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廻り出した環<4>

 ケリーはこの季節に似つかわしくない生暖かい嫌な風の中を飛んでいた。

 ラケナリアを逃げるようにして飛び立ったケリーは、フィデリオの屋敷に向かい一直線に飛ぶ。

 自分がなにか─酷いことでもしてしまったのか。

 サムの言いつけを無意識に破り、あの少女を傷つけたのだろうか。

 ケリーの心は混乱を極めていた。

 あの少女も──花園へ行きたかったのだろうか。


──サム! ルード! 俺だよ。ケリーだよ!

 ようやく到着したフィデリオの屋敷は寒々としていて、人の気配がまったく感じられない。

 月の出ていない晩をこんなにも薄ら寒いと感じたことが無いケリーは、夜ももう遅いから二人は寝てしまったのだろうと強引に思い込もうとした。

 暗い廊下をケリーの靴音だけが響く。次第に急ぎ足になっていく。焦燥感がふつふつと沸き起こってくる。

 以前にも似た思いを体験しているケリーは、泣きそうな顔になっていた。

 ──音と声を奪われた晩と同じ感覚なのだ。

 怖い夢を見ている時みたいに思うように走れず、その恐ろしさで目覚めるように足が縺れて上手く走れない。いっそ飛んだ方が早いのではないかと思った。

 ようやく辿り着いた二人の部屋の前。

 音が聞こえないだけで真実─この扉の向こうでは談笑している二人がいるのだ。

 扉を開け放つ─。

 ──暖かい暖炉の前では二人が笑っている。

 寒い部屋の中で二人はそれぞれのベッドで横になっていた─。

 ──驚いた表情で花狩りの衣装を身に纏うケリーを二人が見つめる。

 虚ろな顔で空を見つめているサムが横たわっていた─。

 ──孫にも衣装ねとサムが笑い。

 ルードは辛そうに身体を起こし、ケリーに手を差し伸べた─。

 ──私は良く似合っていると思うわとルードは微笑む。

 だが現実は違う。ケリーの希望は打ち砕かれて、死の影に覆われた二人の姿を目にして居るのだ。 

─一体どうしたんだよ! これは……! サム! ルード!

 差し出されたルードの手を取り叫ぶ。

 ルードの声は弱弱しくて、依然のままだったら聞き取れなかったかもしれない。だが今のケリーは違う。カスケードのお陰でルードの言葉が分かる。

「なにも……」

 ルードは懸命に笑顔を作り、なにも、と答えた。

「今夜がケリーさまの狩り初めの日と知らせがありました。本当に、衣装が良くお似合いですわ。私たちが心を込めてお作りした甲斐がありました。それも狩り初めの日にお目にかかれるなんて……幸せです」

 サムはどうしたの? どうして二人とも紋章がくすんでるの……。どうして。

 ルードはケリーの問いかけに気づかずに言葉を続ける。

「さあ。オルレカとしてのお勤めを全うしてください。私たちにその立派なお姿を見せてください」

──どうして……。

 ケリーの脳裏にかつてのルードの言葉がよぎった。

 訊いて良いことなのか悪いことなのかを考えろと。

 これは訊いてはいけないことなのか……?。

 ケリーは仕方なく、望まれるままに呪文を呟く。


──月に仕えし我が主。御霊迎えの……神苑の……剣。


 鞘から剣をすらりと抜いた。

 抜き身のそれは自ら発する光で輝いている。ケリーが最期に見たルードの幸せそうな笑顔は、直視を避けた切っ先に映ったものだった。


 ルードをどう斬ったのか。サムをどう斬ったのか。なにも憶えてはいなかった。

 床に突き刺した神苑の剣の横で、ケリーは途方に暮れる。

 部屋に灯る明かりもなく、窓から差し込む月明かりもない。薄暗い部屋の中で、ラケナリアの少女を思い返していた。

 少女の頬を落ちたアレは何だったのだろうと考える。

 村人はガーデンの花園へと向かったのだ。その花園で彼らは回帰を待つ。幸せなはずなのだ。そう教わった。それなのに何故少女は──。

 風が吹く──。

 開け放たれたままになっている扉の向こうから夜風が入り込み、ケリーの身体を包み込んだ。

 ぽつり。

 床の上に黒い染みが一つ。

 ぽつり。

 染みが二つ。

 ぽつり。

 染みが三つ目を数えたとき。ケリーはそれを涙であると知る。

 花園へと向かったルードとサムを思うと、床の黒い染みは途端に数を増やした。

 少女の暗い瞳の理由も理解できた。

 ケリーは床を踏み鳴らして泣き出す。身体を揺すり髪を掻きむしり、拳を床に何度も殴りつけた。それでも涙は止まらない。

 それでも──二人は──村人たちは帰らない。それは紛れもない事実だ。

 ケリーの狩り初めは、やはり今までのオルレカと同様に慟哭の夜に終わる……。


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