「話なげーよ」って思うことないですか?
小学生の頃、ある日友達のK君の家へファミコンをしに行きました。
2人でしばらく遊んでいると、せっかちな私は、遊ばせてもらっている分際でついK君に言ってしまいました。
「はよせーよ」
このときやっていたのは、『ファミコンウォーズ』というゲームですが、「自分の部隊(ユニット)をぜんぶ動かし、そして相手と交代……」を繰り返すゲームです。
なので、相手の番のときは、自分はただ眺めているだけです。
しかも、1ターンに5分以上かかります。
K君の番ときに、私は、順番が待ちきれずつい『早よせーよ』と言ったわけです。
すると、K君は間髪入れずに言い返しました。
「いやいや、トッシーのほうが時間かかっとるって!」
「そんなはずないわい。K坊のほうが遅いわ」
しかし、ここで我々は不毛な水掛け論はしません。
K君は言います。
「ほんじゃあ時計見てみい」
「おう、ええわい」
私も当時から検証主義で、思い込みで決めつけるようなヤカラは嫌いだったのです。
そしてK君と私、それぞれがコントローラーを握っている時間を何度か時計で測ってみました。
──結果、私のほうがずっと時間がかかっていたのです。
そんな馬鹿な、と思いましたが、時計はうそをつきません。人間の感覚や思い込みは、あてにならないものだと思ったのでした。
しかし、話は終わりません。
人と話しているときに、思うことはないでしょうか。
「こいつ、話なげーな」と。
そしてどうやら、話が長い人ほど、自分ばっかりしゃべっているという自覚がないようです。
長いことそのものが悪いわけではないのですが、聞いているとやたら冗長だったりします。
さらに、そういう人ほど他人の話を冗長でつまらんという審判を下しがちな気がします。
小学生の時の経験のせいか、人と話すときに、自分の話が冗長になってないか気にしながらしゃべっています。
話が長くなるのでこれで終わります。
それにしてもK君は心が広いなあ。今なにしとるんやろ。
お読みいただきありがとうございました。




