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廻り出した環<2>

 フィデリオは苦渋に満ちた面持ちで、ステムから手渡された一通の手紙をくしゃりと握り潰した。扉の横で控えているステムもまた同じ表情である。

「参ったな…。ガウラの病院はことごとく満杯なんだろう?」

 フィデリオが苦々しく呟く。ステムはそれに対し、無言で頷くことしか出来ない。

「ガウラから最も近い街はどこになる」

「フルーブ地方のコリウスになります。ですが病院設備に些か問題がございまして─。そこは病院と呼ぶにはおこがましい、只の診療所でございますので、設備が整ったことを条件に致しますとデュランタが最有力でしょう。しかしこれには時間的な問題がございますので、200km近く南下しなければならないデュランタへ搬送するよりは、都のエスペラントへ向かわせた方が遥かによろしいのではないかと思われます」

 それについてフィデリオは即答を避けた。

都エスペラントはここガーデンのお膝元だ。最も神域に近い場所である。国全土への拡がりを警戒してオルレカの儀式を早めた神々であるから、その中枢へ病に侵された者を迎え入れる懐の広さを望むべくも無い。

 花狩りが─とステムが呟く。

「花狩りが近うございます。ご決断は早い方が賢明かと思われます」

「いやもう少し待とう。回復するかもしれんからな」

「─ご決断を」

 ステムは厳しい口調でフィデリオの決断を仰ぐ。

 フィデリオはくしゃくしゃに丸めた手紙を握り込んだまま、顔を覆った。答えは──最初から決まっていたのだ。決断などする必要もなく、処置の早さだけが求められているのだ。

 それなら─。

「それなら収容せずにそのまま屋敷で療養させるとしよう。病院設備は重病患者のみに限らせるんだ」

「そうですね。パンディオンさまからも正式な原因は未発表のままですし…。なにか良い解決策が出てくるやもしれませんから」

「決断を迫ったヤツが言うことか?」

 ステムは悲しげな笑みを湛えながら、

「せめて──他の街や村に広がらぬよう力を尽くすほか…ないでしょう」


 ─パンパン。

 軽い拍手の後。星空からゆっくりと降下してくるケリーの姿が闇に浮かぶ。得意げな表情で喉を鳴らしながら爪先から着地すると、羽ばたきを二三度してから一気にそれを仕舞い込む。

「見事だな。二週間程度でどれほど上達するものか興味はあったが…。実に見事だ」

─そりゃあ。特訓だったもん。

 ケリーは仁王立ちでカスケードを見上げた。

 二週間でどれほどカスケードの飛行術に近づけたかはわからないが、かなりの集中力でその習得には励んだつもりである。

 カスケードの科白が心底褒めているようには思えなかったが、成長は認めてくれているようだった。

「明日から始まるな。花狩りが…」

 カスケードが思い出したように口にした花狩りの言葉。

 神なかり月の一の日を明日に控えていた。

 明日の晩からケリーの花狩りがいよいよ始まるのだ。

 オルレカの重荷を未だ理解していないケリーは、楽しそうに翼を羽ばたかせてみたり消してみたりと浮かれている。

「神苑の剣には馴れたか?」

─馴れたよ。最初は身体の中にあんなものがあるって思っただけで違和感があったけど。もう

何ともない。フィデリオにも褒められたんだ。

 そうかとカスケードは苦笑いを浮かべる。

─それでね。明日の晩はラケナリアって村に行くんだ。ぼくが住んでたフィデリオの屋敷からそ

んなに遠くないから、こっそりルードやサムに会って来ようかって思うんだ。花狩りの衣装を

着たぼくを見たらきっと驚くと思うよ。サムなんて特にね!

 ラケナリア─。やはりあそこが一番最初なのか。

「なにをするかは聞いているんだろう?」

 カスケードの声音が低く篭る。自分が言わんとしていることをケリーが果たして汲み取れるのだろうか、いささか不安であるが─それはカスケードの踏み込める部分ではなく、理解できないのなら、それはそれで幸せなのだろうと独善的な自己完結で終わる。

─印のある人を迎えに行くんだよ?

 ケリーは自分の額の辺りに指を宛がい無邪気に笑った。

「そうか。迎えに行くのか」

─うん。そう。“花園”まで連れて行ってあげるのがお役目だってフィデリオが教えてくれたん

だ。─ぼくね。一度…だけでもないか。フィデリオを困らせることを言ったことがあるんだ。ぼ

くって疎まれる存在なの?って。フィデリオは違うって答えてくれたけど…。きっとあのままフ

ィデリオの屋敷で暮らしていたら、今もあの気持ちを抱えていたと思うんだ。だから─オルレカ

になって─フィデリオの役に立てることがとても嬉しいんだ。…本当だよ?

 ケリーは人差し指を唇に当て、これ内緒だよと恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。

 秋風が吹く丘の上でそう照れ笑いするケリーとは裏腹に、カスケードは言いようのない不快感を感じていた。

 オルレカの役目を綺麗事のように言い繕っているフィデリオに対してなのか。不可侵であるはずのこのオルレカに必要以上に関わっている己自身になのか。

 それとも、綺麗事に惑わされ花狩りの意味を理解することすらしないケリーになのか─。

 夜風にそよぐコスモスの中でケリーは無邪気に只笑っている。その笑顔は、カスケードの中の不快感を押さえつけ、ちりちりとその胸を痛ませた。


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