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世界が変われば常識だって!  作者: P字開脚
2/5

#02

『ピロピロピロン♪

 紙幣と、明細書をお取り下さい。紙幣と、明細書をお取り下さい。』


 電子音声とともに、コンビニATMの受取口が開く。明細書をクシャリと握りつぶし、紙幣の数も数えぬままに四郎は用意していた二つ折りの財布へとしまった。

 いつもの四郎であれば、そのまま紙幣を財布へとしまうことなどはせずに、一応確認はする。今日に限って言えば、ただただ疲れていたのである。だからこそ、既に紙幣に描かれた偉人が見慣れた紙幣と違うことに、気がつかなかった。


 店内の客は自分一人。店員も一人。

 四郎はそのまま弁当コーナーに行き、品物を物色し始め、目についた弁当を手にとった。


(うずらと豚肉の中華風か……。うん、これはいいな。こういう小さなおかずをいくつか買っていこう)


 そのまま弁当コーナーの棚から横にスライドするように移動し物色していく。コンビニ弁当自体は嫌いではない。

 よく食べるか、と聞かれたら答えはノーだがそれでも月に何度かはお世話になる。

 おしんこ、玉子焼き、キンピラゴボウにソーセージ。次々とカゴの中に放り込んでいく。

 

 四郎の腹の虫が食べ物を要求していたのもあるが、それ以上に食のバランスを考えていった結果、どんどんカゴの中身が増えていってしまってるようだ。

 会計をすませる頃には当初の予定よりも買いすぎたと言っていいほどにはカゴの中身が増えていた。


「こっ、こちら! 温めますか!」


「はい、お願いします」


 ずいぶんと慌てた感じの店員だ、と四郎はチラリと店員を見やる。可愛らしい感じの若い女性。パッと見ただけでピタリと女性の年齢を当てることができるような特技があるわけでもない四郎は、同い年くらいかなと適当なところで予想をつける。

 それよりもその店員が猫耳をつけていたことが少しだけ気になった。ふさふさのトラ猫模様の猫耳を頭の上に載せているのである。


(可愛いけど、何かのコスプレかな? この時期何かあったっけ)


 最近のコンビニなど、ハロウィンにはカボチャや魔女帽子をかぶっていたり、クリスマスにはトナカイやサンタの服を着ていたりする。


 年度が変わって早10日。ああ、なるほど。今日は入学式か。


 四郎は頭の隅でそう考え、それなら納得だ、とそれほど気にするわけでもなく会計を済ます。


「さっ、320円のお返しになります!」


 むしろそんな考えは、可愛らしい猫耳コスプレ店員からお釣りを受け取る際に、かなり強めに手をギュッと握られたことで霧散してしまったのだ。

 四郎とて男、若い女性からこうも強く手を握られて嬉しくないわけはない。


 だが突然のことに驚き、照れもあってかそそくさとコンビニを後にしてしまったのだった。


 四郎の出た後の店内。

 店員である伊藤カナは、自らの足腰に響く甘い痺れに耐え切れずにヘナヘナと力なくへたり込んでしまう。


「ん……あっあっ……」


 股間にじわりと広がる液体。蕩けたような表情。興奮し、肩で息をする伊藤カナは不思議な多幸感に包まれていた。


(触っちゃった……触っちゃった! あんな綺麗な人の手を! しかもそんなに嫌がられてなかった……よね……)


 伊藤カナは右手を見て、「しばらく洗えない」とつぶやき、バイトが終わったあとに始まるであろう夜の一人カーニバルに想いを馳せペロリと舌を出した。








 ドサリ。

 四郎の手に持っていたコンビニ袋が道路へと落ち、中身をぶちまける。

 

 疲れた身体を引きずって自宅のアパートまで帰ってきた。はずなのに、これはどうしたことか。

 見慣れたはずのアパートは、姿形すらなくなっており、代わりに新築の一軒家が建っていた。都心に近いこの立地ならば豪邸と言っても過言ではない。


「な、なんで」


 どうして。


 様々な疑問を口の中でモゴモゴ言うだけに四郎は留めて置き、とにかく現状の把握に務めることにしたのだ。


 まずは住所。

 これは間違いなく元々アパートがあった場所である。数年住んだ場所を間違えるなんてことも考えにくい上、目の前に見える豪邸の両隣の建物は今までと変わっていないのだ。


 次に電話。

 不動産管理会社に電話をして確認してみることを思いついた四郎は、慌てて落としたコンビニ袋を拾い上げ、スマホを取り出しアドレス帳をいじりだした。

 『阿部コベ不動産』の電話番号を見つけプッシュする。


 しばしの呼び出し音。

 

『はぁ~い、モイーダの酒場でぇ~す♪』


 ()()()()の猫なで声が聞こえたため、反射的に通話を切る四郎。画面を確認する。

 間違いなく『阿部コベ不動産』と表示されていた。息を整えもう一度かけ直す。


『はぁ~い、モイーダの酒場でぇっす♪』


「もしもし、そちら『阿部コベ不動産』ではありませんか?」


『違うわよ~♪ あら、男性がかけてくるなんて珍しいわぁ。パーティー希・望・者(従業員応募)なのかしらぁん?』


「いえ、違います。し、失礼しました」


 通話を切ってしばし呆然とする四郎なのだった。


 とにかくこのままではいけない。状況がわからないままなのが一番困る。

 『阿部コベ不動産』は最寄り駅近くにあったはずなのを思い出す。そうと決まればタクシーでも拾ってすぐに向かうのがいいだろう。


 四郎はコンビニ袋を固く握りしめ、大通りへと走りだした。





 幸いタクシーはすぐに見つかった。路肩に停めたタクシーに向かい手を上げるとすぐさま後部座席のドアが開く。

 乗り込みざまにすぐ目的地を告げる四郎。


「阿部駅前までお願いします!」


「はいよー」


 閉まる後部座席のドア。背もたれに身体を預け息を整える。


 四郎はまだ知らない。既に自分が別の世界に迷いこんでいることに。

 コンビニATMでお札を見ていれば。食料品を買ったときにコスプレと決めつけずにいれば。タクシーに乗り込んだ時に、ちゃんと運転手の姿を確認していれば。


 だが、それも一時的なものである。世界は、唐突に、強制的に、現実を突き付けるのだから。


 四郎はふと窓の外に目をやる。


「……馬?」


 歩道を歩いていたのは馬族の女性。上半身は人間、下半身は馬という見た目であり、パッと見ればそれこそ馬そのものに見えなくもない。

 日本では馬族と呼ばれているが、海外ではケンタウロスが一般的な呼称である。雑多な人種の坩堝であるこの世界でも、比較的珍しいと言われる人種だった。


 四郎のつぶやきに運転手が反応する。


「あー、お兄さん田舎から出てきたの? 馬族はあんまり見かけないもんねえ」


「あ、いえそういう……わけ……では」


 バックミラーごしに見えた、運転手の女性がそこで初めて四郎の目に入る。青い肌。金色の目。そして頭の両脇に付いた渦巻状の角。

 角青人、と言われるこれまた珍しい人種である。角が青いわけではなく、角があって青い肌だから角青と呼ばれている。

 四郎の元居た世界であれば、ファンタジー世界に出てくるような魔族というイメージがそっくりだろうか。

 だが四郎は漫画アニメ小説はそれほど読まない。読んでいればすんなりと今の状況が理解できたかと言われるとまたそれも疑問ではあるが。 

 いや、それでもそういった趣味があれば、少なくとも今の四郎よりも反応は別のものになっていただろう。


「う、うわああぁ!」


「ちょ、ちょっとお兄さんどうしたの?! 運転中にドア開けようとしないで! ちょっと! 危ないわよ!!」









「はい、じゃあ1560円ね。1600円お預かりで40円のお釣りね」


「ありがとうございます。取り乱しちゃってすいません……」


「いいのよー、お兄さんみたいなお客さん乗せておばさん久しぶりに滾っちゃったわ」


 阿部駅前は、街の様式こそ変わらぬものの、そこにいる人々は四郎の理解を超えていた。アメリカが人種の坩堝などとは言われているが、現在四郎の目の前の景色を見れば、所詮人類という一つの種は肌の色程度しか違いがないのだと実感する。


 頭痛をこらえるように眉間を指で押す四郎。兎にも角にもこの状況をどうにかしなければいけない。当初の目的である『阿部コベ不動産』に行き、自宅アパートの現状を確認し、それからこの津波のように押し寄せてくる目の前の問題を少しずつ咀嚼していこうと考える。


「阿部コベ不動産は、確かあの角を曲がったところだったよな」


 駅前通りから少し裏通りに入ったところに『阿部コベ不動産』はあったはずだ。四郎は歩みが徐々に早足になるのを自覚しつつも、記憶を辿り不動産を目指す。

 角を曲がる。


 だが、そこで四郎が見たもの。

 本来『阿部コベ不動産』があった場所にはいかがわしい派手な看板。

 男がビキニを着てしなりを作っているイラスト。

 その上にデカデカとこう書かれていた。


『モイーダの酒場へようこそ』





 それからのことは四郎はあまり記憶が無い。

 気づけば空腹だったなということを思い出し、大通り脇の道路に腰を落とし、もう冷めてしまったうずらと豚肉の中華風をもそもそと口に運ぶ。


(そういえば玉子焼きも買っていたな……。はは、うずらの卵と玉子焼きで卵が被ってしまった)


 元々の疲労も合わさり、ここからもう動く気にもなれない四郎。考えることはたくさんあるはずなのに、脳がそれを拒否しているような感覚だった。

 道行く人々がチラチラと四郎を見るが、それを気にかける気力すらないのだ。だが、そんな四郎の前に現れる人影が一つ。


「ちょーっと! こんなところでこんな時間に男性が一人なにしてるノー? 危ないヨ! うわっ、すごい美人だネー! こんなところに座り込んでたら攫われても文句いえないよー、ほら、立って立って。近くに交番あるからちょーっと来てもらえるカナ?」


 四郎に話しかけてきてるのだろうが、四郎はその会話の半分以上も聞いていない。のそりと首を起こして見れば、警官の服装に身を包んだ誰かが声をかけてくれているくらいにしか思っていないのだろう。


 こうして警官に保護され、根堀り葉掘り質問攻めにあい、身分証の偽造まで疑われ、自宅の固定電話にかけてみる提案をされるまでが美之頭四郎がこの世界に迷い込んだ経緯である。

ブックマークとポイントありがとうございます

ぼちぼちと続けて行けたらと思ってます

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