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*小説・エッセイ・散文・その他*

海のそばで

作者: a i o

 海が好きだ。


 水の音を聞いて心地がよいと感じたのはいつからだろう。

 薄暗い部屋で聞く雨の音も、散歩をしながら聞く家の近くを流れる川のせせらぎも、お風呂場のシャワーの音も、ざわついた心を安心させてくれる。


 でも、とりわけ海は別格。

 誰が作ったのか分からない、腐れかけた木の梯子が掛かった防波堤を越えて辿り着く砂浜はゆるやかなカーブを描き消えていく。新しい足跡と古い足跡が重なる光景は、皆帰る場所があるような気がして穏やかな気持ちになる。

 観光スポットのすぐそばの海岸は、いつもまばらに人がいて、ただ海を見に来たひとや、夕涼みに散歩をするひと、懸命に夕陽をカメラに収めようとするひと、皆思い思いに過ごしている。誰も他人のことなど気にも留めない。まるで海月みたい。

 夕暮れの港は、大きなコンテナがどっさりと積んであって無骨でシンプルな雰囲気が漂う。旅立つのか辿り着いたのかすら分からないけれど、すべてが旅の途中のように思えて港の海はいつも勇ましく見える。大きな船が泊まっているのを見ると、いつも後ろめたい。自分がすごく怠惰なように思えてくるから。

 きちんと整備されたビーチは、吹きざらしの東屋にかたいコンクリートの椅子とテーブルがあって平日だととてものどか。海開きをしていない時期は、波打ち際で海水に足を浸したり、砂浜で寝そべっているひともいたりする。私には陽射しが痛すぎてとても真似はできないけれど。


 夜の海は少し頼りなくてあたたかだ。

 ドライブスルーで手に入れたファーストフード店の甘ったるいシェイクを啜りながら、ぼーっと防波堤に座っていると向こう岸の賑やかな街の灯りと、ただ波の音だけがする真っ暗な海がまるで違う世界のようで不思議。きらきらした幾色の光がまるでおもちゃみたいで、何も見えないはずの海のほうがずっと現実的なような気がする。


 何かに行き詰まった時は海に行く。

 友人も、大抵そう。聞く時も話す時も相談事はすべて海で済ませてきた。

 車を走らせて、街の光が届かない弱い星明かりが頼りのビーチの片隅で。

 陽射しが弱まる夕刻、ざらざらとした防波堤に腰かけて。

 みんなみんな好きな海を持っていた。

 相手に語りかけると同時に、きっと海にも聞いてほしかったのだと思う。

 行き場のない想いも、不安だらけの先のことも。

 だってどうしようもないことだから。仕方のないことだから。


 風が吹いて、風が凪いで。ひとがやって来て、そして去って。

 でもそこに変わらず海があって。

 まるでそこに海があるのを確かめるように、海に行き私たちはほっとする。


 大丈夫。どこにも行かない。


 私たちはきっとどこにでも行ける。でも今はここにいる。

 それを反芻することの意味なんて分からないけれど、それはとても大切なことのように思えて、何度でもそれを確かめるのだ。



 海が好きだ。

 湿った潮風も、素足には痛い砂浜も、海面を泳ぐ光も、透き通るその青も、尖った岩肌も。

 もし海に記憶があるのなら、それは眼差しばかりが注がれたものだろう。


 海は寛容でつめたい。

 その感触の中で生きられたら、とても幸せだと思う。



 言葉では届かない遠くを想う時、ひとはどれだけ優しくなれるのだろう。

 そんなことをぼんやりと思う。




挿絵(By みてみん)


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