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8.私の話



「法則、法則とはなんだろうか。」


僕は何も言わない。

そう口を開いている彼女はいったい何を考えているのだろう。いつも通り、当然のように彼女は変わらない口調で言葉を紡いでいるが、やはりいつも通り僕にその彼女の話の意図は掴むことが出来ないので口を開くことは出来ない。


「法則とは一定の条件のもとで常に成立する物事のこと。決まり事、規則に従ったもの。

君は考えたと思う、私が法則を持っていると。しかし法則とは人間には適用されないものなんだ。人間とは常に考えて行動するものだ、そして考えるからこそ毎度違う答えにたどり着き毎度違う行動をする。そんな人間が法則など持つ筈がない。なのに君は私の中でその法則、規則を見出した。私がまるで人間とは違うものととって。

しかし今日の私はその法則をすべて不意にしこうして君に話し掛けている。これは君にとって驚くことであり私にとっては普通のことである。

私は人間なのだから。」


僕は何も言わない

にこりと『いつも通り』笑った彼女。やはり僕はそんな彼女に対して何も言えることはなく、だだ無言を通すことしか出来なかった。

既に背中に嫌な汗をかきはじめている。これが意味することは頭の中で理解しているのだが、それを考えることを僕は拒んでいた。その汗の意味はわからない方がいい、そう僕は考えているのだ。きっとこれを深く考えてしまえば僕はこの席に居られなくなる。


「君と私がこうして顔をあわせるようになってどれぐらいたったかな。それに至っては私よりも君の方がよく記憶しているだろう。

それから私は色々な話をした。『異端』の話、『怪奇』の話、『呪い』の話。それが私の専門の話だからだ。それを君は毎週聞きに来ていた。見ず知らずの女性である私の『異常』な話を。

それはなんでだい?」


僕は何も言わない。

これは質問ではないと感じたからだ。彼女の中では既に答えは存在している。彼女がしたいのはただの答え合わせなのだ、しかも解答は既に彼女の手の中にある。答えも解答こも両方持っているのに僕が答える必要などないのだ。だから答えない。


「『異端』とは外れモノのことを言う。例えば私のような、例えば君のような。

私はそんな異端な物が好きだ。世界からずれた存在、世界からはみ出した考え、そんな『存在する意味がない』もの達が。そして私は最初から異端であった。それは君と合う前から。同族を好むように私は異端に惹かれている。

君はどうだろうか。世界に絶望し、世界に意味を見いだせずに異端に惹かれここにいる君はまさに異端である。しかし、それは最初から異端だったのか。

まるで鶏が先か、卵が先か、のようだな。私という異端に合ったことにより異端になったのか、それとも既に異端だったのか。」


僕は何も言わない。

その代わりに頭を最大限に使い考える。それが僕が今すべきことなのだ。

僕はずっと自分は普通の人間だと思っていた。しかし異端に惹かれること自体が既に異端であり、自身も異端になっていた。それは異端である彼女と合ったから異端になったのか、異端だったから同じく異端の彼女の話に惹かれたのか。

どちらが先かなど自身では答えは出ない。僕の思考は昔から変わらないことを見ると異端が先かもしれない、しかし僕は彼女に合うまでは普通に大学に通う、普通の学生だった。それはいまも変わらない事実ではあるが、それに彼女と会うという日常が組み込まれたのだ。そうして僕は異端になってしまったのかもしれない。

僕自身に答えは出ないのだが、彼女はきっと知っている。


「ああ、私は答えを知っているよ。しかしながらこれは公言することによってまるで呪いのように君に影響を与えてしまう。だから私は言わないでおこう。自分で考えるべきのことだろう。

呪いとは多種多様に存在する。他人から齎される呪い、自分から自分へとかける呪い、暗示、言葉、全てが呪いだ。こうして話している間にも君に呪いは掛かっていいるかもしれない、こうして君が考えるだけで私に呪いを掛けているかもしれない。呪いとはそういうものだ。種類も豊富だが実行方法も豊富。」


僕は何も言わない。

彼女から紡がれる言葉、まるで呪術のようなそれにただ耳を傾ける、そして本当に呪いにかかったかのように頭だけを働かせる。口は自分の意思を反映しようとせず、彼女の話を遮ることを拒むように動くことはなかった。僕に回答権は回ってきていないのだ、だから当たり前、そう思ってしまう。そんな『異常』なことなのに。彼女と僕の間にできた当たり前は僕の感覚をおかしくしている、それこそ本当に呪いのように。


「呪いとは呪術、呪術とは本来呪術師または魔女、魔法使いが施行するものだ。占い、まじない、祈祷、すべてが呪術に属する。いつか言ったようにそれの根源は人間の『思う力』だ。人間のそれは一種のエネルギーとなり物事を動かす、しかし普通に何かを思ったって叶う筈がない、だからその力を増強する為に行う行為が儀式と言われるものだろう。

儀式には知識さえあればいい。軽い知識さえあればもし儀式が従来の物と違うものだとしてもそれはその人の思う力によって本物となる。それを行うことによって既に普通ではなくなるんだ。だから魔女や呪術師はその知識を勉強する。

しかし儀式などしなくても本当に深く思うならばその呪術はただ思うだけ、口に出すだけで『呪い』となり自分または他人へ影響を与えるだろう。その影響は肉体的から精神的、怪奇的なことにまで与えられる。」


僕は何も言わない。


「怪奇、怪異、それは不思議で怪しいもの、現象。

怪奇は結果だ。呪いがあり怪奇がある、異端があり怪異が出来上がる。逆もまた然りだ。

もちろん一つの言葉で意味を持っているのだが、それは回りながら繋がっている。1つ欠けたら回らなくなる、そんなことはなく最悪なことにこれは足りなくても回り続ける最低な粗悪品だがね。

しかしながら異端である私達は怪異にとらわれ呪いを振りまきさらに怪奇を生む。

こうして君と私があっていること自体が既に怪奇的な出来事ということさ」


僕は何も言わない。言えない。

既に僕にはずっと隠そうとしていた抑えることは出来なかった。考えないようにしていたものが前へ前へと他のものに押されるように出てこようとしているのだ。これはいつか感じた感覚だ。

今日、金曜午前11時、彼女はいつも通り現れた。雰囲気にとてもあっている落ち着いた服装に長く綺麗な黒色の髪、いつも通りの彼女だった。しかし、今日はいつもとは違うところがあった。それに気づくのには時間など必要とせず、いつも通りの彼女が前に座った瞬間にその『いつも通り』からは逸脱していた。

彼女には法則がある。その法則に従わなければ現れない、現れても全ての準備が整い話が始まるまでは、彼女に干渉は出来ないし、彼女からも干渉がなかった。それは全ての法則でいままでは全てその法則に従うようにしてきた。

今日もいつも通り僕は数分前にこの店に現れ先にコーヒーをひとつ頼み法則から外れないように準備をしてきたのだ。間違えたことなどなにもなかった。


彼女はいつも通り僕の前へと座り『僕を見た』のだ。


とても普通のありふれたこと。しかしこれはいつもとは違う。法則を彼女自身が破り捨てている。

彼女自身の法則だから彼女がそれを破ったとしても問題ではないのかもしれない。しかし、その行動は法則に従ってきた僕を狼狽させるには十分だった。『いつも通り』の彼女が『いつもと違う』違和感を引き連れて目の前にやってきたのだ。

きっとその瞬間に僕の回答権は破られていたのだろう。そしてその瞬間から僕の頭にはずっと浮かんでいたのだ。考えないように、気づかないようにしていた。

僕は彼女に恐怖していた。


「君が私に恐怖しているのは実にわかる。まぁいまに至っては少しづつ顔に現れ始めているから私じゃなくてもわかるだろうけどね。

君は私が怖いものだと認識してしまった。しかし何故だろうね。私はごく普通の行動をしただけだろう。待ち合わせとは言えないものの毎週合わせたように同じ時間に集い、知り合いと呼べる人物とこうやって同じ机を囲んでいるのだから目をあわせて話をするのは普通のことではないのか。

むしろ今までの君を世界から追い出したかのような対応の方が異常ではないのか。

私はごく普通のことをしているのに君は恐怖を感じている。

その原因は私が君の思う法則というものを捨ててしまったからか、それともこの脈略のない話か、それとも君の心を読んだかのような口ぶりか。


それとも、私が人間に見えてしまったからか」


彼女がそう言った瞬間、脳内の考えとは別にとっさに僕は口を開こうとしていた。だが僕の声帯は存在をくらましたかのように機能せず、ただ開いた口からは空気が漏れている。

僕自身何を言おうとしたのかわからなかった。結果的に喋ることは出来なかったが喋るつもりでもなかったのだ。恐怖に歪んでしまった感情が反射的に出そうとした考えは肯定か否定か、僕には自分のことながら答えを出せなかったのだ。

かく言う彼女はいつも通りの笑みを浮かべていた。いつもと何も変わらない表情、僕のこの状態を見て彼女は楽しんでいる。緊張で喉が乾いているのにも関わらず彼女のその笑みは机に一つだけ置かれたコーヒーに手を伸ばすことも許そうとしなかった。

開いてしまった故に更に乾きが増した喉に嚥下した唾液が空気と混ざりあい、静かな2人の間に大きな音をたてる。唾を飲み込む音さえ大きく聞こえるほどの静寂が2人を包んでいた。僕の耳には店内に流れているだろう音は何一切聞こえていなかった。


「君はやはりおもしろいね」


静寂を破ったのは彼女だ。現在、回答権だけではなく声を出す権利さえなくしてしまったかのような僕にそれを破るのは至難の技なのだが。

彼女は声を出して笑っていた。その姿はまるで今までのことが嘘か夢のような笑いだった。いま彼女が「すべて冗談だ」と言えば僕はそれを信じるだろう。それが僕の考えていることと違ったとしても今の僕の心に安寧を渡してくれるに違いないからだ。

笑う彼女を未だ緊張が解けない僕はみている。時間にして数秒か数分、それも分からなくなっている僕にの目の前に座る彼女はその時間を笑い尽くしてなお面白いという表情でいた。そしてそれを保持したまま机に両腕を使って頬杖をつく。

その行動は傍から見れば変わらないだろうが、とても距離が近くなったような錯覚を僕に与える。彼女は僕に安寧など渡すつもりはないのだ。


「冗談、ああ冗談だよ。君がそう言って欲しいのなら私はそう言ってあげよう。これは冗談だ。私にとっても君にとってもね。

冗談で気まぐれなんだ私は。それは君も同じだろう。冗談で気まぐれな私は更に暇人であったんだ。そして冗談で気まぐれな君は世界に絶望していたからそんな暇人の戯れに引っかかってしまった。釣り上げたのは私かもしれないが釣られようとしたのは君さ。2人とも気まぐれだからね。


しかしね、そんな私の話は楽しかったかい?」


そう言った彼女は笑っていた。それは目を惹かれるほど美しく見えた。毒の抜けた、ただ、清楚で美しい笑みだった。


「あなたの話は楽しいです」


いつのまにか口から出ていた声に僕は頭の中の遠いところで反応する。言葉を出したのが自分だと認識するまで時間がかかった。さらに緊張感はいつの間にか体の支配をやめて消えていて、僕は少し自分の顔が笑っているのに時間をかけて気がついた。

緊張、恐怖、そして今は安堵。そうだ僕も気まぐれなんだ。

彼女はそのままの体制で言った。これから始まることを僕は知っていった。


「今日は何の話をしようか?

しかし今日は楽しかったじゃないか。やはり君は面白い。私の想像を越える面白さだよ。それが君自身一生自覚することがないものであっても私はその君の面白さは大好きだ。

だから君の面白い部分を私は見たいと思っている。」


それはまるで告白のようなセリフであると未だ認識不良を起こしている脳内で考える。彼女の話は既に始まっているというのに現実味を帯びない脳内が彼女の話を聞こうとしていないのだ。これは大事な『話』なのに。


「今日の話は私の話だ。今日私は君に呪いをかけにきた。だがただ呪いをかけても面白くないじゃないか。下準備はすべて終わったんだ、盛大に行こう。

術師が呪いをかける相手に名前を教えるのは禁忌だというのは聞いたことあるだろう。しかし私は異端である、そして同じく異端である君に呪いをかけるのだから禁忌を犯すのも悪くない。言葉は魔術だ、名前は呪術を縛る。


私は三石 鏡子だ。名前も知らない異端者である君に呪いをかける魔女である。」


僕はその『言葉』を聞いて椅子から立ち上がっていた。

閲覧ありがとうございます。

次の話で終わりなのですが、さてはて、次の話はいつになったら書き終わるのでしょうか。

いつか書きたいとおもっております、すす

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