第51話 生き抜く教え
「ま、ようやくヒヨコ共から黄色さが抜けてきたってぐれぇだな」
喜びに沸く生徒達を離れた所から見つめるツヴァン。口は悪いがどことなく嬉しそうに見えた。
「おい、てめぇら。忘れてねーか、次はこいつらの試験だぞ。ピーピー喚いてるうちに勝手に始めても知らねぇからな!」
喜びの余韻に浸るクラスメイトに声を掛け、ツヴァンはそこら辺に放っておいた剣を手に持ち準備を始める。
これからは個人戦の時間だ。
ステラとツェルトは一人で、担任であるツヴァンと戦わなければならない。
互いに道具は木刀ではなく真剣。
一歩間違えれば怪我を負ってしまうだろう。
……だけど、そんな心配今更よね。
今までだって、私達はそういう世界で戦って来たんだから。
「どっちでもいいが、先に来る方とっとと決めろ。面倒だから二人いっぺんに相手してぇとこだが、試験だからな」
それって二人まとめてかかっても、勝てないだろうと思われてるって事よね。
そんなツヴァンの発言を受けて、ツェルトが答える。
「片手間に相手ができるほどゆっくり成長してきたわけじゃないと思うぜ、俺もステラも」
「そうかよ。ならそれを証明してみせんだな」
「おう。……ってわけで俺から最初に行くか」
何がというわけなのか分からないが、ツェルトが先にやりたいらしい。
何の対策も情報もなしに所見で相手をしなければいけないのだが、大丈夫なのだろうか。
ツェルトは自分の剣を持って、ツヴァンの対面の位置に立つ。
気づけば、あれほど湧いていた生徒達が今は静かになっている。そして、試験の行方がどうなるのか見定める体勢だ。
「はー面倒くせーな、やっとこれでヒヨコ共の面倒が見終わる。もう、面倒くさくてかなわねぇ。教師なんて試しにやってみるもんじゃねーな」
「そうかぁ、意外に向いてると思うけどなぁ俺は」
「馬鹿言うんじゃねぇ、ピーピーうるさいだけのヒヨコの面倒に、俺がどれだけ労働したと思ってるんだ。一日平均八時間だそ」
「意外と少ないな。というかそれ、普通じゃないのか」
その時間でいうと残業すらしていない健全そのものの仕事場にいるように聞こえるんだけど。
そんなに嫌ならどうして教師なんてなったのだろう。
本人の意向ではないのかもしれない。
だがステラも、向いていない事はないだろうと思う。
ツヴァンは、なんだかんだ言いつつも生徒の事を気にかけてて、面倒見も良い。
イベントの時とかも必ず顔を出していたし、それ以外でも色々手を尽くしてくれたりはしていた(一部余計な事もしてくれたりしたが)。
そんなこちらの顔色を読んだのか、ツヴァンは皮肉げな笑みを刻んで、剣を見せる。
その動作すら億劫だとでも言わんばかりだ。
二人に向けられた剣は、血のように赤い鞘と柄の色をしている。
「知ってるかこの剣、咎華ってぇ名前でな、いわくつきの一品だ。相手に傷一つさえつけりゃあ、未練を残して死んでいった怨霊が憑りついて相手を呪い殺しちまうらしい」
鳥肌が立ちそうになったが、即座にツェルトが否定。
「まあ、怖い話だな。でもそれ、アレだろ、そういう嘘で作戦だろ?」
「ちっ、可愛げのねぇ奴らだな」
怨霊と聞いて一瞬身震いしてしまうステラだが、指摘の言葉で冷静になれた。
どうやらそういう心理的作戦だったらしい。
戦う前に、話で相手の戦意を削ごうなんて大人げない真似をしてくれるものだ。
「まあ、無駄口はおいといてとりあえず最後だし言っておくか。……先生、お願いします」
「ああ、お願いされてやらぁ」
戦いの前のつかの間のやりとりを終わらせて、それぞれ二人は集中していく。
両者それぞれが剣を構えて、互いへと向け合う。
「手加減も手心も加えねぇ、待ったも途中退場もなしだ。命賭けるつもりで来い」
「それなら得意だ。いつもみたいにすれば良いだけだからな」
「はっ、頼もしいこった。行くぜ!」
そうして、ツヴァンとツェルトの試験は始まる。
言い終わると同時に、ツヴァンが腰を落とし、姿勢を低くしたまま地を這うように駆け抜ける。
獲物を狩る肉食動物をほうふつとさせる動きで、ツェルトへあっという間に肉薄し、低い姿勢のまま剣技を繰り出す。
身のこなしも速ければ、攻撃を放つのもステラ達とは段違いだ。
それらの攻撃は、下方から上方へ向けて繰り出される攻撃だった。
受けるツェルトはそれらの攻撃を、おそらく考える暇もなく勘にまかせて避け、感じるままに防御態勢をとっている。
数秒の時間が流れる間に、どれだけのやり取りがあったのか、もはや数える気すらおきない。
「うらぁぁぁっ!」
絶えず低い位置から繰り出されるツヴァンの攻撃。それはどんな流派でもない、自己流の技のようだった。
ステラもツェルトも、それなりにこれまで色々な相手と戦ってきており、対戦相手となった者達の剣には必ず何らかの一定の規則が存在していた。
けれどツヴァンのそれは全くと言っていいほどその規則性が存在しない。その剣技は、まるで今思いついた行動を最適な剣筋で振るっているかのような、そんな出鱈目さだ。
故にこれといった対処法などはなく、全くの無策の状況からツェルトは相手の攻略法を探さねばならない。
その間に一体それだけの攻防が繰り返されるのか、気の遠くなる思いだ。
ステラでさえ戦慄を感じえないのだから、他のクラスメイトではきっと話にもならなかっただろう。
「だっ、うらぁっ、ぜぇぇぇりゃあっっ!!」
力のままに暴れる狂暴な動物のようにツヴァンの攻撃は続いていく。
そこに明確な目的など見つけられず、ただ暴力を振るうままに行動しているかのように見えてくる。
膠着状態にはならない。
ツヴァンが攻め、ツェルトが押され続ける。
このままの流れでは、押されるだけで終わってしまうだろう。
その流れをなんとか変える必要がある。
「――はっっ」
一撃を受ける覚悟でツェルトは大きく剣を振るった。
相手を遠のけ、距離を取り、わずかな時間を稼ぐ。
ツェルトは一歩足を引いて、姿勢を低くした。
「――しっ!」
今までより下方の位置で、剣を水平に薙ぐ。
振り切らないうちに、ツェルトは地面を足で押した。
つまり、相手へと体ごと突っ込んだ。
「これなら……どうだ」
距離を取る様に見せかけて、相手の距離を詰めてゼロにしたのだ。
懐に入る形になったツェルトは剣を持たない逆の手で、拳を作り放とうとするが。
「甘ぇ!」
足場の大地が、波立ってオウトツをつくった。
「――っ」
ツェルトの態勢が崩れ、上体が背後へ傾いでいく。
「これで……終いだ」
ツヴァンの声。だがツェルトは頑張った。
「――しぃっ」
防御と回避を捨てて、不完全な体勢の中で、足元に発生した土くれの塊を蹴りあげたのだ。
小さな塊が跳ね上がる。
低い位置にある己の体よりもさらに低い場所から攻撃が来るとは思っていなかったツヴァンは、驚異的な反応速度でそれを察知してしまい、判別するより先に避けようとしてしまう。
「くっ……」
顔めがけて蹴られた障害物の為に、半身を引いてしまう。
倒れ込むツェルトはもういっそ倒れるままのその流れに乗っかって、相手の顎先を蹴り上げようとするが……。
「お返しだっ」
「なっ……」
ツェルトと同じく、直前までの動きを利用したツヴァンの攻撃だった。
半身、回避のために体を引いた勢いを利用し、回転させるように足技を見舞う。場所はツェルトの脇腹。
「……がっ」
ツェルトは攻撃をくらって、その場から蹴り飛ばされる。
呻くツェルトに、剣が突き付けられた。
「勝負あったな」
「あーあ、負けちまった」
二人の戦いの決着はつき、勝者はツヴァンで決まった。
悔しそうにするツェルト、
クラスの皆に労われている。
「まだまだだな、お前は勘に頼り過ぎだ。もう少し情報を分析して考える癖付けろ。あと、思いつくのは良いが、真似される事も頭に入れておけよ」
「だよな。はぁ、もうちょっといけるかと思ったのに……」
ステラは小さく「お疲れ様」と呟く。
彼はよく頑張った。
聞こえていないだろうし、本当は直接言いたかったけど、今はこれで良いのだ。
次はステラの番だ。
頑張らねばならない。
いつかレットからもらった剣を手に、ツヴァンの対面へと移動する
少しだけ、その額に汗が浮かんでいる。
表面上では余裕を気取っているかもしれないけど、良い所ぐらいまではいっていたのかもしれない。
ツェルトの分まで頑張って戦わないとね。
ツヴァンはその場から去った敗者を見て、そしてこれから己に挑戦する者の姿を見て、考えるそぶりを見せた。
「あー……適当な話すっけどな、戦いにおいて純粋な実力なんて役に立たねぇ」
目の前に立つツヴァンは何やら迷いのようなものを見せつつも、唐突な話題を口にする。
クラスの生徒達も、その関係のない話題に疑問符を浮かべ耳を傾けた。
「騙し討ちでコロっと負ける事もあるし、どうしようもねぇ事故でコロっと死んじまう事もある。人間は物じゃねーんだ、強ぇからっていつでも強ぇなんてありえねぇし、そう思ってるんだとしたら間違いだ。結局は卑怯だろうが弱かろうが、最後に立ってたもんが勝ちなんだよ」
「それは、そうかもしれないですね」
彼の言いたい事が分からないステラは、一応言葉の表面だけを読み取って同意する。
「ばーか、そうかもじゃなくてそうなんだよ。どんなに正しかろうが、どんなに立派だろうが戦場じゃ命の価値なんざ皆同じだ」
そう言った時だけ、少しだけやりきれないようなものをステラは感じたような気がしたが、すぐにそんな雰囲気は霧散してしまう。
「だから俺は強くなる為の方法なんざ教えない。俺が教えられるのは生きるための方法だ。ウティレシア、お前は不満だろうがな」
「そう言えば、いつもそうでしたよね」
思い返せば、必要以上の事をこちらに教えようとしない態度も生徒達にそれぞれ自力で考える力を尽くさせようとしたのかもしれない。この試験だって『生徒一人』の純粋な強さを測るというよりは、『生徒達』の強みを測るというものだ。
それらはおそらく、生徒達の生き残る確率を少しでも上げようという彼なりの配慮がだったのだろう。
「騎士になって、十年後に何人が生きてられるか知ってるか? 言わねぇけどな。騎士はな、どんなに過酷な任務でも言い渡されたらやるしかねぇんだ、嫌とは言えねぇ。ご立派な騎士様や教師様ならそれでも、弱ぇもんのために戦えとかぬかすだろうけどな、へどが出るぜ」
真面目に騎士を目指している人達にとっては暴言以外の何物でもない言葉を吐くツヴァン。
だが、そんな態度にもステラ達はこの三年間で慣れてしまっていた。
何となくそうなのではないかと思ったが、ツヴァンはやはり騎士という存在が嫌いなようだった。
「後で後ろ指さされようが陰口叩かれようが知った事か、生きろ。十年経とうが二十年経とうがしがみ付いてでも生き抜いて見せろ。……生きてさえいりゃあ、明日は勝手にやって来るんだからな」
彼らしい言葉で持論を締めくくった後、ツヴァンは息をついた。
「はっ、らくしねぇまともな事言っちまった。責任とって盛り上げろよ狂剣士」
恥じる事はないと思うのに。
「騎士としてはどうかと思いますけど、立派な言葉だったと思います、私は」
「うるせぇ」
ともあれ、それでツヴァンから言いたい事は全部だったようだ。
対面で剣を構えて、集中し始める。
ステラも応じるように構えを見せる。
「手心は加えてやらんぞ、覚悟しとけ」
「分かってます」
女性に覚悟しとけなんて、普通の人なら言わないだろう。
だが、ツヴァンに至っては全力で相手をしてくれている証拠でもある。
ステラは快く受け入れた。
「ツヴァン先生、最後の試験、お願いします」
「おう」
ステラとツヴァン。向かい合った二人は同時に動く。
このクラスでの最後の試験が始まる。
ツェルトの時と同じように、姿勢を低くして距離をつめてくるツヴァン。
応じるステラは踏み出して、距離を詰めた。
自らより格上の相手に相対する場合、ステラは回避、防御を基本にして戦う。その姿勢は変えない。
だが、そうするには今回は時間が短すぎる。
相手は圧倒的な実力者だ。
のんびり分析などさせてもらえるわけがない。
少々リスクがあるとしても、できる範囲で動いて積極的に相手の動きを調べる必要があった。
やはりスピードが速い。
打ち合い数度を経た後は、低い姿勢から繰り出される攻撃に対して回避で応じるしかなくなった。
怒涛の勢いで放たれる攻撃は、レットに稽古をつけてもらっている自分とツェルトぐらいしか避けられないだろう。
見ているときにも思ったが、下方……足元から繰り広げられる攻撃は、やはりやりにくさを感じる。
対等に真正面から、またはこちらを侮って上方から攻撃をしかけてくるものばかりと戦っていたので、慣れていないというのも大きい。経験がないのだ。
それに加えて彼は、絶えずこちらの懐に入ってこようと接近してくる。伸ばした腕の内側や胴部分をダイレクトに狙って来るため、大振りの攻撃を思い切って繰り出すことができないのだ。
「ぜりゃあっ」
「――っっ!」
苦戦している。すぐにステラは回避し距離を取るのに手いっぱいになてしまった。
こんなものを勘を頼りによけていたツェルトの力がちょっと信じられなくなる。
いつまで持つか分からない攻防。
そう長くは続けていられないはずだ。
相手のスピードはまだ速くなっているし、追撃の手も次第に厳しくなっていっている。
時間も経験も、何もかもが足りないだらけの戦いの場。
理不尽極まりない状況。
だがツヴァンはそんな状況を何度も見て来たのだろう。
騎士となれば、おそらくさして珍しくもない光景を……。
だが、そんな状況なら遠く及ばないながらも、ステラだってこの年までにいくつか乗り越えてきているのだ。
「――ふっ」
ステラは、思いついた策を、一つ実行する。
剣を切り上げる動作で、砂を少量すくいあげるように振った。
「ちっ」
聞こえるのは舌打ち、けれど彼は構わず突っ込んでくる。
似たような策ならツェルトの時に経験しているからだ。
ステラとて、効くとは思っていない。
本命は別だ。
ステラは、剣を握っていない方の片手を腰に伸ばした、そこには空っぽの鞘がある。
それを掴んで思い切り突く。
相手にめがけて。
「はぁっっ!」
「……ぉ」
ツヴァンは軽く目を見張ってそれを避ける。
意表はつけたようだ。
眉間を狙った刺突技。だがツヴァンは反応し、首を傾けてそれを避けた。
それで気を落としはしない。
駄目なら別の方法を考えるまでだ。
ステラは鞘を放って、駄目押しに利き腕の方を動かし、剣技を叩き込もうとする。
一撃をこれまでにない最速の突きで入れるが、それすらも剣で弾かれてしまう。
やはり一筋縄ではいかない。
ふいに足元から、殺気が膨らむのを感じた。
バックステップで良ければ、地面が盛り上がるのを感じる。
ツヴァンの魔法だ。
盛り上がった土はステラの腰辺りの高さまでに成長した。
相手の態勢を崩すにしては、やりすぎなくらいだ。
狙いは? と考えた瞬間、それを見た。
ツヴァンは土の塊を踏み台にして、飛んだのだ。
「……っ!」
ずっと下からの攻撃を警戒していたのに、上からに切り替えられて一瞬だけ反応が遅れる。
見上げれば太陽のきらめきが目を刺激した。
圧し潰すような重みを含んだ剣が上から襲って来る。
一歩、後ろに下がる。
できたのはそこまでだ。
「――おらぁっ!」
「――くっ!」
腕がしびれるような一撃を受け止める。
剣が接触する瞬間体を沈めて衝撃を逃がしたが、それでも体の芯まで響いてくる。
「勝負ありかぁ!?」
「まだ…よっ」
反動で、数歩離れた位置に着地したツヴァンの声にステラは反論。
そうだ、まだだ。
こんなところで終われるはずがない。
なぜならまだ、ステラは奥の手を出してはいないのだから。
ステラはあらかじめ用意して置いたそれを取り出す。
食卓で重宝される使われる、よく切れるナイフだった。
分類上は食器であり凶器ではないので、持ち運びは自由。
校内に持ち込むのに便利な一品だ。
ツヴァンは肩眉を上げて、笑えばいいのか呆れればいいのか判断に迷っているようだ。
「そんな玩具を振るおうってぇのか?」
「さあ、どうかしらね」
ステラはそれを空へと放り投げ、ツヴァンへ突っ込んだ。
「げ、てめぇ……」
それに対して、ここまでのやり取りの中では同様したそぶりを微塵も見せなかったが、珍しく焦ったような表情を見せてくる。
なぜなら、放り投げられてナイフは、今まさに剣を打ち合っている二人の上空にあるのだから。
「正気かよ……」
もちろん正気だ。
つい最近行った戦いで、上空からの味方の攻撃に驚かされた経験を生かしたものだ。
人は手の届かない領域からの攻撃には、反応が過敏になるものだ。
その意識を利用させてもらった。
その場から、動こうとするツヴァンの動きは先程より若干精彩を欠いている。
運が悪くても、くだらない事でも人は死ぬ。
それはこの場にいる誰よりも、彼が一番分かっているからだ。
クラスメイト達の叫び声やどよめきが聞こえてくる。
心配させてしまうかもしれない。
だが、これぐらいしないとこの人には勝てないのだ。
「ちっ、くそがっ!」
ナイフが刻一刻と落ちてくる。
追撃の手を緩めたツヴァンが、この戦いが始まって初めて自分から退いた。
信じていた通りの動きだ。
ステラはそれを追いかけて進んでいく。
数舜後、背後に何かが音を立てて落ちる音がした。
ステラは同時に本当の最後の奥の手を使う。
金属同士がこすれる耳障りな音が響いた。
「なぁっ!?」
間抜けな声。
繰り出されたツヴァンの剣をステラが掴んでいたからだ。
鎖の巻き付けられた手で。
それはあらかじめ準備して置いた奥の手。
ツヴァンが退避した一瞬の間に、追撃に移りつつもポケットから取り出したものを手に巻き付けておいていたのだ。
もちろん王都でアリアからペンダントを受け取った時のアイデアを活用させてもらった。
元の品はただのステラの手持ちの装飾品、今は宝石部分は外させてもらっているが。
もう全て出し尽くした。
機会はここしかない。
動揺するツヴァンに、ステラは最速の一撃を叩き込もうとする。
その寸前……
「あ、あそこに何か飛んで……」
何だか子供が言うような最後の悪あがきが聞こえたような気がしたが、ステラはもちろん無視した。
そして――
「やあぁぁぁっ!!」
最後の試験、勝負に勝ったのはステラ・ウティレシアだ。
退魔騎士学校 運動場 『ツヴァン』
試験では、勝利という結果が必ず合格に繋がるものではないが、今の戦いで生徒が勝ちを取る事は、単純な採点とは別に特別な意味があった。
ステラ・ウティレシアが勝利した後、一拍おいて歓声が沸き起こる。
自らを倒した生徒を見ながらツヴァンは息を一つ吐いた
「ステラちゃーん! やったね、すごいよ-」
ステラはあっという間に人に囲まれてしまう。
クラスメイトだけではなく相手クラスの生徒にもだ。
しっかりしている所がある生徒だが、善意や好意に弱い所のあるステラは戦闘中の様子とは違って、ただひたすらもみくちゃにされて、困惑している様子だ。
頬ついているだろう赤い筋を指でなぞれば、敗北の証拠に傷口から染み出た血液が指につく。
「ったく、無茶しやがって。俺が退かなかったらどうするつもりだったんだ」
頭を乱暴に掻きながら落ちていた鞘の元までたどり着き、剣を収める。
「あーあー、のんきに喜んでくれやがって、大変なのはこれからだぞ……」
興奮さめやらぬ様子で祝いの言葉を述べる生徒達を見つめる
言いつつも、なんだかんだで甘っちょろい表情になっていくのが分かる。
今ぐらいは余計な水は差さないでおいてやろうと、そう思った。
「まったく……騎士なんてならずにさっさと教師になっちまえば良かったんだ、あいつこそこの場にいるべきだっただろ。……リーゼ」
かつて王宮で共に戦った騎士の同僚。
教師になりたいという夢を秘めていた一人の女性の姿を思い浮かべて、ツヴァンは生徒達の下へと歩いていく。
「面倒だが、悪くねぇ場所だったのにな」