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パソコンヒモ男  作者: ふじふじ
パソコン編
6/47

懐古

7「バツテリー」


「はーい、サブローさんの携帯ですけどぉ、どなたですか?」

「さ、さより、サブローさんは?」

「は?誰ですかあなた、サブローさんの何ですか?」

「何を言ってるのよ、さより、私よ」

「なんだ英子か、何?サブロー君に何の用?」


怖い、なんか怖い。声が怒っている。3年前、我が社の魔女コンビと呼ばれた片割れの女、論理的な思考を持たない同僚を排除していた同僚さより、あの口調である。


今思えば、相談に来ていた社員たちを無下むげにするようなあの態度はいけなかったかもしれないと思える。今のさよりは、明らかに恋人に変なむしがとりつかないよいうに警戒している。外敵を寄せ付けないようにしている、母グマのようなものだ。


「ぱ…パソコンが」

「パソコンがどうかしたの?こないだ直したじゃない」

「それとは違うパソコンが故障して」

「英子、パソコン何台も持ってるの?」

「いえ、私のではなく、お客様の」

「ハァ?なんで英子がお客さんのパソコンを直すのよ」


ブツッ


切られた、切られたわ。怖い。さよりさん怖い。というか、サブローさんは?


「どうかしたのかね?」


部長は心配そうにこちらを覗き込んできた。そんなに心配なら自分でなんとかしてほしい。


「いえ、ちょっとかける相手を間違えまして…」

「しっかりしてくれたまえ、子供じゃないんだから」

「はぁ」


どうしよう、あの状態のさよりが取るとなると、サブローさんに電話をかけるのははばかられる。でも他にパソコンに詳しい知り合いもいないし。


PCDr.(ピーシードクター)…。ふとパソコンショップ名前が浮かんだ、あのお店なら10万円で…10万円。こんな古い家財しかないような家の家主がパソコンの修理に10万も払うわけがない。いっそのこと私が引き取って…会社の経費で…。


途方に暮れていると、英子のスマホに着信が入った。


サブローさん、とスマホ画面には表示されている


英子は恐る恐る、電話をとると、開口一番謝った。


「ごめんなさい、さよりさん、これは本当にお客様の案件で…」

「落ち着いてください、英子さん、私です」

「あっ、サブローさん!」

「先ほどは失礼しました、さよりんから電話を受け取る時に誤って電話を切ってしまって」


嘘だ、さよりはわざと電話を切ったのだ。変な女にサブローさんが絡まれないように。

英子は涙目になりながら、今度はサブローが電話をかけてきてくれたことを喜んだ。


「ええ、ええ、いいのよ、それより今、パソコンのことで困っているのよ」

「おや、先日直したばかりだというのに、よっぽどパソコンに好かれていますね」

「そんなことないわよ!お客さんのところに、なぜか我が社の開発室の端末が払い下げられていて、そのパソコンが故障してしまったの」

「おちついて、英子さん。問題の機械パソコンの特徴を教えていただけますか?」


N社のデスクトップ。製造年を見ると、今から5年ほど前の機種。スリムな形。型番はM-590。DVD-ROM、フロッピードライブ付き。USBのキーボードとマウス。液晶画面で、端子はVGA。CPUプロセッサはパソコンが立ち上がってないのでわからないが、エンブレムを見ると、米インチェル製。


サブローに教わりながら、英子はパソコンの特徴を次々と伝えていった。


「故障内容はどんな様子でしょう?」

「え、ああ、そうね、電源は入るみたい。でも画面は真っ暗なまま、OSは立ち上がらない。ランプはつきっぱなしだけど、何も出てこないわ、先日まで動いていたそうよ」

「だいたいわかりました、英子さん、そちらの住所を」

「わかったわ」


英子は半蔵門のマンションの名前を教えた。


「ちょっと寄るところがありますので、1時間ほどで、そちらにお伺いします」


サブローが来る間、部長の話をずっと聞かされた。70年代がいかに素晴らしい時代だったか、あの頃はみんなこうやったものだなど、まるで自分の父親と話しているようだ。英子の父親は日系アメリカ人だが、年寄りというのはどこの国でもおなじものだ。頑固で、改めなくて、迷惑かけて…。


サブローが来たのはきっかり1時間経った頃。百円ショップの袋を下げて登場した。


「今日は、サブローと申します」

「サブロー君か、やはり野球を?」

「ええ、三塁サードをやってます、ちなみに左腕ですが」

「そんなわけあるかい」

「あっはっはっは」


「なかなかいい若者じゃないかね」


男の子の会話というのは時にわからないことがある。何がいい若者なのか。三塁サードで左腕だと何だというのだ。とにかくサブローに奥に進んでもらい、パソコンを見てもらうことにした。


状態と現象をチェックすると、サブローはデスクトップの外装ガワを外し、百円ショップの袋から小さい銀の円盤を取り出した。


二個入りで百円のようで、その一つを切り離すと、パソコンの基盤上から同じものを取り出し、百円ショップのものと交換した


カチン


基盤から音がすると、サブローはガワを戻し、接続をやり直した。電源を入れると、メーカーのロゴが出た後、メッセージが高速で流れ、OSが立ち上がった。


「え?、直ったの?」

「おそらく直りました」

「何が原因だったの?」

「コンピュータには、基本的な入出力を司る基本システム、略してBIOSバイオスというものがあるのですが、その設定情報コンフィグCMOSシーモスという揮発性の記憶装置メモリーの中に書き込まれています。常時電源がないとならない記憶装置メモリーなのですが、このCMOSが必要な電力は非常に微弱なため、多くのパソコンはこのバックアップに電池を使っているのです。OSはBIOSをコントロールする仕組みなので、この電池が切れたことによって、BIOSが上がらなくなり、必然的にOSが起動しなかったというわけです、長い間放置されたPCでよくある現象です」


「つまり?」

「電池切れです」


「あっはっは、電池切れかね」

「ええ、電池切れです」

「なるほど、カメラのシャッターや露出のようなものかね」

「電池としては似たような電池ですね」

「まるで昔の機械だな」

「そうですね、このようなデスクトップ機の場合、パーツは新しくても、設計自体は80年代のものとそう変わりありません」

「つまり、電池も切れると」

「そうなります」

「はっはっは。これはいい、これはいい。このパソコン、大切に使わせてもらうよ」

「ええ、是非そうしてください」


その後、遅い昼食を部長のところでいただいた。奥様の料理は素晴らしく美味しく、なんでも完全な無農薬なお野菜、放し飼いの鶏の鶏肉なのだという。70年代に学生だったころの友達が、地方で作って、分けてもらうのだという。強いこだわりと頑固さがこれらの食材を作っているのだという。9割はその話を自慢話のように聞かされた。


ほんと、年寄りとは、頑固で迷惑をかける存在なのだ。

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