第1話 いきなり生命のピンチです
恋愛ものの初挑戦したシナリオですが、楽しんでいただけるよう頑張ります。
ウティレシア領 カルル村
そこは小さな村の開けた広場。
見晴らしが良く、周囲に高い建物はない。
気持ちの良くなる様な青空がよく見える場所だった。
そんな場所で、ステラはピンチに陥っていた。
「こいつの命が欲しければ、金目の物を出せ!」
名家 ウティレシア家の一人娘、ステラ・ウティレシア(七歳)は大男に襟首を掴まれてぶら下げられ、首元に刃物を突き付けられていたのだ。
「だ、誰か、助け……」
声を震わせながらも必死に助けを求めるが、周囲にいる者達は動けないでいる。
淡い金髪に、橙の瞳。
黄色を中心として淡い色調で纏めたドレスはなめらかな生地で、上質な物だと一目で分かる物だ。それはツヤを放つ瞳色と同じ橙の靴や、宝石の縫い留められてたバッグも同様に言える。
その少女は間違えようもなくどこからどう見ても良い所の家のお嬢さんだった。
「ち、近づくんじゃねぇぞ」
一方、大男の方の衣服は汚く、髪も手入れがされずにボサボサで肌はガサガサに乾いて荒れている。
表情は険しくて、目は血走っていた。
凶器を手にするその大男に、捕まっている少女は抵抗する事が出来ない。
彼女の運命の行く末は、このままでは哀れな末路のみだった。
そうだと分かっていても、周囲の村人、少女の家族や使用人、護衛達はその場を動く事ができなかった。
乱暴な物言いをする男はそれなりに荒事のできる人間らしく、下手な動きを見せようとすればわざと少女を怖がらせる。そうしてその様子を周囲に見せつけ、いちいち牽制してきたからだ。
今も、刃物を少女へと突きつけ、余計な行動を起こさないように脅しをかけていた。
「ガキも、動くとどうなるか分かってんだろうな……」
「ひっ……」
涙目になって、喉から引きつった悲鳴を漏らす少女は抵抗どころか自分の意思で動く事すらできないような状態だ。
そんな様子を見てか、周囲にいた人々の中……少女の家族が声を上げた。
「金目の物なら、ここにある。だからその子を離してやってくれ」
「お願いします。私達の大事な娘を離して」
「ねえさまを離して」
父親と母親、そして少女の弟が言葉を尽くして必死に説得しようとするが、男は聞き入れようとしなかった。
「うるせぇ! 俺はお終いなんだ。だからこいつを道づれにしてやるよ。だいたい貴族に生まれた癖に能力の一つも持ってねえこんなできそこないのガキ、死んだって大した損害になるわけねぇだろうが。こんな娘を育てている親も親だ、くだらない労力を使って……」
大男は唾を飛ばす勢いで喋る。
しかし、興奮した様子のその男の近くから、少女が肯定の声を上げる。
「……そうね。その通りだわ」
「ああ?」
それは先程まで怯えていたはずの少女の口から発せられたとは思えないものだった。
大男は当然、一瞬耳を疑うような表情をした。
刃物を持った男を涙の浮かんだ瞳で睨みつける少女は、声を震わせながら続きの言葉を述べていく。
「私は貴族に生まれたにも拘らず何の能力も持ってないわ。でも、だから? 私を殺しても貴方が困るだけよ。その脳無しの血で自分の手を汚す事になるのだけど、良いのかしら?」
怯えながらも力強い意思を瞳に込めてまっすぐと見返す少女の様子に、男は何が起こっているのか分からないという風にたじろぐ。
「お前、自分の立場分かってるのか!!」
大男は怒鳴りつけるが、少女はひるまない。
「分かってるわ。貴方が人質にしようとした私の弟のかわりにこんな風になってしまった哀れな貴族の娘よ。貴方、さっき悪徳なお金貸しに騙されて身ぐるみを剥がされたとか言っていたけれど、自暴自棄になる前に自分で取り返す努力をしなさい」
「黙れ……っっ! ガキの癖に偉そうに説教すんじゃねぇ」
反論のしようがない正論の言葉、確かな意思を秘めた強い口調。
立場が逆であるはずなのに、男はいつしか追い詰められたような表情になっていた。
「そのへ、減らず口を、今すぐ叩けなくしてやる……っ」
「や、やめろ!」
「ステラ!」
少女の両親の悲鳴が上がる。
男は手に持っていた凶器を大きく振りかぶり、少女を切りつけようとした。
それでも彼女は、体を強張らせつつも怯えの色を表情に出さない。
そんな哀れで力強い少女が、男の手にかけられようとした……、
その瞬間。
「うおぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」
木刀を持った少年が空から降ってきた。
少年は刃物を振りかぶった男の真上からまっすぐに落下。
勢いをそのまま打撃力に変換し、木刀を男の脳天へと振り下ろした。
「が、……ぁ……ぁ」
男は糸が切れたように倒れこんで、ぶらさげられていた少女はその手から解放され尻もちをついた。
少年はそのまま空中で器用に半回転して地面へと着地。
一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声が周囲からわき起こる。
「「ステラ!」」
「ねえさま!」
少女は何が起こったのか分からないというような状態で、呆然と周囲を見回している。
遅れて駆け寄ってきた両親の、そして弟の抱擁を受けてやっと、少女は現状を理解したようで、くしゃりと表情を歪めた。
「お父さん、お母さん……」
さっきまでの威勢を無くした少女は、両親の腕に包まれ、無我夢中で大声を上げながら泣き始めた。
「ひっく、ひっ、うえぇぇぇぇぇん」
「よく頑張ったな、ステラ」
「あなたは自慢の私達の娘よ」
両親にしがみついて叫ぶように少女の涙が枯れるまで泣いた後は、周囲にいた人達が口々に言葉をかけていく。
「ステラお嬢様、よく頑張りましたね」
「ご立派でしたよ」
「素晴らしい態度でした」
その中には少女を助けてくれた少年もいた。
少年も少女に声をかける。
「そうそう、皆の言う通り、かっこよかったぜ! びっくりしたけど!」
「あの、ありがとう」
他の大人達と両親が会話している間に、少女はその少年へと礼を言う。
「えっと、あなたには助けられちゃったわね」
泣き腫らして真っ赤になった目で見つめ、未だぐすぐすと鼻をならしながら、恐る恐ると言った様子で。
それは男と堂々と話をしていた様子とは違い、どこか臆病そうな性格の印象を抱くものだった。
「気にすんなって。好きで助けたんだから。周りの連中の意気地のねぇ事ったら、見てらんなかったよ」
少年は照れくさそうに鼻の頭をこすって視線をそらす。
そんな少年に、少女ははにかみながら言葉を続ける。
「名前……何て言うの?」
問われた少年は得意げに胸をそらしながら、名乗りを上げる。
「俺の名前は。ツェルトだ。ツェルト・ライダー。よろしくなステラ……えっと」
「ステラ・ウティレシア」
「おう」
今も地面に座り込んでいる少女へと手を差し伸べる少年ツェルト。
だが、その手を掴む前に少女の身に異変が起きた。
「ぅっ……」
少女は苦し気な声を発して頭を抱える。
そうして身を知事めて体を震わせた後はその場に崩れ落ちようとする。
傍にいた少年は慌てて少女を支え、呼びかける。
「ステラ!」
人質の立場から解放されたステラはほっとしていた。
弟をかばって、男に捕まった時は怖くて怖くてたまらなかった。
何かできるとは思えなかったし、立ち向かうなんて無理だと思えた。
だが、何よりも大切な家族の悪口を言われて我慢ができなかったのだ。
気が付いたら無我夢中で反論していて、自分でもびっくりした。
確かに男は怖い。
けれど、ひとたび口を開いて喋ってしまえばそんな事はもう気にならなくなっていた。
そうして威勢よく言葉を紡ぐ内は、どんな怖いものにでも立ち向かっていけるような気がしたのだ。
だが、やがて風向きが怪しくなって男が刃物を振りかざし始める。
それは、近くにいるステラにとって、とてつもなく恐ろしい光景だった。
だが、それでもステラは我慢したのだ。
負けてたまるか、屈してたまるか、と精一杯の勇気を振り絞り相手を睨みつけた。
絶体絶命の命の危機。
死を覚悟したそんな状況の中。
ステラは空から降って来た少年に助けられた。
さっそうと現れて男を打ちのめしたその姿は、とても格好良かった。
まるで、よく母親に読んでもらう絵本の登場人物……勇者様みたいに見えた。
名前を名乗りあって、手を差し出された時は嬉しくなった。
この子と友達になりたい、とそう思ったのだ。
一緒に話をしたり勉強をしたりしたい、と。
けれど、
「ステラ!」
そんな思考を遮るかのように急にステラを頭痛が襲った。
白い閃光が視界の中で弾ける。
あまりの衝撃のせいか、脳が強制的に自ら機能を休ませようとしているのが分かった。
意識がぼんやりとしていき、体から力が抜けて倒れてしまう。
少年が慌てて手を差し出して、地面に落とさないようにステラの体を支えるのを把握しながら、沈んでいく意識に身を任せて瞼を閉じた。
外界の刺激が一切感じられなくなった後、ステラはどこかを身一つで彷徨っている夢を見る。
それは知らない場所、知らない人達と会話する夢だ。
これは?
何だろう……。
どれも知らないはずのものばかりなのに、なぜかとても懐かしい。
ステラはその夢の中では違う人物になっていた。
年も十代後半くらいで、見た事もない服を着ている。その夢の中では、いろんな事をして、笑ったり、泣いたりして過ごしていた。
けれど、そんな人生はある時に唐突に終わってしまう。
ショッピングセンター、という場所に買い物に行ったとき、ナイフを持った男性に人質にされてしまうのだ。
周囲にいる人間に助けを求めても誰も応えてはくれない。
目当ての物を物色し終わった男性に少女は連れていかれる。安全に逃げるために。
しばらく進んだ後、お荷物だと判断したのか、それとも用済みになったと思ったのか分からないが、少女は男性の手にかかり、その命を散らしてしまうのだ……。
そこで自分のものではない意識が流れ込んできた。
「――――皆、私に価値がないから助けてくれなかったんだ」
「――――私がもっと、凄くて特別な人間だったらあんな風に見捨てられる事は無かったんだよね?」
「――――もしやり直せるなら、今度はちゃんと頑張るから。だから……」
……見捨てないで。
そこまで見た所で白い光に包まれて意識が遠のいていく。
夢はそこで終わっていた。
(※3/30改稿しました)