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世界が変われば常識だって!  作者: P字開脚
5/5

#05

「ならずっと家にいればいいっ! 私が養う!」


 晴れ渡る青空に、突き抜けるように響く女の声。

 周囲の人々が何事かと振り返り注目する。


 叫んだ女と対面しているのは男。カップルのようだった。

 先のそのセリフだけを聞けばまさにプロポーズかのようにも思える。

 だが、周囲の人々はその女男の姿を見るなり途端に肩を落とし、好奇の視線から同情の視線へと変化させた。

 まるで釣り合っていない。美男と野獣、月とすっぽん、鯨と鰯。

 

 そんな二人を、周囲の人々は悲しみを帯びた視線で見守る。

 居合わせたある豚人の女は無謀すぎると呟き。ある猫人の男は自分ならアレに養われるのはキツイなぁと辛辣な言葉を投げかける。中には目を見開き、口元と耳をヒクヒクさせている狐人の女もいた。


 何にせよ、昼ドラの如く始まった告白劇は当事者の思惑とは裏腹に、居合わせた人々の注目を集めてしまうことなったのだった。



………

……



(ここ……、どこだっけ……)


 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた四郎。朝の回らない思考の中ぼんやりと辺りの様子を伺えば、徐々に己の置かれた状況を再確認できた。


 身体に掛けられた毛布をみて「ああ、凛々子さんがかけてくれたのか」と、今更ながらにいつの間にか寝てしまっていたことを思い出す。

 毛布をはぐり、一つ大きなアクビをした。昨日まで沈んでいた気分が嘘のように晴れやかだ。

 よく寝たせいもあるが、それは四郎自身がこの状況を受け入れ始めていることに他ならない。


 ちらりと時計を見ればまだ6時。起きるには早いが二度寝するにはすこしばかり憚られる時間だ。

 

(……どうしようか)


 凛々子には一宿一飯の恩もある。何か恩返しができれば、などと考える四郎だった。






 一方その頃、凛々子と言えば。


「結局一睡もできなかった……」


 髪はボサボサ、目の下の隈、睡眠不足のため引っ込んでしまった目。酷い有様である。

 四郎がそのまま()()()()で無防備に眠りについていたのをみて、理性をフル稼働し毛布を掛け自室に戻ったまではよかった。だが同じ屋根の下に男がいる、というのはそれだけで興奮材料になり得るのだ。男慣れしている女ならばそうではないかもしれないが凛々子は謂わば生粋のエリート処女。


 もんもんとした夜を過ごし、いつもなら励みに励む恒例の行事も、バレてしまうという不安感からできなかったのである。そのまま生殺しのような夜を明かし、気がつけば朝の6時半。


「仕事なのに……」


 如何ともし難いこの状況。

 のっそりと緩慢な動きでベッドから起き上がった。


(とりあえず、顔洗ってこよう……)


 凛々子の寝室は2階にある。階段を降り、洗面所へと向かう途中、匂いに気づいた。

 

「あ、おはようございます凛々子さん。すいません、勝手に台所使わせてもらってます」


「お、お、おはよう」


 台所に立っていたのは言わずもがな四郎。一宿一飯のお礼として、彼が考えたのは朝食だった。

 彼もまた一人暮らし歴はそれなりにある。無論、それがイコール料理もできるということではないが、自炊することも多かった四郎にとっては料理は慣れ親しんだ家事の一つだった。


「はは、突っ立ったままでどうしたんですか?」


「いや……、顔洗ってくる!」


 バタバタと洗面所へ向かう。鏡を見れば酷い顔が120%増しになっている。バシャバシャと顔を洗い、寝癖を直す。

 目の下の隈は消えないが、それは仕方ない。とにかく急いで用意し、リビングへと戻った。

 

 テーブルの上には朝食が並べられている。ご飯、目玉焼き、味噌汁……。四郎に薦められるがまま椅子に腰を落ち着ける。


「どうぞ、凛々子さん」


 料理ができれば男にモテる!

 そんな雑誌の表紙に釣られて自炊をやってみたこともあったが、結局食べてくれる人がいなければそんなもの続くはずもなく、いつもパンで済ませていた凛々子にとって見れば久しぶりのまともな朝食だった。


「い、いただきます」


「いただきますー」


 ぱくりと一口食べ、そのまま止まらなくなる箸。


(フワァー!)


 世の中の家庭というものは皆こんなに幸せな気分を味わっているものなのだろうか。しばし感動に震える凛々子だったが、

 

「そういえば、凛々子さん仕事は何時からなんですか? 俺もそれに合わせて出ようかと思うんですが」


 四郎の言葉を聴き、ハッとして顔を伏せる凛々子。


「……かない」


「えっ?」


「仕事にはいかない! 四郎についてく!」


 何を言ってるんだこの人、という四郎の視線。確かにこの世界で一人で行動するのは少しばかり心もとない。だからと言って人の仕事を休ませてまでついてきてもらうのも気が引けるものだ。


「い、いやさすがにそれは……」


「一人じゃ心配だ。それに仕事は私がいなくても回る」


 心配、というのは事実だった。だがそれ以上に凛々子が気にしていること。それは四郎がいなくなるという事実だった。一緒にいた時などたった一晩、時間にしてみれば数時間でしかない。だがそれでも、出来うるのなら最後まできっちりと、彼がこれからどうするのか知りたかった。

 

「食べたら送る! 異論反論はききません! ……やっぱりちょっとならきく」


 強い口調で言ったものの嫌われたくはないため即弱気になる凛々子。

 苦笑いしながらも、内心ありがたいと思う四郎だった。








(確かに男の姿を殆どみない……)


 助手席の窓から移り変わる景色や風景を見つつ、昨晩ではまだわからなかった街の情景が嫌でも目に入る。

 道行くサラリーウーマン達を見れば、ぴちっとした()()()スーツに身を包み、足早に歩いている。

 たまに見かける男といえば、グレーやベージュの()()()パンツスーツに身を包み、身体のラインを浮き立たせるような格好だった。四郎からしてみれば正直気持ち悪いにもほどがある。

 そう、これは最悪とも思える事態なのだ。


 昨日の凛々子の説明から、女男比3:1とは聞いていたが、もしかして……、いやもしかしなくても男女の役割というものも別なのだろうかとの疑問が湧き上がる。

 妻は外で働き、夫は家を守るのがいい。これは確かに昨日聞いた気がする。だが服装まで男女用が入れ替わっているなど誰が想像できようか。

 今の四郎は元の世界のいつもスーツ。つまりこの世界で言えば女装していることになるのではないだろうか。


(なんだろう……、あんなピッチリした服は着たくもないけど、この格好が女装しているという扱いだとそれはそれで恥ずかしいな……)


 




 市役所は様々な人種であふれていた。昨日までの四郎ならコスプレ会場か何かだと勘違いしたに違いない。

 四郎は目当ての市民課の看板を探す。

 

「じゃあ、ちょっと話聞いてきますんで」


「ああ、わ、私はここで待つことにしよう」


 本当はこのまま一緒に行って婚姻届けを出したいのを我慢し、四郎の背を見送る凛々子。学園には既に休む迄は伝えてある。


 しかし、四郎は30分たっても1時間たってもなかなか戻ってず、痺れを切らした凛々子が迎えに行った先には未だ職員からの説明を聞く四郎の姿があった。


……

………


 結局のところ、四郎の戸籍も住民票も大体は元の世界のままだった。

 だが一つだけ違うところ。

 本籍の部分がそっくり空白になっていたのだ。


「まあその辺は役所の方で調べてもらえるみたいなので……、こちらはノータッチでいいみたいです。それよりも働き口を探したりするのに本籍の調査が終わってから出ないと住民票が移せないと言われちゃいまして」


 つまりはこういうことだ。

 就職口が決まったとしても本籍空白のままの住民票を会社に提出するわけにはいかないし、引っ越したにしても住民票が移せるのは本籍調査が終わり次第、ということになる。

 何にせよ、本籍調査が終わるまでは働く、引っ越すということは出来れば控えてくれ、とのお達しだ。


 駐車場の道すがら凛々子に現状を説明する。


 四郎には少しばかりとは言え蓄えもある。


「そ、それまではどうするんだ……?」


 凛々子の当然といえば当然の疑問。

 ポリポリと頬を掻きながら、四郎は「ん~」と困ったように上を見る。


「ま、それまではカプセルホテルか漫画喫茶でなんとかします」


 四郎ほどの美人がカプセルホテルや漫画喫茶で過ごせばどうなるかは想像に難くない。

 きっと引っ切り無しにナンパされるだろう。いや、ナンパならばいい方だ。ストーキング被害に始まってついには強姦まで……。


 次々と凛々子の脳内に最悪の状況が浮かんでは消える。

 その妄想はとどまることを知らず、四郎がAHEGAOダブルピースしている映像まで思い浮かべた凛々子はプルプルと身体が震えるのを抑えきれない。


「カプセルホテルや漫画喫茶なんかは、か、か、身体に悪いだろう……?」


「良くはないですけど、仕方ないですからね。調査もそんなに時間はかからないそうですし」


 ある日、凛々子の元へと差出人不明の一枚のDVDが届く。(※妄想です)

 不思議に思って見てみるとそこには憐れもない姿の四郎と、屈強な女達。(※妄想)


『凛々子さーん、自分の身体が調査されちゃいましたー』(※)


 泣きながらWピースしている四郎。その映像を見て唖然とする凛々子。(※)

 果たしてそんな事があっていいのだろうか。警察は一体何をしているんだ!(※)


 勝手な妄想で怒りに震える凛々子。その怒気を孕んだ、ただならない雰囲気を感じ取ったのか四郎はちょっと距離をあけながら口を開いた。


「あ、あの……凛々子さんどうしたんですか……」


 そして凛々子は爆発する。


「ならずっと家にいればいいっ! 私が養う!」


 予想以上に大きな声と、真剣な凛々子の瞳に四郎は一歩後ずさった。

 周囲の人々も何だ何だとこちらに視線を投げかけてくる。


 その人々の視線の中、一人の狐人の女がポツリと誰にも聞こえない声で呟いた。


「ちょっと……、学園長仕事休んで何してんの……」

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