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さんざめく者共<5>

 オルレカの噂は日を追う毎に、その回数を増やしていった。一昨日はどこそこの村に現れただの、昨日の晩は北に向かって飛んでいく姿を見ただのと、どこまでが真実でどこまでがでっちあげなのか、わからないくらいだ。

 真実なのは、何者かを狩っている者がいること。そしてそれがカスケードであることである。彼がケリーとは別のオルレカであるかどうかは別として、カスケードは確かに人であるものを斬っているのだ。

 無意識に険しい表情をしていたのか、アントニエッタがひょっこりと心配そうな顔を突き出してきた。

「そんな難しい顔をしていたら、カスケードさまが心配するわよ?」

 ケリーは驚いた。アントニエッタの唇がカスケードと言ったからだ。

「ふふ。驚くのも無理ないわよね。ずいぶんと会っていないんだもの。あのね。さっき村長さんが来て、急なんだけど今夜にでもカスケードさまがピレアにいらっしゃるから、その心積もりでいなさい、だって」

 アントニエッタはそう告げると、さあ夕ご飯の支度にとりかからなくっちゃ、と楽しそうに鼻歌交じりに言いいながらキッチンへと消えた。

──カスケードと今夜逢える。

 ケリーの胸が躍った。しかし、楽しいばかりではない。アルバのこと。人々を狩っていること。訊きたいことは山のようにあった。

 早鐘のように打つ鼓動は、逢える喜びからなのか、それとも知りたくはない真実を聞かされることへの怖れからなのか……。

「ケリーさま?」

 庭先からひょっこり顔を出したのは、最近村に住むようになった、アルバとは別のタナソツーム。

──ネモフィラ。

 彼女の額にも、ただの図柄でしかない紋章が描かれていた。オステウスの祝福を受けていない証だ。

 祝福を受けていない彼女らが、いったい何処からやって来るのかわからない。ただ言えるのは、それがガーデンではないということだけである。

 決められた数の魂がガーデンの花園から再生されるのに対し、タナソツームは別の場所から溢れ出してきているのか。──ガーデンの人々の魂はすべてオステウスが掌握し、管理しているのだと教わった。ケリーは畏怖にも似た感情が、ふつと湧くのを感じる。

「ケリーさまが紅茶をお好きだと聞いていましたから、お茶の葉をお持ちしました。後でアントニエッタさまとご一緒に召し上がれてはいかがですか?」

 彼女は小さな籐の籠を差し出した。そこには溢れそうなほどの茶葉が入っているのが見えた。ケリーは彼女の傍まで行き、自分の紅茶好きを誰から訊いたのかと問うた。

「アルバです」

 ネモフィラは笑顔で答えた。

 彼がまるで今でもすぐ傍に存在しているかのように言っている。ケリーは不思議を通り越して、不信感さえ抱いてしまいそうになる。

 アルバはもう存在しないのだ。カスケードが──あの満月の晩に手折ってしまったのだから。

「そのようなお顔をなさらないでください。アルバが存在しないのはすでに存じています。オルレカに手折られたのでしょう?」

 ケリーはぎくりとする。彼女が言うオルレカが、自分ではないことは承知しているはずでも、オルレカの名を聞くと、抗えない罪悪感で胸が痛んだ。

 ネモフィラは言葉を続けた。

「それでもアルバは存在するのですよ。私や他の同胞たちの中に……。ずうっと。永遠に」

 彼女は心臓の辺りに両手を宛がい、瞳を閉じた。

 ケリーはその言葉に、救いを見た気がした。自分の罪が軽くなるような気さえしたのだ。

 例え、彼女の額の紋章がただの図柄で、祝福を受けていないのだとしても、それすら瑣末なことに思えた。

 祝福されなくとも、彼女は実際に存在しているのだから。


 彼はぼくの友人だったんだと、ケリーはカスケードに詰め寄った。

 気を利かせたアントニエッタは、ケリーの愛犬、ヴェロニカと共にコリーンの家に遊びに行っているから、今、この屋敷にはケリーとカスケードしかいない。

「例えそうであったとしても、彼らを狩ることが今の俺の仕事でね。はいそうですかと言ってやめるわけにはいかない」

──オルレカはぼくだ。人々を狩る役目を担っているのもぼくだ。それなのに、どうしてカスケードが人々を狩っているの?

「彼らは人々と称される類ではないからだ。だから俺の事をオルレカだと思っているのなら、それは大きな間違いだ。改めて否定させてもらおう。俺はオルレカじゃない」

─人々と称される類じゃ……ない?

「ああ。そうだ。彼らはタナソツームだ」

 ケリーはゆっくりと頷いた。

 タナソツーム─。だがそれがなんだと言うのだろう。彼らはピレアの人々と何ら変わるところもなく、同じように生きて過ごしているではないか。

 ケリーは不服そうにカスケードを睨み上げた。

 カスケードは無表情でケリーを見下ろす。その藍錆色の瞳に映り込んだ自分の姿を見ると、こちらが悪いわけでもないのに、ケリーはふい、と顔を背けてしまう。

──彼らを……。タナソツームを狩るのをやめてって頼んでも、やめてはくれないんだ。

 目を逸らしたままでは俺の言葉がわからないだろうと、カスケードはケリーの顎に人差し指を宛がい、上向かせた。

 ケリーは眉根を寄せ、カスケードを上目遣いに見やり、

──彼らを作り出しているのは……。ウルマっていう人。ぼくもその人に会ったけど。とても綺麗な人だった。…愛っていうものの存在も教えてくれたよ。──ガーデンじゃ、誰も教えてはくれなかったけど……。

「……ウルマ?」

 カスケードの氷のように冷たい表情が、その名前を耳にして崩れていく。

「ウルマと会ったと言うのか? ケリー」

 その様子にケリーは訝しげな視線を向けた。しかしカスケードはすぐさま元の冷たい表情に戻り、

「それが真実だとしても、俺が狩りをやめるに足る理由にはならんな──」

 突き放すように言い放つ。

──ウルマのこと。ガーデンで話す?

 カスケードは、くだらない、と一笑に付した。

 ウルマは何が狙いなんだと、カスケードが呟く。眉根を寄せて、考え込むカスケードに、ケリーはもう声をかけることができなかった。

 ウルマが説いた愛について、カスケードならもっと解かり易く教えてくれると思っていたのに、予想外の彼の反応にケリーの唇は小さく震えるしかなかった。


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