6.雨の話
「さて、今日は何の話をしようか」
彼女はいつも通り笑いながら、いつも通りの台詞を言った。話が始まる合図、世界が僕を認識する為の言葉。呪文のようだ、と僕は思う。そして彼女はそれを行使する魔法使いのようだ。
不思議な雰囲気を纏い、尚且つ本当に不思議な人。世間には馴染めない、異端児のような、きっと世間では気味悪がられるタイプの人。だがしかし何故か僕は惹かれるように毎週この人と行われる『話』を聞きにきている。僕は魔法にかかったのかもしれない、もしくは呪い。彼女によってかけられたそれによってここに来るように仕向けられている、かもしれない。ここに来ているのは自分の意思他ないなのだがそう思うことが多々ある。彼女の雰囲気がそう思わせているのだ。
「今日は雨が降りそうだな」
彼女は窓を見ながらそういった。いつもとは違う、これは会話のようだ。慣れない出だしにたじろいだ僕は何も言えなかった。珍しく『普通』の会話だというのに。
釣られるように窓の外を覗いた僕。外の景色は相変わらずだったが、空模様はまだ辛うじて午前だというのに暗く今にも降り出しそうな程に曇っていた。僕がここに来る前も曇り空であることに変わりはないが、こんなには厚い雲ではなかった。
今日の天気予報はなんだったかなと思い出したが確か曇りの後は晴れるという予想だった。今の降り出しそうな空はそんな予報を否定するかのようだ。
「今日は雨の話をしようか。雨は大気から落ちてくる水の事だ。
ただ雨の事を語るのは問題がないが私の話には不釣り合いだろう。それにきっと君は興味がないだろうしね。
今回は雨に纏わる話をする。雨に関係する怪談は聞いたことあるだろう。いろいろなバリエーションはあるが一番多いのは『雨の中、傘をささずに立っているこの世のものならぬ者と会う』だろう。自身が歩いているか、自動車に乗っているかの種類もあるがその点の共通点を持つものが多い。
だが、気になることはないだろうか。なぜその者は『雨に濡れている』のかだ。
人が見る『この世のもの成らざる者』は人の形をしている。その場で死んだ死者が化けて出たと言われるものが多いからだ。なのになぜ雨に濡れている?雨が降っていたら君だったらどうする?傘をさすだろう?」
「さしますね。でもその人成らざるもの、幽霊は死んだ時に傘を持って居なかったんじゃないですか?そういう怪談って雨の日に限って出るというのが多いですけど、その幽霊が死んだ時に常に降っていたかはわからない。急に降り出したため傘はさせなかった、だから今化けて出るときも傘は持っていない」
我ながら今回はいい回答をしたと思う。少なくとも的は外れていないと。
幽霊が雨に濡れている理由など考えたことなどなかったが、今考えるとこうではないかとすぐにでてきたのだ。傘をさしていないではなく、持っていない、ありえる話だと思う。
「霊とは人が死んだ後になるものだ。死んだ後だというのになぜそんなものにこだわるんだ。死んだなら現世にとらわれないじゃないのか。雨に濡れたら普通の者は不快に思うだろう、じゃあ傘を持ってきてさせばいいじゃないか。元は人間なのだったら傘を知らないわけではない」
それではまるで幽霊が人間のように意思を持っているみたいじゃないかと僕はそう思った。彼女と僕の思考回路は確かに違うが、いつも以上に食い違いを感じる。幽霊は未練があって出てきていると言うのが僕の考えである。だから大往生した人の幽霊とかの話はあまり聞かず、何かに執着している人の幽霊話がおおいのだと。今回の話だってそうだ、雨の日に死んだから未練が残り、同じように雨の日に化けて出てきているのだと。それが傘を取りに行ってさしてしまったら『怖くない』じゃないか。
彼女は僕の表情から思っていることを悟ったのだろう、にこりと笑った。
「傘を取りにいく幽霊など『怖くない』か。確かにそうだな、そうなったらただの人間と変わりない。しかし幽霊は元は人間なのだ、死んだからといってなんで人間と同じことをしていけないんだ?」
確かにそうだ。だった、とは付くが人間には変わりない。幽霊に思考回路がないとは誰も言ってない、自分がただそう思っていただけ。生きている人間と同じ行動をしても別に不思議ではないのだ。僕が、生きている人間が勝手にそう思ってだけで。
「先に幽霊についてを話そうか。幽霊とは人間が死んだ後に成仏できずになるものと言われている。理由はいろいろ言われているね、一番言われているのは未練が残っている、か。
しかしなんでそんなことが分かるんだろう。幽霊は死んでしまった人間、話すことなどできないじゃないか。その幽霊に未練があるというのは生者が言っているだけだ。
明言しようか、未練など生きている人間が持つものであり死者が持つものではないだのよ。」
「じゃあ何故『幽霊』が存在するんですか?」
珍しく会話が成立している今なら大丈夫だと思い僕は口を挟んだ。生きている人間が言っているだけで、幽霊に未練がないとするならば化けて出る理由を失うのだ。わざわざ雨の日に濡れながらもその場所に立つ理由が。
その僕の問いは今までの話で出たように生きている僕たちでは答えられないと頭の隅ではわかっていた。幽霊が存在する理由など幽霊にしかわからない。しかし彼女ならば答えられると僕は思ってしまった、だから考えるより先に僕の口は動いてしまった。
にこり、といつも通りの笑みをする彼女。しかしそれはいつも以上に楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
「幽霊の存在する理由。そうだ、私は今世間で言われる幽霊の存在理由を否定してしまった。死者は未練を持たないと。じゃあ何故幽霊は存在するのか。
先に言っておくが幽霊は存在しないなんて言わないよ。それを否定すると人が語り次いでいる怪談自体が無くなってしまうからな。幽霊は間違いなく存在する。
理由は数多にあるだろうが、今回の話に合わせるとしたら『そこに存在しなければならなかった』からだよ」
意地悪な答えだと僕は思った。そこに存在する理由がそこに存在しなけばならないだなんて答えになってないと思ったのだ。全てに理由をつけたいわけではないのだが、今回に至ってはその答えでは卑怯に感じる。この人はやはり答えを知っている、そう僕は確信しているからこう感じるのか。
「納得していない顔をしているな。じゃあ違う話だと感じるかもしれないがもう一つ話をあげようか。
昔から人間の『思う力』というのは色々なのもで使われてきた。願掛け然り、呪術然り、お祓いだってそうだ。それは幽霊同じく本当に存在する。思う力によって物事が働くことがあるんだよ。でなければそれ全てが今の世界に存在しないものになるからな。
じゃあ今回の話に戻そうか。今回幽霊を目撃し怪談を作ったのは誰だろう。未練がないはずの死者がそこに化けてでたといったのは、『思う力』を持った生きている人間なんだ。
もう君の中で回答がでたと思う。」
再度にこりと笑い掛けてきた彼女。反対に僕は何故かやるせない気持ちになる。
僕は彼女の話の中で答えにたどり着くことが出来ていた。そして今まで思っていたことが全て間違いだったと気付いてしまったのだ。
この話は生きている人間が死んだ人間にかけた『呪い』なんだ。幽霊が存在する理由は生きている人間がこの世に死んだ人間を縛ってしまったから。僕のように幽霊には未練があると思い込んだ人間が。
幽霊は呪いにかかり理由もなく、存在しなければならなくなった人間。幽霊だって人間とかわらない、それは生きているか死んでいるかの違いだけ。
彼女はまた笑った。毒のあるいつもの笑みで。そしてそのまま僕に向けて口を開いた。全てをわかってしまった僕に向かって。
「じゃあもう一度最初の謎を問おうか
なぜその幽霊は雨に濡れているんだろうね?
答えは最初方に既に出ていたね」
六話目読んでくださりありがとうございます
私は雨が好きです特に大雨ぐらいだとテンションあがります
次の話もよろしくお願いします、すすすす