三人の翼人<8>
ガーデンの敷地から、少し離れた見晴らしのいい丘の上に、ひとつの小さな墓があった。墓石は苔生していて、風雨に晒された幾つかの箇所が崩れている。名前と思われるものも見えたが、彫られた年代が古すぎてよくはわからない。
墓石が見下ろす辺りにガーデンがあり、それをぐるりと囲うように城壁が立っている。ところどころ森や遺跡のような跡も見えた。
墓石の下には、真新しい花束が添えられていた。
忘れ去られたような墓石の下に、みずみずしさを残した花。
地平線に陽が半分ほど姿を隠し、宵闇が音もなく、しっとりと辺りを覆う。
その闇に紛れるように、丘を登ってくるひとつの影が見える。その影は、真っ直ぐに墓石へとむかっているようである。
坂の途中に現れる、途切れ途切れの城壁や剥き出しの岩、岩。影は、その間を縫うように、泳ぐようにすいすいと上ってくる。
最後の城壁は影よりも遥かに高く聳え立っていたが、入り口のような穴があり、影はそこを潜って更に近づいてくる。
残り少ない陽の光の中に現れた影の腰布の間には、すらりとした足が伸びており、古びた文様を柄と鞘に刻み込んだ立派な剣を携えていた。
腰から垂れ下がっている、金糸銀糸を幾重にも織り込んだ装飾の帯は、ガーデンのものではない。
影が墓前に立つと、地平線に長く光を留めていた陽がぷっつりと消えた。
影は手に持っていたランプに火を灯すと、手を組み、跪いた。
頭を垂れ、まるで自らの忠誠心を確認するかのように呟いた。
「我が主は、生涯唯一人と心に誓っております」
忠誠の言葉は、懺悔のような嘆きを含み、ランプの明かりに照らされた藍錆色の瞳は、映る明かりを揺らめかせながら、遠い記憶の彼方を漂っているようだった。
すでに、その名も読み取れない文字を見つめ、カスケードは跪いていた。
「我が主は……我が……主は。───この命が尽きるまで、あなただけなのです」
帯の端を手に取り、遠い誰かを思い出しているのか。
愛しそうに、自らの唇を押し当てた。
(ああ。)
カスケードは嘆きの声を漏らすと、突っ伏した。
泣くでもなく、叫ぶでもなくカスケードは、帯の端を抱き締め、肩を振るわせ続けた。
※藍錆色:アメジストのような紫色。