第一話「日常」
ガクガクブルブルするような小説ではありません。ライトなゾンビサバイバル小説(を目指している)なのであしからず。
七月十八日、午前十一時二十五分-志誓堂-
蝉の声がかすかに聞こえる物静かな舞台の上で一人、刀を携え正座をした青年がいた。板張りの床の上で正座をしている彼は閉じていた眼を開くと眼前、虚空を見据えて動き始めた。緩やかな初動。蠅が止まるのではないかという程緩やかに持ち上げられた手は刀の柄に触れた瞬間、今までの動きが別人であったかのような速さで彼は抜刀を終えていた。抜き出された刀身が鈍く光りを反射する。抜刀後、立ち上がり微動だにしなかった彼は再び緩やかな動作で刀を鞘に納めた。深く、静かに、息を吐き出しつつ再び正座へと戻る。彼の名前は仙道直哉18歳。献護院大学一年生。居合道部所属。身長176cm体重64kg。中肉中背。成績はいたって普通。髪を染めずピアスも付けない。まさに地味の権化というのが、彼に対する評価の九割を占めているといっても過言ではないだろう。
抜刀の型を終えた直哉は刀を左手に持ち舞台から降りた。一段下がった直哉の視界には誰もいない、伽藍とした観客席が広がっていた。今日は七月十八日。献護院大学の地域交流祭、いわゆる学園祭の日である。直哉の所属する居合道部は今日、直哉が刀を振っていた舞台で演武を行う予定であり直哉はそこで”巻き藁”の居合切りをすることになっているのだ。入部したばかりの一年生がそのようなことを行うのは異例の事であり当然注目も集まる。直哉に失敗は許されなかった。
「……あんまり目立つような事はしたくないんだけどなぁ」
額に浮かんだ汗を拭き取りながら直哉は一人ぼやく。何故こんなことになってしまったのか。直哉の頭の中では後悔にも似たモヤモヤとした感覚がぐるぐると回り続けていた。現在午前十一時半。本番の演武は一時から行われるので、今後のことを考えるとあまり余裕はない。
「考えても仕方ない。どーせやんなきゃならないんだからせいぜい失敗しないようにしよう」
とりあえずの決意を胸に直哉は舞台のあった建物、志誓堂をあとにした。途端に初夏の照りつけるような日差しが直哉を襲う。
「あっつ……こりゃ早く退避しないと溶けちまうよ」
直哉は小走りで学食のあるB棟に向かった。学園祭初日というせいもあって敷地内には人があふれかえっている。その途中、直哉はひと組の外国人夫婦に呼び止められた。
「オゥ、ユーアージャパニーズSAMURAI!」
大きな体躯に短く刈りそろえられた金髪、さらにミラーのはいったサングラスまでかけている。ぶっちゃけかなり恐かった。
「あー、あいきゃーんとすぴーくいんぐりっしゅ……ぱーどぅん?」
とっさに答えた直哉だったが夫婦はきょとんとしている。何か間違えたのだろうか。
「……何がもう一回なのよ……」
その少女は、緊張で固まる直哉の背後から突っ込みを入れつつ現れた。彼女の名前は朱鷺乃涼子。直哉と同じ一年生。こちらは弓道部に所属しており、肩までのショートヘアが彼女の活発的な性格をよく表してる。英文科の生徒である涼子は現在外国人夫婦と英語で会話をしていた。やがて金髪の男性が涼子と握手をし、大きな手で直哉の肩をバシバシと二回叩いて笑いながら夫婦は去って行った。
「痛ってぇ……あのおっさん力強すぎだろ」
「まともに会話できない直哉が悪い」
肩をさすりながら顔をしかめている直哉に向かってさらりと毒を吐く涼子。この会話から分かるとおり、ふたりは比較的仲のいい友人同士だ。直哉にとっては数少ない親友の一人である。
「いきなり外人さんに話しかけられたら驚くだろ普通」
「即応性がないわねぇ……そんなんじゃ使える人材になれないわよ?」
「いきなりシビアなこと言うなよ!」
口論にも似た涼子との会話は何故だか楽しい。そのこともあって直哉はよく涼子とつるむことがあった。
「しっかしなんであのおっさんは俺に向かって”侍”かなんて聞いてきたんだ?」
「気づいてなかったの?自分の格好を見てみれば」
涼子に指摘された直哉はようやく自分が居合用の胴着のままであることに気付いた。この格好で左腰に刀を差していれば確かに侍と思われても仕方ないだろう。
「着替えるの忘れてた……何たる不覚」
「あんたってやっぱ抜けてるわ」
けらけらと涼子に笑われながら目的地である学食へと入っていく。
「っと。そういえば先輩と待ち合わせしてるんだった。朱鷺乃も行くか?」
券売機でうどんの食券を二枚買いつつ直哉は涼子に尋ねた。
「遠慮しとくわ。桑原先輩は少し苦手なのよね……」
「そうか。みんな先輩のこと苦手って言うんだよな……」
「それよりも、演武のほう頑張りなさいよ。あんた一番手でしょ?」
「そうなんだよ……。どうしてこうなったんだか」
「まぁがんばりなさい。期待の新人クン♪」
「……その呼び方やめろよ……」
じゃあね、と手を振りながら去って行く涼子を見送りカウンターへと並ぶ。まだ昼食には早い時間の為か注文の品はすぐに出来上がった
「かけうどん二つ毎度あり!」
「ありがとうおばちゃん。いつもうまそうだ」
ニカッと笑う食堂のおばちゃんに礼を言い直哉はうどんを持って二階席へと向かった。
七月十八日、正午十二時-カフェテリア2F-
目的の人物はすぐに見つかった。ちらほらと客が居る中でそこだけが別の空間であるかのように人気のない一角。そこに彼女は居た。
「お待たせしました桑原先輩。かけうどんでいいんですよね?」
窓辺の席に座る女性はゆっくりと振り向くと能面のような無表情で告げた。
「五分。遅刻よ」
みなさんはじめまして、哲学眼鏡というものです。今回の作品「東京ディストラクション」はいかがでしょうか?まだ第一話でゾンビなど欠片も存在していませんがこれからわんさかと出していこうと思っています。どうか今後ともよろしくお願いします。なお、作者の武道の知識はかなり怪しいです。明らかにおかしな点があったらやんわりと教えてください。それではまたいつか。