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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第二章 ~~

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第9話 帰路の道草

「ごめん、もう無理・・」

 鮑謖(ホウショク)は限界を迎えたことを表明した。

「えっ、あっ!?」

 牽引役の兵はあわてて馬を止める。

 鮑謖が鞍にしがみつくようにして、今にも馬から落ちそうだったからだ。

──やはり駄目だったか・・

 来るときは早めに出て、ゆっくりの乗馬だったが、それでも恂門(ジュンモン)に到着する頃には、鮑謖は馬酔いによりグロッキー状態になっていた。

 兵としては帰りも同様にと思っていたが、鮑謖が「頑張るから、少し走ってみて」と言うので馬を駆けさせたところ、この有様である。

「ホント、ごめん・・」

 鮑謖としても、不甲斐ない自分を申し訳なく思っているようだ。


 その姿は、まさしく醜態である。


 さりとて、兵の男が白眼することはなかった。

 彼も、鮑謖の開口一番の嘔吐を目撃した者であり、当初は失望と不安を禁じ得なかった。

 しかし、(シン)国軍の動きを察知するばかりでなく、逆手に取って騎兵での奇襲の可能性を考えた先見性。砦に籠もっては、門を開け放つことで敵を釘付けにし、援軍が来るまでの時間稼ぎをした状況判断。それらを実際に体験したことで、鮑謖を指揮者として尊敬するのは勿論。

 敵の魔法を防ぐどころか、はじき返して敵兵を混乱に陥れる実戦での実力を見せつけられ。兵として、戦士として、憧憬を(いだ)くに至った。

 ()くが(ゆえ)に、鮑謖の無様は、兵からしたら傑人が見せる『お茶目な一面』のように感じられ、可愛げがあって微笑ましくさえあったのだ。


 兵は項垂(うなだ)れる鮑謖に。

「この近くに自分の実家の村があるのですが、よかったら、そこで一休みしませんか?」

 と、休息を取る提案をした。

 単に立ち止まっているより、横になったり、お茶でも飲んだ方が回復が早いのではとの考えだ。

「うん。そうする・・」

 鮑謖は相変わらずの困憊(こんぱい)振りで応えた。

「では、そのように──。あと、ちょっとなので、ご辛抱ください」

 兵は言って、さっきより歩度(ほど)を落として先導した。





──砦に戻るのではないのか?

 諜報員の男は、不意に方向を変えた二騎を(いぶか)しんだ。


 男は辛国の者で、先の恂門攻略失敗、その初動に当たる砦の騎兵に対する奇襲の空振り、別働隊の埋伏の露呈、それらの原因を調査していた。

 彼が調べた限り、特に情報漏洩の痕跡も、汐径(セキケイ)側が何かを掴んだという動きもなかった。

 ひとえに砦の隊長の女が、たまたま騎兵たちに普段とは違うルートを指示し、森に隠れていた別働隊も、たまたま彼女自身が発見したから、という荒唐無稽な状況しか見えてこなかった。

──そんな訳あるまい。

 思った諜報員は、件の隊長が恂門に来た際に誰かと接触するのではと考え、動きを監視することにした。しかるに女は、軍営を出た後は何処にも寄らず、ただ砦への帰路に就いたかに思われた。


──やはり、誰かと会う気か。

 男は諦めきれずに後を付けたが、その甲斐はあったと思った。

 二騎は方向を変えた後は速度を落としたため、諜報員の男は難無く追いつくことができた。

──これ以上は馬だと気付かれるか・・

 男は下馬し、岩陰に馬を止め、己が足で走って行くことにした。彼は足には自信があり、この辺りなら馬を狙う野獣も出ないだろうと踏んで、後から取りに来ればよいとの判断だった。


──こんな所に村があるのか・・

 諜報員といっても別段、地理に詳しいわけではない。主要な街や軍事施設以外の事柄は、その辺の一般人と何ら変わりがないのだ。

 だから男の『こんな所』は場所の異常を指しているのではなく、此処にもあるのか程度の意味である。

 ともあれ──。

 彼が知らない村に、砦の隊長とその部下が入って行く。男としても後を追いたくはあったが、なにぶん小さな村で、余所者が用も無いのに訪れるのは流石に不審すぎた。

 男は、件の隊長たちがどの家に入ったのだけ把握しようとした。誰が住んでるかなどの委細は、後からでも調べられる。そこから隊長との関係を、また別途探ればよい。

 彼は周囲に気を配りながら、慎重に村に近づき、木陰から村内の様子を観察した。


 しかしながら、諜報員の注意を払った動きは、思わぬ二つの誤解を生んだ。


 一つは、仕事を終え帰宅しようとしていた猟師に見られた事だ。

 猟師は目がよく、かなり遠くからでも村を窺う諜報員の男を捉えることができた。猟師は男の挙措から。

──賊徒の斥候では!

 と、考えて、村の皆に伝えようと急ぎ足で戻った。


 もう一つは、村に狙いを付けていた賊徒の偵察役の視界に入った事だ。

 賊は村人の構成を粗方調べ上げていたが、軍人と(おぼ)しき二名があらわれた事で、いったい何用なのかと、その動向を知らんとした。

 その矢先、自分と同じように軍人たちを窺う諜報員の男を発見。

──別穴の(むじな)か!

 と、自分たちと同じように村を標的にした他の賊徒と考え、急ぎアジトへと戻った。





「あー、生き返る」

 鮑謖は兵の実家で出されたお茶を飲んで、そう言葉にした。

「お口に合ったようでなによりです」

 兵の母親は安堵しながら言ったが。

「いやいや、御嬶(おかか)様の淹れたお茶は素晴らしい。生姜とカミツレに蜂蜜が入っているのか? それぞれに主張し過ぎず、いい塩梅(あんばい)で調和している。王都で出せば売り物になる水準です」

 鮑謖は茶を舌で転がしながら、食通のように評した。

 本人は至って真面目に言ってるのだろうが──、鮑謖の語り口や様相は、幼子が背伸びをして(もっと)もらしく振る舞ってる風にも見え、一種の愛らしさを以て伝わった。

「フフフッ──。それはそれは、お粗末様です」

 母親は笑顔で返し、このやり取りに兵の家族は、突然に来た息子の上官に対する緊張をやわらげた。

 鮑謖もお茶の効能だけでなく、温かな家庭の雰囲気に心身を癒やした。


 そんなひととき──。


 平穏ならざる表情をした二人の客が、兵の実家を訪ねた。

 来訪者の一人は村長で、もう一人は猟師をしている者だった。しかし彼らの目的は家の者ではなく、そこにいた兵と、同じく軍人である鮑謖にであった。


「賊が下見に来ていたのではと考えまして・・」

 村長は鮑謖に対して恐縮しながら言葉を発した。

 彼は猟師から話を聞いて、丁度よく戻っている村出身の兵に相談しようとやって来た。ところが、同僚かと思ったもう一人は砦の隊長で、中尉という話を聞いて、やや気後れするところがあった。

「賊か・・」

 鮑謖は言いながら考える格好をした。

──ホントに賊なら私がやっちゃってもいいけど・・

 彼女の頭には、先日の森にいた辛国の別働隊の記憶がある。あのとき鮑謖は只の賊だと思っていたが、後から敵軍だったと知り、大いに驚くこととなった。

──実は今回も、どっかの軍じゃないの?

「えー、出来ますれば、しばらく護衛の兵や見回りをお願いしたく・・」

 考える風な鮑謖を前に村長は、やはり消極的な陳情を行った。対して猟師は。

「たぶん、あんたらの様子も見てたんじゃないか? それで警戒して今日、明日は何もないかも知れんが、賊がいなくなるわけじゃないんだから、何かしてもらわないと、この先どうなるかわからんぞ」

 鮑謖に対しても()めず臆せず言った。


 鮑謖は数回頷くと。

成嬰(セイエイ)軍曹に伝令。全軍を率いて村の周囲に展開、武装集団の探索及び撃破、細かな部隊分けは軍曹に一任する」

 兵に向かって軍人の音で下知した。

「はっ、直ちに砦に向かいます!」

 兵も同じく軍人のそれで返し、不意に起きた寸劇に、兵の家族や村長たちは困惑した。

 兵は家族に一度視線を向けると、脱兎の勢いで外に出て、騎乗するや否や駆け出した。


 一同は呆然としていたが、鮑謖は。

「念のために、イイ感じの棒を何本か用意していただけますか?」

 と、村長に言い、続けて。

「御嬶様。お茶をもう一杯、お願いしたい」

 と、空のカップを差し出していた。

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