TS勇者、その後
ちょっと息抜き短編。
この作品にはBL要素GL要素ございます。
そういったジャンルに嫌悪を抱かれる方はプラウザからバックをお願いします。
ただ、カップリングはノーマル、なはず^^;
ざしゅっ!
振りぬいた聖剣の光り輝く鋼鉄の一線。
断末魔が黒い空間に木霊した。
「ぐあぁ!…おのれぇ、勇者めぇ!おのれぇえええええ!」
袈裟懸けに切った場所から塵と化しつつ、のろいの言葉を吐く魔王に、しかしそれに答える力はなく、私はだんだん感覚を失いつつある体を支えきれずに、倒れこんだ。
「っ!勇者!?」
近くに居たらしい絶大なる魔力を持つ魔法使いのお姫様が駆け寄る足音が遠く聞こえた。
体を救い上げられるかすかな感覚に、私はもはやほとんど見えていない目で、しかし相手を心配させまいと、笑った。
「勇者!?勇者あああ、いやぁ!どうして?」
半狂乱のお姫様の声。
ずっと旅を一緒にしてきた彼女。
王族という身分からか、表情の乏しい無愛想だが、実はずっと繊細で優しかった彼女を泣かせているのが自分だと思うと、少しだけ罪悪感が沸いた。
「…大丈夫、これは運命です…」
手にした聖剣が徐々に形を失っていくのが分かる。
そうだ、これが勇者として召還された私の運命。
魔王を倒した今、私はこの世界から解放される。
「いや!そんな!どうしてえええ!」
はらはらと水が顔に振ってくるのを感じて、少しだけ悲しくなった。
「…泣かないで、ください…。私は…帰るだけ」
そう、死ぬわけではない。
だが、もう二度と会えない。少しだけ寂しさが押し寄せる。
考える間も、徐々に私の体と意識は世界の空気の溶けていく。
私は最後に、ありがとう、とつぶやいてその世界を後にした。
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ぱちり。
目覚めるとそこは私の部屋。
カーテンの隙間から差し込む光、ちちちっと鳥の声が聞こえてきます。
そして新聞配達でしょうか、エンジン音も聞こえ、私はそっと窓に近づいて、恐る恐るカーテンを開ければ、そこにはまごうことなく一つの太陽。
普段当たり前のそのことが、ひどく嬉しかったです。
帰ってきたのです!私は!そしてやり遂げました。
「守り抜いた!」
思わず、窓に向かってガッツポーズで叫んでいました。
なにを、かって?
それは-------貞操。
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私には勇者としての記憶があります。
…うん、ごめんなさい。
離れていかないでください。
痛い子を見る目で見つめないで!
自覚はしています。
自覚はしていますけど、真実なので仕方がないじゃないですか。
とにかく、私は過去に勇者していました。
部屋で寝ていたら、突然古代神殿建築っぽい場所で目を覚ました。
所謂召還もので、私はその世界の神殿の儀式で召還された所謂召還勇者でした。
召還された私は速やかに神官長に出会って、その世界に現れた魔王を倒してほしいと願われました。テンプレですね。
ただ、言われて「はい、じゃあ倒してきます」って簡単にいえないのが現実ですよ。
確かに召還特典でいろいろチート機能はありましたが、もともと武道の武の字も経験のない高校生でしたからね、私。
しかし、やるしかありませんでした。
なんせ、神官長は『魔王を倒せば、元の世界に戻れる』というなんとも世界にとってご都合な、私にとって迷惑なことをのたまいましたので。
私に選択権はありませんでした。
神殿で武術の基礎とか、召還された世界の常識とか叩き込まれて、私は約一年間をかけて、世界を旅して周りました。
もちろん一人ではありません。チートつきとはいえ、異世界人でしかない私が一人旅できるわけがありませんし、そもそも魔王を倒す勇者のその動向を見張る人間はこうしたことにはつき物です。
私には人間の国のお姫様と神殿の最高神官の一人と言うお目付け役がつけられました。
旅の間もいろいろあって、いろんな人間や獣人などが加わり、心強い仲間にも支えられ、そしてついには魔王を打ち倒しました。
そうして、私は神官長の言葉通り魔王を倒した瞬間、こちらの世界に戻ってきました。
あちらで過ごした一年はこちらでは一晩だけの出来事だったみたいで、私が目覚めたこちらの世界では何も変わっておらず、私が心配した失踪者扱いにはなっていませんでした。
まあ、ここまでなら。普通に夢か、単純に異世界召還のセオリーといってもよいのかもしれません。
しかし、この旅により私は魔王を倒すより苦労したことがあります。
と言うか、それに比べたら魔王を倒すことなどほとんど苦労とも思えませんでしたとも!
あの世界で私は男で、貞操の危機にありました。
…はい、わけが分かりませんね。
とりあえず説明すると、私は私の世界では女子高生でした。
しかし、あちらに渡った私は魂だけの存在だったらしく、勇者としてあの世界に具現化するためにあちらの世界で作られた体に入らなければならなかったらしいのです。
私は女神の練成で作られた仮の肉体に入れられました。
それがよりにもよって男性の形をしていたのです。
…正直何の冗談かと思いましたよ。
私が降りた男の方はそれはそれは綺麗な方でした。
白銀に近い柔らかな髪に菫色の瞳。
女性的で柔和な顔立ちとは裏腹に、身長は180センチ近くあり、細身ですがしっかりとした筋肉のついたとても綺麗な方でした。
しかし、どんなに綺麗な方であろうと、男性の体です。
もともと女子で、…まあその、男性とお付き合いしたことのない私にはその体は正直大変困るものでした。
鏡の前で絶望した私の気持ち分かってくれますか?
自分の裸が見れないんです!下にしっかりなにがあるんです!?
花も恥らう乙女になんてこと!
そもそも、魂が男女どちらか分からないのだから、どうせ肉体作るくらいならどちらでもない体にすればいいのに!
女神の練成は銅像とかそういった人形に女神の力を宿すことで、人として動かせるという秘術らしく、人形の容姿は人間側に委ねられているらしいです。
そのため折角だからと有名な彫刻家に人形の外見をお願いしたらしいのですが、今回選ばれた彫刻家が男性型に拘ったらしく、美しくもあんな体になったのだということでした。
彫刻師、ゲイだったんですかね?偏見?
さらに神官長曰く、過去の勇者召還で男性型が問題あったなどということが歴史書に残っていなかった、と。
そりゃそうでしょう。
そもそも男性型を用意したら勇者が嫌がった、なんて情けない事実を歴史書に残したりしないでしょう?普通。
ですが、一度宿った肉体をキャンセルすることはできないみたいで、私は仕方なく魔王討伐にその肉体で向かいました。
しかし、その旅路でもいろいろその肉体のせいで、問題が起こりました。
それはそれは美しい男性型だったため、まあ、いたるところで秋波を送られまくったんですね。…主に男性に。
もはや、BLの世界ですよ。
突然、キスされたりするんです。押し倒されたりするんです。
うううう、うら若き乙女になんてこと!確かに私、女ですけど、女ですけど!
体は男なんですうううううう!
さすがにキスされたときは、自分の体でなくてよかったと、心から思いました。
…ていうか、私の体であればこんなことは起きなかったと思いますが。
旅の間、パーティーメンバーはもとより、出向く先々で、私を巡ってトラブルが絶えませんでした。
しかも、私を無視して勝手に男同士が男の私を取り合うのです!
私も勇者としてのチート能力ありましたので、簡単に男性陣の思うとおりになりませんでしたよ。
必死です!必死に守りましたよ!貞操を!
私が胃を壊したのは当然でしょう?
私は旅を始めて数ヶ月で、すっかり男性恐怖症になりました。
私は身の安全のため、男性たちから離れるために、パーティーで唯一の女性だったお姫様と常に居るように心がけました。
なんせ、お姫様。世界でも有数の魔法使いらしいので、さすがに彼女の前で私に狼藉を働こうという者はいませんでした。
…まあ、その行動が、すこしお姫様を勘違いさせてしまっていたようで、心苦しかったのですが、自分の貞操の危機の前には私もわが身かわいさで罪悪感に蓋をしました。
そうして、迎えた魔王を瞬殺、とまでは行きませんでしたが、なんとか倒して、私は自分の世界に戻ってきました。
魔王を倒して自分の世界に戻ってきた私は世界を救った感慨とか達成感よりも、まずなにより。
貞操を守りきった!
という、思いのほうが強かったのは仕方ないと思うのです。
しかし、そんな思いももう過去のことです。
今でも少し男性は怖いですが、いまや目立たぬわが身です。
男性なぞ、寄ってきません。
少し寂しい気もしますが、あのこと以来彼氏なぞ必要ない!と思えましたので、問題ないです!
早々に一生独身を貫く決心を心に固めているのは両親には申し訳ないのですが、もはやあの地獄の記憶がある限り、男性に触れられることすら難しいのです。
そんな私ですが、あれから二年。
大学生になりました。
受験と言う地獄の勉強付けの戦いを乗り越え、春爛漫。
あと二年もすれば、また就職戦線という戦いに再び巻き込まれますが、今は開放に身を浸したいです。
大学のオリエンテーションを終えて、学内を探索中です。
周りにはサークルの勧誘だろう先輩方と、それに乗っかる新入生や冷やかしに来ている在校生などでごった返しています。
それを縫うようにゆったりと進みます。
新たな出会いにわくわくしつつ、女子大生を満喫する気満々です。
あの世界での私は大変なこともありましたが、それでもたくさんのすばらしい出会いも体験しました。
勇者として接した人々、魔族や獣人。
いろいろな出会いと別れがありましたが、それ自体を後悔したことはありませんでした。
それを考えると私は結構人間が好きみたいです。
だから人の役に立つ仕事につきたいと考えて、そういったことが学べる学校を選びました。
あの出来事があるまで私自身、自分の将来について真剣に考えたこともありませんでした。
こんな風に考える機会をくれたと思えば、あの世界でのことはそう悪いことばかりだったとは思えません。
だから、あの世界の人たちがあの後、皆幸せであることを願います。
最後に泣かせてしまった彼女。
お姫様はどうなったでしょうか?
あの人は強情で気位が高くてちょっと感情を表現するのが苦手ですが、とても優しく美しい人です。
きっと、彼女のよさを分かってくれる素敵な人と一緒になっていることでしょう。
さわさわと優しい風が吹き、散り際の桜の花びらを落としていきます。
もう二度と会うことも叶わない人を思い、私はそっと桜越しの青空を見上げます。
空はどこまでも青く、そして太陽は一つでした。
あの世界には太陽が二つありました。異世界、すごいですね。
-----------不意に、視線を感じて私は立ち止まりました。
周囲は人がたくさんおります。
ですが、地味な私はそもそも風景と同化しているのか、勧誘の言葉もかけられず人の波に沿って歩いているだけなので、私を見ている人間など居ないはずです。
あの出来事の後、元勇者特典なのか、総じて身体能力などの平均値が上がっていました。
勇者だったときほどの鋭さとは程遠かったですが、それでもそれまでの私とは比べ物にならないほど飛躍的に身体能力や記憶力が上がりました。
そこもあの出来事でよかったところですね。
おかげで、学校での順位も上がり、無事にいま大学生になれたのですから、本当に悪いことばかりではありません。
そんな上がった身体能力で私は自分に注がれている視線を感じました。
(はて?)
敵意は感じません。
さりとて気のせいといってしまうには、あまりにも強い視線に私は首を傾げました。
私はこの大学に進学したことによって、地元から出て、一人暮らしをはじめています。
まだ大学が始まったばかりですし、ここに知り合いなどいません。
ですが、明らかに私に対しての視線に私は首を傾げるしかありませんでした。
(確認しませんと分かりませんね?)
視線の先を確認しようと振り返ったとき、不意に強い風が吹きました。
散った花びらが視界をふさぎ、思わず目を閉じてしまいました。
「…あれ?」
目を開けたときには視線は綺麗さっぱり消えていました。
私は首を傾げるしかありませんでした。
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そこは大学の片隅。
桜並木に隠れるように四人の人陰がオリエンテーションを終えた新入生の列を眺めていた。
一様に人目を引きそうな容姿の整った四人だったが、なぜか彼らの存在に周囲の誰も気が付いていないように彼らに視線が向けられることはなかった。
「…本当にあいつが…?」
集団の中の一人の少年の台詞に、金髪の男が冷たい目を向け鼻で笑った。
「…所詮外見でしか、判断できないのですね。やはり所詮獣は獣ですか?」
「なんだと!」
いきり立つ少年は男に食って掛かろうとするが、さらに眼鏡をかけた男に止められる。
「はいはい、お二人とも。いくら姿消しの術を使っているといっても、ここで喧嘩するなら帰ってもらいますよ?」
「それは困る!」
「…私もですか?」
憮然とした二人に眼鏡の男は悠然と微笑んだ。
「喧嘩両成敗です」
「…なんなら、貴様ら、三人まとめて送り返すが?」
争う三人に最後の一人が氷点下の視線を投げれば、三人の視線が微妙に反れた。
「…これはこれは。…ご不興を買ったようで申し訳ない」
眼鏡の男、かつて勇者を呼び出した神殿の最高神官が慇懃に頭を垂れる。
その服装はノーネクタイのスーツ姿だ。
「そう思うなら、ここで貴様らすぐに自害しろ」
「なっ!なんでそんなことお前に言われなくちゃならないんだよ!」
少年、かつて勇者に助けられて以降勇者を慕い無理矢理パーティに加わった獣人が食って掛かる。
こちらも、頭にある獣の耳はフードで隠し、パーカーにカーゴパンツと少年の装いだった。
「お気を害されたのであれば申し訳ありませんが、今の貴方にわれわれを送り返せるだけの力はないでしょう?」
金髪の男、騎士団の団長で勇者の資質を疑い殺合いを望み敗れた後、勇者に命を救われ、恩義を返すとか言って勝手にパーティに加わった騎士が皮肉げに笑う。
その姿も普段見慣れた騎士服ではなく、ジャケットにジーパンと言うラフなスタイルだ。
「…別に送り返さずとも、貴様らをまとめて消すことなどたやすいが?」
「…怖いお姫様だ。…いえ、今は王子様と言ったほうがよいでしょうか?」
魔力をこめて脅しつければ、騎士が笑いながら答える。
しかし笑みとは裏腹に余裕なのは内容だけで汗がじっとりと浮かぶのを冷たい目で見下ろし、勇者のパーティで唯一の女性であった姫君は憮然とした。
その姿はいまや女性と言えなかった。
茶色の髪は短く切られ、すらりとした肢体は細いが、女性的な丸みはない。
美姫と呼ばれた美しい顔ばせはそのままだが、柔らかさが取れ、精悍さを感じさせる美丈夫となっている。
もともと女性にしては高かった身長は更に高くなり、他の男性と変わらなくなっていた。
「…貴様らになんと思われようとどうでもいい」
「いやはや、愛の力ですか?まさか異界渡りの上に性別まで変えられるとは」
軽口の割に化け物でも見るみたいな瞳の騎士を一瞥する。
そう、彼らは異世界の住人だった。
かつて彼らの世界を救ってくれた勇者を追って、勇者の世界に来たのだ。
本来女神の力といわれる異界渡りを、世界を救った勇者のパーティーと言う特権を振りかざし、世界にある魔術書を読み漁ったすえ、姫君は実現させた。
もとより姫君はその魔力ゆえ、他の王族、両親でさえも恐れ近づくこともなく、孤独に過ごしていた。
そこに現れた勇者が彼女に世界を教え、彼女の孤独を救った。
だが、その勇者は魔王を倒すとあっさりと自分の世界に帰ってしまった。
姫君を置き去りにして。
勇者が帰りたがっていたことも、魔王を倒せば強制的に勇者が帰ってしまうことも抗うこともできない運命だとわかっていた。
そして勇者が、自分と常に一緒にいてくれるのも、優しいのも周りの男どもから自身を守るためだということも気付いていた。
しかし、そんなことはどうでもよいことだ。
利用されていようが、勇者は温かかった。
そして、一度知ってしまったぬくもりを手放すことは姫君にはできなかった。
界渡りを研究する彼女を誰も止めなかった。
彼女の取りつかれたような様子に恐れをなすものもいたが、一番の理由が魔王の居ない今、彼女の力は恐怖の対象でしかなく、王族ですらその存在をもてあましていたのだ。
そのため、姫君はまったく邪魔されることもなく、研究に没頭できた。
勇者の救世から五年、とうとう姫君は術を完成させた。
勇者を追って異界渡りを行う際、アクシデントが二つあった。
ひとつはこの三人。
他の誰より勇者に並々ならぬ執着心を見せていた彼らはどこからか姫君の界渡りの噂を聞きつけ、術の途中で勝手に入り込み、界を渡ってしまったのだ。
そのせいで余計な魔力を削られ、姫君の魔力は大きく現在減退している。
そのため、彼らを送り返す魔力もなく、仕方なく彼らと行動をともにしている。
下手にその辺に放置して勇者に近づかれも困るからだ。
そして、もう一つは今現在のこの姿。
姫君は男子になっていた。もともと、勇者の世界で違和感なく存在できる姿に変化するという術式を仕込んでいたため、異界渡りしたと同時に、彼らの衣服や髪色などの勇者の世界ではありえないものから変化していた。
そして、他の三人はただ髪色や服装が変わっただけなのに対し、姫君だけが性別まで変化していた。
最初こそ驚いたものの、案外すぐに順応した。
そもそも、勇者の性別が実は女性ではないかと、勇者と過ごしていた時から気付いていたのだ。
そのため、自分の恋情が勇者に届くことがないと言うことに絶望しかけていた。
(…だが、今なら)
届く気がした。
もう一度あのぬくもりを取り戻すためなら男でも何でも演じてやろう。
「…勇者は私のモノだ」
宣戦布告のように三人を睥睨すれば、三人三様で挑戦的な瞳を向けてくる。
「それはそれは」
「選ぶのは勇者だ!」
「…そういうことですね」
それぞれ自信たっぷりな様子にあきれる。
彼らは漏れなく勇者に迫って返り討ちにされている。
なのにこの自信はどこからくるのか?
「だまれ、変態ゲイども。勇者に貴様ら振られているだろが」
イライラして声を荒げれば、再び三者三様で対抗してくる。
「おや、心外ですね。私たちは彼の魂を愛しているのです。性別などどうでもいい」
「そうだ!勇者がなにでも勇者だ!」
「ここまで来たんです。一度振られたくらいであきらめられるような思いでもありません」
あまりに身勝手で、前向きな発言にあきれを通り越して、憎悪さえ感じる。
勇者でも見て、心を落ち着かせようと視線を戻すと、不意に遠くの集団の中に一人だけ彼らの視線に気付いたように振り返る少女の姿があった。
その視線の強さと優しさに、懐かしさと共に胸の奥が苦しくなる。
失うと思ったときの絶望感。
二度と手にできないと思っていた暖かさが目の前にある切なさに、涙がでそうだった。
「…ようやく、見つけた」
真っ白な花びらの先、大勢の人間がいるが、彼…いや、彼女の姿はまるで切り取られたかのようにはっきりと、分かった。
姿はまるで違う。
だが、分かる。確かに彼女だ。
「…姫君、今はまだ」
眼鏡の神官に思わず彼女に向かいかけた足を止める。
そうだ、まだ。さすがに現れるのは早い。
この世界にとって姫君たちは異分子だ。
彼女とて、本当に彼らのことを覚えている保証もない。
もし覚えておらず、突然彼女の前に現れれば、余計な警戒心を呼んで近づけなくなるかもしれない。
それは避けたかった。
「…近いうちだ」
伸ばしかけた手を引くのはつらい。
だが、その先のぬくもりを失わないために、今はまだ彼女の前には出ない。
外堀から埋めるように少しづつ、彼女が逃れられないように。
もう二度と、あのぬくもりを失わないために。
「…貴様ら行くぞ」
「「「御意」」」
四人の姿は桜吹雪に溶けるように掻き消える。
後に残るのは薄紅色の花びらの舞い。
TSを読んでいて、男→女はあるのに
女→男はないな~と思ってかいてみますた。
…かいてみて分かった、これ結構むずかしいっすww