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母さまも転生者!  作者: ぬぁ。


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1/1

1.プロローグ

 

 エリクサー王立魔法薬学校、第三校舎の中庭。


 昼下がりの光が、校舎の影に遮られている一角で、私は黙々と地面を掘っていた。


 ザク、ザク、と乾いた音が響く。


 ……いや、本来なら響くはずの音は、外には漏れていない。


「認識阻害、消音、結界展開……っと」


 掘る手を止めずに、小さく呟く。


 空間に薄く重ねた魔法式は、すでに安定していた。

 人の意識からこの場所を滑り落とす認識阻害。

 内部の音を遮断する消音。

 さらに外から見れば“いつもの中庭”にしか見えないようにする視覚錯誤。


 仕上げに、全体を覆うように円形の結界を展開。


「……よし、完璧」


 これで、少なくとも普通の生徒や教員には見つからない。


 ……たぶん。


(いやまあ、見つかったら普通に怒られるけど)


 スコップ代わりの魔法で土を削りながら、私は思考を巡らせる。


 校則第七条第三項。校内施設の無許可破損は禁止。

 違反した場合、罰金または修復義務。


(中庭って“施設”に入るのかな……)


 土の性質を変えるレベルで掘り返したらアウト?

 でも戻せばセーフ?

 いやでも掘った時点でアウト判定の可能性もある。


(……うん、考えるだけ無駄だな)


 つまり結論は一つ。


 見つからなければいい。


「よし」


 気を取り直して、さらに掘る。


 目的地はわかっている。

 母の手記に書かれていた場所。

 “第三校舎中庭、日陰の隅”。


 そして深さは――だいたい、この辺。


「……あ」


 コツン、と手応え。


 土の感触が変わる。


「……あった」


 思わず頬が緩む。


 最後の土を払いのけると、そこには布袋が埋まっていた。

 かなり年季が入っているが、破れてはいない。


「やった……!」


 袋を引き抜いて、その場に放り投げる。

 土埃が舞う。


 急いで紐を解いて、中を確認する。


 出てきたのは、ひとつの瓶。


 両手で持ち上げて、頭上に掲げる。


「これが、母さまの手記に書かれてた“秘密の瓶”……!」


 わくわくと胸が弾む。


 蓋になっている布を剥がした瞬間。


 ——ツン、と鼻を刺す匂い。


「……っ!」


 思わず唾を飲み込む。


 この匂い、知ってる。


 いや、知識として知っているだけだけど。


「……梅干しだ」


 思わず声が漏れた。


 瓶の中には、赤く染まった実がぎっしり詰まっている。

 見た目に変色はない。保存状態も悪くなさそうだ。


「すご……ちゃんと残ってる……」


 思わず感動する。


 だってこれ、何年前のやつだと思ってるの。


 母が学生だった頃のものだ。

 少なく見積もっても十年以上は経ってる。


(やっぱり梅干しってすごいな……)


 じっと瓶を見つめながら、自然と笑みがこぼれる。


「今日はこれで何作ろうかな〜」


 きゅうりに似た野菜、ジュウリーを叩いて梅和え。

 いや、まずはシンプルにおにぎりもいい。


 炊きたてのご飯に、これを入れて、ぎゅっと握って——


(絶対おいしい)


 想像しただけでお腹が鳴りそうになる。


 そのときだった。


「……何をしている」


 背後から、低い声が落ちてきた。


「——っ」


 全身が固まる。


 ゆっくりと、振り返る。


 そこに立っていたのは。


「……ベロス教員」


 教育指導担当教員、ベロス。


 黒のローブをきっちりと着こなしたその姿は、まさに“規律そのもの”。

 そして今、彼は確かに——


 私の結界の“内側”に立っていた。


(なんで!?)


 一瞬で思考が真っ白になる。


 ありえない。

 この結界は、そんな簡単に突破されるようなものじゃない。


 認識阻害も、消音も、錯覚も、全部重ねてあるのに。


「……随分と手の込んだことをしているな」


 ベロスは周囲を一瞥し、静かに言った。


「認識阻害、消音、視覚錯誤……それに結界。重ねがけか」


 言い当てられて、思わず言葉に詰まる。


「……その魔法の組み方、誰に習った」


 低く問われる。


「え、えっと……独学ですけど?」


 一応、本当だ。


 本は読んだし応用はしたけど、直接誰かに教わったわけじゃない。


 ベロスは、わずかに目を細めた。


「……そうか」


 それだけ言って、視線を逸らす。


(え、終わり?)


 もっとこう、怒られる流れじゃないの?


 そう思った矢先。


「で」


 すっと、私の手元に視線が落ちる。


「それは何だ」


「あ、これですか?」


 私は瓶を持ち上げる。


「梅干しです」


「……なんだそれは」


「食べ物です」


「そういう意味で聞いているのではない」


 でしょうね。


「母さまが埋めたやつです」


 そう言った瞬間。


 ほんの一瞬だけ。


 ベロスの表情が、わずかに変わった気がした。


「……母、だと」


「はい。ラジーナっていうんですけど」


 その名前を口にしたとき。


 ——風が、揺れた気がした。


「……そうか」


 今度は、少しだけ間があった。


 何かを考えるような沈黙。


 けれどそれ以上は何も言わず、ベロスはいつもの無表情に戻る。


「校則違反だ」


 きっぱりと言い切る。


「中庭の無許可掘削、及び不正な魔法使用。言い逃れはできん」


「でも、ちゃんと元に戻しますよ?」


「そういう問題ではない」


 即答だった。


(ですよねー)


 内心でため息をつく。


 そのとき。


「ふふ」


 背後から、軽やかな笑い声がした。


 振り返ると、そこには。


「面白いことしてるじゃない」


 長い髪を揺らしながら、楽しそうに目を細める女性。


「リジアナ先生……」


 学年主任、リジアナ。


 その人は、私とベロスを見比べて、くすりと笑った。


「ねえベロス、その子、なかなかいい線いってるわよ」


「どこがだ」


「全部」


 即答だった。


 そして、私の手元の瓶をちらりと見て。


「……へぇ」


 ほんの少しだけ、目を細める。


(いやそれ絶対知ってる顔でしょ)


 そう思ったけど、口には出さない。


 リジアナは何も言わず、ただ楽しそうに笑っている。


「ね、ロジーちゃん」


 名前を呼ばれて、どきりとする。


「その宝探し、もうちょっと続けてみる?」


「……え?」


「ちゃんと“見つからないように”やるなら、見逃してあげてもいいわよ?」


「リジアナ先生」


 ベロスの声が低くなる。


「教育的観点から——」


「堅いわねぇ」


 軽く流される。


 そして、リジアナはにっこりと笑った。


「いいじゃない。どうせ、止めてもやる子でしょ?」


 ……否定できない。


 ちらりとベロスを見る。


 ベロスは深く息を吐いた。


「……監督責任はお前が持て」


「はーい」


 軽い返事。


 そして。


「さて」


 リジアナが、少しだけ真面目な目になる。


「ラジーが何残してるか、私も気になるしね」


 その一言に。


 胸が、少しだけ高鳴った。


 ——母のことを、知っている人。


 その存在が、急に現実味を帯びる。


 私はぎゅっと瓶を握りしめた。


 これは、ただの梅干しじゃない。


 母が遺した、“何か”だ。


 そしてきっと、それは——


 まだ、ほんの始まりにすぎない。




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