで楽しい一日を企画すれば、姉もきっと楽しくしてくれるはずだ。


 大きな事は望めないし、できないけど、小さな事で自分にできる事があるなら何でもしよう。

 改めてヨシュアはそう思った。


 そんな事を考えながらステラの自慢の弟は、生徒達や卒業生でごった返す式の会場を歩いて周っていく。





 会場の中ヨシュアや他の生徒を探して歩くステラへと、声を掛ける人間がいた。

 それは一足早く卒業して、来賓としてこの式に顔を出したカルネだった。


「卒業おめでとうございます、ステラ」

「ありがとうカルネ」


 彼女は十士(じゅうし)としての政治の経験を積むため、王都での数日の例外を除いて、他国へ赴いて勉強していたのだ。

 だが、ステラ達の式に合わせてわざわざこの日の為に国に戻って来たらしい。


「この学校での日々は良き三年間になりましたか?」

「ええ、来てよかったわ、本当に」

「そうですか、その答えが聞けて私は嬉しいです」


 ステラとカルネはそれから軽く互いの近況を話し合う。

 前会ったときはごたごたし過ぎていて、あまり個人的な話はできなかったのだ。

 ふと、ステラは思ったことを口にする。


「カルネはお姉さんみたいよね。ニオはお転婆な妹に近いかしら」

「何ですか? いきなり」

「私の友達の話よ。カルネって戦う力がないのに、いつも困ったときは貴方に助けられてる気がするもの。お姉さんがいたらこんな感じなのかなって思ったわ」

「私がお姉さん……ですか。そう評価していただけるのは嬉しいのですが、不思議な感じがしますね」


 ステラの言葉を受けたカルネは、照れたように頬を染めて視線を落とした。

 そして、友人からそう言われたのだからと、自分でも思っていることを伝えてくれる。


「私にとっての貴方は、その……唯一無二の良き友人だと思っていますよ」


 照れながらもこちらをたまに窺いながら言葉をつづる彼女。

 その様子は内容がどうでもよくなりそうなくらい可愛さがあった。

 アリアは彼氏がいるけど、カルネだって可愛いと思うのに男の人の影とか見当たらないのよね。


 やはりアレだろうか。

 しっかりし過ぎていて高値の花のように感じてしまうのかもしれない。

 後は十士(じゅうし)の娘という立場が、壁を作っているのかも。

 話してみれば案外親切だし結構気にしてくれるし、とても付き合いやすいのに……。

 もったいない気がする。


「カルネって、すごく良い人なのにね」


 良い奥さんにもなりそうだし、良い友達にもなれる。

 同性にも異性にも、とても魅力的なはずなのに。


「はぁ……。よく分かりませんが、ありがとうございますステラ。私もあなたの事は良い人だと思っていますよ、少し心配になるくらいに」


 とりあえず話を合わせてくれるカルネの言葉を聞きながらステラは、だいぶ前から起きている変化について気になった。


「貴方って、いつから私の事を名前で呼んでくれるようになったのかしら」

「気づいていなかったのですか? 私はてっきり、気づいていて聞かれなかったとばかりに思ってましたが」


 悪いが全然気づかなかった。

 せっかくカルネがフルネームではなく、名前で呼んでくれてたのにその始まりが思い出せない。


「まあ、あの時は色々ありましたし、仕方ないのでしょうね」


 沈むカルネの表情を見て、ステラはピンとくる。


 ああ、あの時か。

 確かに色々あったものね……。ありすぎるくらいに。


「案外呼んでみると良いものなのですね。信頼を言葉という形にできる事はとても心地の良いものだと思います。今まで、丁寧に接する事が相手への礼儀だと思っていましたが、こういうものも素敵だと思えますね」

「ええ、そうね。私も嬉しいわ」


 出会ったばかりの頃、カルネも私もそれぞれ足りないものがたくさんあって未熟だったけど。

 今まで頑張って歩いてきた分だけ、きっと自分達は確実に成長しているはずだ。 


 願わくば……。

 ステラは思う。その歩みがこれからも続きますように、と。

 

「とにかく卒業おめでとうございます。お互い頑張りましょう。これからもしかすれば、お互いの道が交わる事もあるかもしれません。その時はお願いしますね」

「そうね、こんな体質だもの。きっとまた困った時に会うわね」


 最後に二人は互いの手を握って別れる。





 色々な事があった学生生活。

 終ってしまったら後は、もう先へ進むだけだ。

 新しいこれからの未来を。






 だがその道が、辛く険しい道になろうとは、この時のステラはまったく思いもしていなかった。






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