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6「払い下げ」
「今日はきてくれてありがとう、歓迎するよ」
新築の家に案内された英子は少し緊張していた。お得意先の部長の昼食に招待されたのだ。
元々は英子の上司、佐川が来る予定だった。休日に家族の用事があるとのことで、どうしても行けないというので、その上司に変わって英子が出てくることになったのだ。
一等地の新築マンション。おそらく億に近い家だろう。一体何年ローンなのだろうか。いや、世の中にはどんなお金持ちがいるかわからない。現金ということも考えられる。
しかしながら、英子のその考えは少々誤っていることに家に入ると気づいた。
調度品はかなり古びており、中には部長が学生時代のものと思われる`70年代の代物のようなレトロなものもあった。
「いやっはっはぁ、なかなか捨てられなくてねぇ」
「はぁ、たしかにレトロなものが…」
「フィルムカメラなんてまた流行っているらしいぞ、カメラ女子という人たちに」
「ええ、そのようですね」
奥には少しくすんだ色のパソコンが見えた。嫌な予感がする。どう見ても企業の払い下げのパソコンだ。実質本意な無骨な外観をしており、識別番号が貼ってある。なんだかあの番号はどこかで見たような気がする。例えばうちの会社の開発室とかで。
「いやぁ、古いものは君、なかなか丈夫にできているものなんだが、新しいものはダメだな、例えばパソコンとか」
「はぁ、なるほど」
「例えば、パソコンとか」
「二度、おっしゃいましたね」
「大事なことは何度もいう、これが我が家のモットーでね」
「大事なことなんですか?」
「何を言うんだね、本日、御社に来てもらったのは他でもない、あそこにあるあのパソコンを直してもらいたくてお呼びたてしたのだから」
英子は頭が痛くなった。たしかに我が社はソフトウエアを扱っているIT企業の一つであるが、パソコンメーカーではない。パソコンの修理ならメーカーにお願いすればいい。
「パソコンの修理であれば、その、メーカーにお願いできないのでしょうか?」
「製造年が古くて、もはやメーカーも保証対象外だというのだ」
「であれば、新しいのをご購入なされば?」
「あれが、新しいのだ」
「はい?」
「あのパソコンは、先日、君の会社の佐川くんを通じて手に入れたばかりのものだ。何もかも入れてもらって、1週間ほどは動いたのだが、先日、はたと動かなくなってしまったのだ。」
「佐川…佐川、というとあの佐川ですか」
「うむ、その佐川だよ」
「今日、この時間に来るはずだった佐川ですか」
「その通り、約束の時間より少々早く来たようだがね」
「ちなみに佐川とは連絡を取っていただいておりますでしょうか?」
「うむ、パソコンに詳しいものをこちらによこすというので連絡をもらっておる」
なんてこと、なんてことだあの上司、自分のやったことの尻拭いを部下に…。
…日本人上司によくある特徴だった。
手柄は自分のもの、失敗は部下のものである。官僚主義の組織にいたような人間がよくやりがちな手である。そういえば、あの上司は元銀行マンであった。
「この恨み…何倍に…」
英子は企業ドラマの常套句が頭に浮かんだが、打ち消した。好きじゃないのだ、企業ドラマは。見るのは恋愛ドラマ専門なのである。
どうしよう、このままでは埒があかない。そもそも企業払い下げの端末機が客先にあること時点で問題が起こりそうだ。うちの情報部門はマズい。
英子は、スマホをとると、あの連絡先を探した
「今、詳しいものを呼びますので…」
サブローさん、お願い…出て。
電話にはすぐ人が出た。