創造
9 「クリエイター系」
大学3年の夏の始め、絵美はとてつもなく忙しくしていた。主に将来についての礎の活動にだ。
企業に就職するならゲーム会社と決めていたし、なにか武器を持ってない事には、始まらないと考えていた。なので、今回のコミケに間に合うように仲間と作り上げてきたゲームは、これからの人生を左右する重要なソフトになる予定だった。
絵美のマッキンブックには大量の素材、プログラム、スコア、シナリオ、イラスト、プレス会社や印刷所の契約書類や仲間とのメールなど、兎に角ぎゅうぎゅう詰めに入っていた。あとすこし、二日ばかり徹夜すれば、これらを使ってゲームのマスターアップをする事ができる。
絵美はマッキンをシャットダウンして、ゼミの教室をあとにした。
「そういえば卒論もやらなきゃな」
別に文系に卒論は必須ではないのだが、元来、文章を書くのが好きな絵美はせっかくゼミに入ったのだし、提出するつもりでいた。その原稿もほぼ出来上がっている。
「とにかく、何か食べないとだわ」
そう、作業はこれからラストスパート。学食のカフェテリアに向かい、BLTサンドイッチをトレイにとり、席を確保するとマッキンを立ち上げた。そしてサンドイッチにかじりつこうとした瞬間、絵美は背筋が凍った。
「起動ディスクの空き容量がありません」
このメッセージが出るとマッキンがうまく動かなくなった。何かと操作するとこのメッセージが出てしまうのだ。
「こ、壊れた?いや、容量不足ね」
絵美はデータフォルダーの中を覗いた。全く整理されていないフォルダは何が必要で何が不必要なのか、ちょっとやそっとでは分からない。それを調べるには、取得したファイルの日付とそれを取得したメールをみて、バージョンを合わせ、古いものと新しいものとを整理し…。
考えるだけで途方にくれそうになった。これをまともに動かないマッキンでやるのはほぼ不可能に近い。
試しにしょうもないテキストデータを捨ててみたが、数KB減るだけで、ほとんど効果がなかった。
まずい、この機械にとにかく何でもかんでも突っ込んできたのである。これが動かないとゲームも、就職も、卒業も…。目の前が突然闇で覆われ始めたところを必死に思い直し
「が、学生ネットのSNSに書き込みをしたら誰かが…」
「え?壊れたの?You、新しいの買っちゃいナYo」
「おめでとうございます!新しいマッキン、楽しみですね」
「文鎮化ですか?これは買い替えのチャンス!」
ろくなリプライがつかない。マッキンを使っている人間というのはコンピュータに詳しい人が多くない、トラブルになったときにまともな対処を言ってくる者は少ないのだ。ことトラブル関しては、使い物にならないクズ連中ばかりなのだ。
仕方なく自分なりに調べてみた。
ファイル種類を見る画面があって、それによると音楽、映像、文書と、たしかにたくさんあるが、「その他」という意味不明のデータが100GB以上ある。どうやらこれが悪さをしてるらしい。
えみえみ:「その他データの消し方ってわかりますか?」
「初期化」
「ゴミ箱に捨てる」
「新しいのを買うw」
だめだコイツラ。人のトラブルを楽しんでいるのだ。
そんな中、一人だけまともなリプライを出してくる人を見つけた。
サブロ:「バイナリーデータですかね?調べてみましょう」
えみえみ:「おねがいします」
サブロ:「このページの回避策が有効なようです http://www.mackinnikki......」
このサブロさんの言うリンクのブログを見てみたが、書いてあることの1割も理解できない。
えみえみ:「サブロさん、このページに書いてあること全くわからないんですが」
サブロ:「ブログの記事のほとんどは前置きです。大事なのは最後の部分だけです。音楽ソフトを立ち上げて…」
えみえみ:「なんで音楽ソフトを!?音楽を消すのは無理なんです。大切なコンテンツなんです」
サブロ:「そうではなくですね…。今どちらにいらっしゃいますか?」
えみえみ:「カフェテリアの手前奥の植木の近くでマッキンブックを開いてます」
「あ、目の前でしたか、何と無くそうかなぁと思っていたんですが」
目の前の男はカレーをすくいながらスマホを巧みに操作していた。
「あ、あなた…カレー」
「ええ、カレーは金曜日に限りますからね、"月曜から煮込まれたルー"」
「いや、そんなばかな。しかしあなたカレー食べながら、調べたの?」
「ええ、私、"ながら族"なんです」
「なによそれ」
「あ、それでですね、お借りしていいですか?」
「え、ええ」
「まず、音楽ソフトを立ち上げて、「設定」から「バックアップ」を選択します、するとここに…」
たくさんのスマホのバックアップデータがあった。5行以上も。
「大分前のもありますね、これ昨年とか、最近の一つだけ残して消してもいいんじゃないですかね?」
「え、ええ」
「では選んで、消してください」
「消したわ」
「で、メッセージは?」
「出なくなったわ…」
「その他データは?」
「80GB減ったわ」
「トレビアンですかね?」
「トレビアンよ!」
「あ、あたし、明後日までにコミケとか就職とか卒業とか全部これに頼っていて…」
「それは素晴らしく頼もしい機械ですね。よかったですね、うまくいって」
そう言われると、急に涙がブワッと出てきた。
「え、えーん…」
「やや、困りましたね。うまくいったっというのに」
「とにかぐ、えぐ、えぐ、ありがどう、ありがどう、ええっと」
「サブローです」
「サブローさん、なんてお礼を」
「お礼ですか、実は私、今月の食券が3枚ほど足りなくて」
「いいわ、あたしの一冊持ってって。どうせこれからしばらく学校には来ないんだから」
「ああ、そうですか。コミケでしたっけ、頑張ってください」
「あの…、何かあったらまた来てもらってもいいかしら」
「ええ、構いませんよ。さすがに食券一冊分は働いていないと、心苦しく思っていたところです」
「あの、あの、もっと厚かましいことをおねがいしても?」
「というと?」
「今から3日間私たちのゲーム作りを助けてくれないかしら?」
「え?でも私、パソコンの不具合を治すぐらいしか能が…」
「それ、それをやってもらいたいの。絶対同じようなことがみんなのPCで起こるんだから!。お願い、何もなくてもバイト代は出すから」
「それでしたら…」
「よし‼︎」
絵美はガッツポーズをとると仲間のSNSに書き込んだ
えみえみ:「エンジニアゲットォ!(涙)」