第弐話-異変①-
大幅に更新遅れてすみません。
今回からゾンビが出てきます。
七月十八日午後十二時十五分-献護院・資材搬入口-
正午を少しまわったころ、献護院の資材搬入口に巨大な輸送トラックが停まっており作業着の男たちが運搬作業を行っていた。
「オーライオーライ」
灰色の作業着に同色の帽子を目深くかぶった男たちは、まるで機械の様に作業を進めている。そこに一人の男が慌てた様子で走り寄る。中年を通り越して壮年に差し掛かろうかといったぐらいの頭がバーコードになっている男だ。
「ちょっと君たち!コレはいったい何だね。今日は搬入の予定があるなんて聞いてないぞ!」
中年男は部下に指示を出していたと思われる一人の男に近づき唾を飛ばしながらがなりたてる。
「すいません。規則で一般の方に話すことは禁じられておりまして……」
「私は此処の職員の沼田だ!それより一体何の用なのか説明したまえ!」
職員カードを見せながら沼田と名乗った中年男はさらにがなりたてる。普通なら顔をしかめてもおかしくは無いのだろうが作業着の男は表情を一切変えず、やはり機械じみた動作で話し始めた。
「これは失礼しました。ミサワ運送の青木と申します。このたびは……」
「君のことなどどうでもいい!積み荷は何なのかね!?場合によっては私の責任問題になるのだよ!」
沼田はあくまでも自分のことしか考えていないようだ。そのうえどうやら酒も入っているらしい。沼田から漂ってくる酒の臭いがそのことを物語っていた。
「積み荷ですか。えぇーっとですね。これは確認していただいたほうが早いかもしれません。どうぞこいらに」
この時初めて、青木の顔にうっすらと笑みが浮かんだ。しかしそれは営業スマイルとか愛想笑いとかそういったものとは全く異なる笑みだった。そのことに気づかず沼田はブツブツと何かをつぶやきつつも青木のあとについて行く。
「さぁ、こちらです。おい、ドアを開けろ」
青木の合図で輸送トラックのドアが開かれるが、中がうす暗く積み荷が何なのかわからない。
「すみません。照明が壊れてて……悪いんですけど荷台に上がってもらってもいいですか」
「君たちは備品の管理もできんのか!まったくこれだから最近の若いやつらは……。それで、一体何を確認しろと言うのかね!?こうも薄暗くては確認もなにもあったもんじゃない!懐中電灯ぐらい寄越さんか!」
酒が入ったせいで気が大きくなっているのか沼田はどんどん喧嘩腰になってゆく。
「すいません。これでよかったらどうぞ」
そう言いながら青木はペンライトを渡した。
「それで積み荷なんですけどね……」
荷台の中でペンライトを点け沼田は奥へと進んでいった。それを確認した青木は、部下にトラックのドアを閉めさせた。
「ゾンビを一ダース。確かに届けましたよ」
荷台から響いてきた沼田の悲鳴は青木たち以外誰も聞こえなかった。
七月十八日午後十二時半-献護院・学食-
「それじゃあ先輩そろそろ行きましょうか」
直哉達は食器を返却し学食をあとにした。直哉が先輩と呼ぶ女性は桑原奏。学年は二年生であり居合道部所属。長い髪をポニーテールにまとめ、スタイルも抜群。さらには勉強も運動も出来る非の打ちどころのない女性であるのだがとある事情により友人や恋人は一人もいない。唯一の例外が後輩の直哉ただ一人なのだ。
「そうね。そろそろ楽屋にいかないと準備が間に合わないわ」
奏は全くの無表情で直哉に言葉を返す。とある事情、周囲が彼女を倦厭する理由がこの能面のような無表情である。もちろん表情が動かない訳ではないがどんなに驚かせたりしても軽く眼を見開く、眉を動かす程度で終わってしまう。おまけに完璧超人であることもあって周囲からは人形と呼ばれる始末である。
「そういえば巻き藁切りって真剣を使うんですよね?俺使うの初めてなんですけど……」
「君なら大丈夫よ。いつもどうりやればいいだけ」
「投げやりなアドバイスありがとうございます……」
なんだかんだ話しつつ志誓堂についた二人は楽屋に向かってさらに進んでいく。志誓堂内部は意外と広く、入口から楽屋まで歩くと五分はかかるのだ。
「志誓堂付近のお客さん少なかったですね。もしかして結構中に客がいたりして」
目立つことが苦手な直哉は悪い想像をして肩を落とす。
「あら。覚悟を決めたんじゃなかったの?」
「いや、それでもいやですよ。ちゃっちゃと終わらせて帰りたいです」
「はいはい」
楽屋についた二人だったが、ここで何か様子がおかしいことに気付いた。楽屋の中が無人であったのだ。
「あれ、先生どこにいったんだ?」
居合道部顧問である美作の姿が見えないのだ。予定ではすでに楽屋で待機しているはずだった。
「手洗いですかね。とにかく戻ってきてくれないと……刀持ってるのあの人だし」
楽屋の入り口で首をかしげている直哉の袖を奏がくいくいっと引っ張る。
「あれ、そうじゃないかな?」
奏が指さす方向には一人分の人影があった。左手に棒のようなものを持っている。
「あ、たぶんそうです。俺ちょっと行ってきますね」
奏にそう言い残して直哉は小走りで人影の方へと近づいて行った。近付くにつれて人影が誰なのかハッキリとしてくる。それはやはり、顧問の美作であった。胴着を着ているので間違いない。
「先生。美作先生!」
直哉が声をかけるとようやく気づいたのか、此方へと振り返る美作。何処か不自然な動作であった。
「先生、もうじき時間ですよ。早く行きましょう」
美作はぎこちない動作で直哉の方へと歩いてきた。よく見ると左足を引き摺っている。俯いているため表情は見えない。
「どうかしましたか先生?左足に怪我で……も……?」
美作を心配する心とは裏腹に、直哉の足はピタリと止まっていた。頭の中で警鐘が鳴り響く。
(何だコイツは!?)
目の前にいるのは今ではそれなりにつきあいのある顧問の美作だ。いや、正確にいうならば美作だったモノだろう。直哉の声に反応したのか、うつむいていた顔をあげたソレは喉がごっそりと無くなっていた。服は襟元から下にかけて真っ赤に染まっている。どう見ても致命傷だ。動けるはずがない。ソレはよたよたと直哉に近づいてくる。
「ッ!?」
倒れこむように掴みかかってきたソレを、直哉は横に移動してかわす。すれ違いざまに見えたソレの口は限界以上に開かれ肉が裂けていた。
(なんだよコイツ!!絶対におかしい。明らかに生きた人間じゃない)
掴みかかってくるソレを避け続ける直哉は一切の反撃ができなかった。決して隙がなかったわけではない。むしろそいつの動きは隙だらけだった。それでも直哉が反撃できなかった理由は、彼がこの状況を未だに呑み込めていなかったからだ。実際、こんな化け物に襲われてすぐに対応できる人間など存在しないだろう。この時点で直哉は目の前の化け物から逃亡することに決めていた。問題はもう一人の人物、奏のことである。彼女を連れていかなければ確実に次のターゲットになってしまう。意を決して、直哉は廊下の端で待っている奏に向かって声を張った。
「先輩!すぐに行くので走る準備をしてください!」
「分かった!」
奏が返事を返すと、目の前の化け物はずっと襲いかかってた直哉から奏のいる方へと首を巡らせた。
(こいつ……もしかしたら目が見えていないのか?)
直哉は化け物のすぐ近くにいるのに、肝心の化け物は直哉よりも離れた奏へと興味を移していたように見える。なにはともあれ、今しか好機はないとふんだ直哉は化け物の左手に向かって腕を伸ばしその手に握られていた棒、刀の柄を握り、鞘から一気に引き抜いた。抜き身の刀を右手に提げ、化け物の横を一気に走り抜ける。当然化け物が反応し追いかけてくるが無視して奏の元へと走る。何か言おうとする奏を無視してその手を掴むと、直哉は楽屋を目指して走って行った。
何という亀更新。
次はもっと速くできるように頑張ります。