恋愛
見事得意先の部長の仕事を成功させたサブローと英子。その後二人には意外な展開が…。
7「連絡先」
とあるサラリーマン一家の夕食後の会話。
父と母と一人娘の絵美(27)。
「というわけで、原因は電池切れだったわけだよ、わっはっは」
「お父さん、自分で解決したわけでもないのに、昼から終始こんな調子なのよ」
それを聞いた絵美がぴくりと、口の端を上げた。
「へぇ、それじゃ”誰が”お父さんのパソコンを直したのかしら?お名前は聞いたの?」
「たしか、サブロー、サブローさんという名前だったわね」
「はて、イチローだったかもしれんな」
「間違いないわ、サブローさんよ。左腕で三塁だからサブローだっておっしゃってたもの」
「そんなわけあるか」
「ふ、ふふ、ふふふふっ」
娘はワナワナと震えながら笑い始めた。
「へぇ、そうなの、サブローさん、サブローさんねぇ!」
娘は突然大きな声で叫ぶと父と母と問い詰めた。
「で、どうなの、連絡先は聞いたの!?」
「はて、直接関係していた者の部下の知り合いという事だったのでなぁ、詳しい事は分からないぞ」
「それでもいいわ、その関係した人とやらの連絡先を教えて!」
「な、なんだ急におまえ」
「ついに、掴んだわよ、ついに、掴んだわよ。覚えてなさい!」
「また二度言ってるわ、大事な事なのかしら」
「なんだ、おまえのパソコンも調子悪いのか、電池切れかもしれんぞ」
「うるさーい、いいから連絡先を教えなさい!」
娘の剣幕に押され、本来企業秘密であるはずの得意先の連絡先が知れる事になったのである。かように権力の前には機密保持などあってないようなものなのである。
8「男女の関係」
「で、私たちなんだけど」
「はい」
「どうしてこういう事になっちゃったのかしら?」
三郎と英子は朝同じベッドの中にいた。場所は川崎の英子のマンション。日曜の朝7時である。
「知りたいですか?」
「私、何か言ったのね」
「ええ、おっしゃってました」
「アノ時にも?」
「ええ、同じことをおっしゃってました」
「なんて言ってた?いいから教えて」
「私が何処かへ、連れて行くことをお望みといった類のことです」
「え?」
「取り返しのつかないところまで連れてってー(棒読み)、でございます」
「…なんて、…なんてことなの」
「ご安心ください、今現在は比較的容易に取り返しのつくような状態ではあります」
三郎は川崎にいる三郎の友人宅に宿泊する旨さよりには伝えてあるとのこと。ちなみにさよりには今の英子の住所は知られていない。2年前に引っ越したのだ。
二人は部長夫妻の食事の後に、お茶をして帰る筈であった。しかし三郎がさよりに帰りの連絡を入れた時に、なぜかさよりが電話に出ず、”しかたなく”そのまま飲みに行ったのだ。
英子は酔いが回ってくると恋愛ドラマの話をした。
「遡ることは1970年代ね、テツオの時代よ、私、自慢じゃないけどテツオのドラマは全て見たわ」
「ロンバケね、懐かしいわね。もっともあの頃は私、学生だったから、いまひとつピンときてなかったのよね〜」
「恋愛ものって、普段言わないような言葉が唐突に出てくるじゃない、あれが時にグッとくるのよねぇ。トラックの前に飛び出して”ぼかぁ済みましぇ〜ん”とか、いきなり何言うのって話よねぇww」
「最近は、(恋愛ドラマを)ネットの配信で見てるわ、海外物よ。ほら、テレビに刺す便利なスティックがあるじゃない」
「でも、たまに途切れるのよねぇ、アレ。何でなのかしら」
「せっかくだからさぁ、サブローさん、それ診てくれない?」
こういった経緯で、サブローは英子の住む川崎のマンションまで同行したのである。
三郎は英子のマンションの部屋に入ると、ネットワークをチェックした。通信業者のルーターの先に、更に無線ルーターが繋がっている。回線は光ブロードバンドのマンションタイプと思われる。
「英子さん、このおしゃれな無線ルーターの説明書、あるでしょうか?」
「うー、わかんない、あるとしたらここ」
三郎は英子にドサっと取説をまとめて渡されると、その中から無線ルーターの説明書を取り出し、ルーターのIPアドレスの書いてある紙を探し出した。
「英子さん、PCお借りできますか?」
「はい、いいわ、ええっとパスワードパスワード」
英子がやけに長いパスワードを入れるとPCが起動を始めた。ハードディスクで起動する英子のパソコンは、もどかしくウインドウOSのデスクトップを表示した。
「お借りします」
三郎はブラウザーを立ち上げると、先ほどのルーターのアドレスを入力し、無線ルーターの設定画面を開いた。そして設定を「ルーター」から「ブリッジ」に変更して、ルーターを再起動した。
「これで大丈夫でしょう」
「大丈夫って、これでもう途切れないってこと?」
「ええ、今まではルーターが二つある状態でしたので、云々」
「あ、端折った、端折ったわ」
「ネットワーク関係はそれらしく解説できるほどボキャブラリがないのです。とにかく、ルーターを一台にしてIPアドレスの競合が起きなくなりました、これで大丈夫な筈です」
「うーん、さすがね」
「恐れ入ります」
「ところで、サブローさん?」
「はい?」
「これから取り返しのつかないところまで私を連れてってくれないかしら」
……
「で、わたしの唐突なそのセリフの後、なし崩しにこうなったって事なのかしら」
英子は机の引き出しの奥にしまってあった、タバコに火を点け、スパスパやり、せわしなく部屋を歩き回りながら言った。タバコはとうにやめたはずなのに、なんでこういう時に都合良く出てくるのだ。ライターも。
「いやまさにその通りです」
「信じられない、信じられない、この私が、この私がそんな軽いノリで男の人と一夜を共にするなんて、ドラマじゃあるまいし」
「二度、二度おっしゃいましたね」
「それぐらいありえないってことよ。困ったわ、さよりになんて言えば…、いや、言ったら殺されるわ、ねぇ、このことは絶対黙ってて」
「承知しました。とりあえず、私は一旦失礼します。また、連絡いたしましょうか」
「いや、ダメよ、ダメ、あなたから私には、近づかないで。必要になったら私からするから」
「それでは、一旦ここはお別れということで」
「うん、あっ…」
「まだ何か?」
「あたし、良かったかしら、その…」
「もちろん、最高でした」
「うわっ、わたし、グッとくるわ〜」
英子はベッドに倒れて毛布で顔を覆った。
電話が鳴っている。英子のスマホだ。一旦切れて、また鳴っている。しつこい相手だ。スマホを取ろうとして、ベッドから落ちた。
「もしもし、(チッ、ようやく出たわ)、伊澤さんの携帯かしら、サブローさんそこにいらっしゃる?そんなわけないか」
「ええっ、いらっ、いらっ、いいいい、いないわよ」
起き上がると英子はサブローのいる方に手をバタバタさせたが、手は空を切るばかりで手のひらはバフバフとマットレスに当たった。
目を向けると誰もいない。人の気配もない。
「あれ?、あれっ、アレェェェ!」
「伊澤さん?、まさかサブローさんと?」
「いや、いや、そうなの、いやいやいや、サブローさんはいないのよ」
「まぁいいわ、サブローさんのことでちょっとお聞きしたいことがあるの、お話できるかしら?」
「失礼ですが?あなたは?」
「青柳と申します、青柳絵美です、そちらはどちらになるのかしら、東京でよろしいかしら?」
「じ、自由が丘辺りで如何しら」
無意識に世田谷を避けた英子であった。
「承知したわ。15時に自由が丘で、また連絡するわ」
電話が切れる
「まさか、まさかの夢オチ…、どの辺りから?!」