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お狐さまの申されますは

作者: 叡苦

優しいカミサマのお話です。


 稲荷大社の奥に住まうは狐神。五穀の神たる宇迦之御魂。朱の鳥居の並ぶ参道を抜けた先。狐火の舞う社殿の奥。数多の狐を従えている。

「主様!今日は何の本を読んでるんですか?」

 裕という名の狐が宇迦之御魂の手元を覗き込んだ。

「今日はギリシア神話の本だよ。あちらの豊穣の神は女神なのだそうだよ」

 宇迦之御魂は本を閉じ、裕を膝の上へ抱き上げた。すると宇迦之御魂が凭れていた大きな狐が呟いた。

「お前とは逆だな、稲荷」

 宇迦之御魂は稲荷大社に住んでいるため、周囲の神々に稲荷と呼ばれていた。そして、大きな狐は稲荷の御使いで稲荷の住まう社から名をとり、伏見と呼ばれていた。

「性別のことかな?それとも…性格?」

 含み笑いをして、稲荷が尋ねると、伏見は呆れたように笑って答えた。

「性別の方だ。性格は割と穏やかだろう?」

 稲荷はにやりと口角を上げ、答えた。

「ふふっ。僕はそこまで穏やかでもないさ。人間達には穏やかに接しているけど、神に対してはそこまででもないだろう?」

 くすくすと笑う稲荷を見て、伏見は苦笑を漏らし、裕は首を傾げた。

「気にしなくていいぞ、裕。稲荷はこういう奴だ」

 裕は稲荷の膝の上で二人の顔を見比べた。

「そう、なのですか?」

 戸惑った様子で裕が稲荷の顔を覗き込んだ。すると、稲荷は慈愛に満ちた眼差しで裕を見つめた。

「まあ、そうかな?たとえ違うとしても、お前は気にしなくていいんだよ。お前は何も気にしなくていいんだ」

 優しく頭を撫でられて、裕は目を細めた。伏見はそれを微笑ましそうに見ていた。

「まるで裕の親のようだな、稲荷」

 からかい半分で伏見が笑いかけると、稲荷は優しい微笑みを浮かべた。

「裕が僕の子なら、嬉しいと思うだろうね。実際は僕には妻さえ居ないのだけれど」

 そう言われて裕は顔を赤くした。そして、稲荷はますます笑みを深めて裕を撫でる。それを伏見は呆れ半分、愛しさ半分で見守っていた。

「うう~。恥ずかしいですよぉ、主様。で、でも僕も、主様がお父さんだったら嬉しいです…」

 頬を染め、必死な様子で伝えてくる裕に、稲荷は胸の奥がぼうっと暖かくなった。そう、まるで初めて出会った時のようだった。



 稲荷が裕と出会ったのはもう十年ほど昔のことになる。紅葉の散る鳥居の森でまだ幼い裕に出会った。裕はまだ生まれて一年しか経っておらず、突然に居なくなった親を捜して森に迷い込んだのだった。親を呼ぶ小さな声にどうしたのかと様子を見に行った稲荷は、足に傷を作り、涙を流す裕を哀れに思い、親が見つかるまでは、と社で預かることにしたのだ。

 その頃の裕は親が居ないこと、知らない場所に居なければならないことに不安を感じ、よく泣いていた。甘えたい年頃だったのだ。仕方ないとも思える。しかし子供の世話などしたことのない稲荷と伏見はただただおろおろとするしかなかった。

「ど、どうしたんだろう?どこか痛いのかな?」

 心配そうに眉を下げる稲荷に少し動揺した様子の伏見が声をかけた。

「…きっと、親と離れて過ごすのが寂しいんだろう。どこかが痛いとか、そういう理由ではないと思うぞ?」

 そう言って苦笑する伏見を見て、稲荷は少し口元を緩め、裕を撫で始めた。

「そうだよね。僕は最初から神としての自覚があったから、親が居なくても平気だったけど、この子は普通の子狐だもんね」

 困ったと言いたげに微笑みながら呟く稲荷に、裕が目を向けた。不思議そうな目をして稲荷に手を伸ばす。

「おにーちゃ、いたい?」

 舌足らずな拙い言葉で精一杯、稲荷を労る裕のその言葉に稲荷は胸が暖かくなったのだった…。



「ふふふ。何だか懐かしいな。こんな感情を与えてくれるのは裕ぐらいだね。初めて会った時から変わらずに」

 稲荷が笑みを浮かべると、裕はきょとんとして、首を傾げた。

「え?どういうことですか?初めて会った時って、何かありましたっけ?」

 すると、伏見は優しく笑いかけ、「気にするな」と言い、稲荷は笑みを深めて、「別に思い出せなくても構わないよ」と言った。それを聞いて裕はますます疑問に思った。しかし、自らの主がそう言うのだから、気にしても仕方ないか、と早々に思考を放棄することに決めたのだった。




 今日もどこかの狐が言う。



__お狐さまが申されますは


   未来永劫、愛し子が笑顔で

    健やかに幸せでありますように


      とのことでありました__




 これは狐神とその御使い達の思い出のほんの一部分である。


読んでくださりありがとうございました。

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