第8話 復路に就く
「恂門から兵が出ました」
第一報が入ったとき。
──早いな・・
雁去病が思ったのはそれである。
彼の知るところ、辛国の花質少佐という軍人は、直情径行か猪突猛進のきらいがある男だった。故に、その性情が上手く回り、一気呵成に攻めて早早と砦を占拠するに至ったのかと想像した。
ところが、雁去病たちが出陣の準備を終えた頃。
「恂門から出た兵は二百のみ。後続はなく、砦への援軍と思われるとの事です」
第二報は、先の知らせが、ぬか喜びであったと教えるものであった。
「そればかりではないな──。おそらく、花質は負けるだろう」
雁去病の意見に。
「大佐。辛国は兵力二百相当で攻めるという話でした。砦の戦闘員は五十ほどで、そのうち騎馬は国境で打撃を与える手筈。上手く援軍を要請できただけで、流石に砦側に勝ちはないのでは?」
部下が言うので。
「その二百相当とは、魔法使いが二三いるのであろう。確かに砦の攻防には打って付けだが、ひとりを二十人力などと計算するのは、私に言わせれば只の空論だ」
「ハハッ──、大佐は魔法使いがお嫌いですからね」
「まぁ、それもある」
雁去病は否定しない。
部下もそこには触れずに、上官の次の言葉を待った。
「やはり早すぎる。私が負けと思うのはそれだ。先程は速攻で落としたかと考えたが、このタイミングで援軍が出るのは、何らかの形で情報が洩れたのだろう」
雁去病の言葉に。
「仕掛けは知られた時点で力押しより劣る、方略とは臨機応変の中にこそある、というのが大佐のお考えでしたね」
と、部下が返すので。
「哲学だ」
あえて尤もらしく自信たっぷりに修正し、部下たちはそれを見て頬を緩めた。
雁去病以下五百の軍は、後翼国と汐径国の境を僅かに越えた辺りに布陣していた。彼らは後翼の軍人で、辛国と共同で汐径北部の軍営、恂門を落とすために出てきていた。
作戦は、辛国が少数を以て砦を落とし、敵がそれを奪還するため恂門から軍を出した隙に、雁去病たち後翼軍が恂門を制圧するというものだった。辛軍が大軍ではないというのが味噌で、恂門の軍営がすぐに奪還に動くよう誘導する狙いがあった。
「私の見立てが正しいなら、恂門は守りを固めるばかりでなく、方々へ連絡と索敵の兵を送るはずだ。此処に陣取ってるのを知られるのも時間の問題であろう」
雁去病はそのように見解を示した。
ほどなくして斥候と思しき姿を兵が見つけた事で、後翼軍は逆説的に作戦が失敗した事を悟った。
「伝令を待つまでもないが、私にも人を立てる必要はあるからな」
大佐の権限であれば、現場の判断として即撤退も可能であった。しかるに雁去病の一軍は、国境の辺りまで軍を引いて待機することにした。
彼らの元に作戦中止の指示が届いたのは、日が落ちてからだった。
「君はどうやって別働隊の存在を知ったのかね?」
恂門の軍営にて、鮑謖は戦訓担当の中佐より聴取を受けている。
「いえ、何も知りません。たまたま森に向かったところ攻撃を受け、賊かと思い戦ったまでです。辛軍の兵だとは捕虜からの供述で知りました」
「なぜ森に?」
「えー。砦周辺の地理を、実際に見て歩いて確認しておこうかと・・」
中佐の問いに、方便で返す鮑謖。
──埋まっ茸が生えてるかの確認だったけど・・
鮑謖は思慮深い女という訳ではなかったが、流石に『キノコ探しに行きました』などとは言わない。彼女にも、その程度の分別はあった。
「騎兵たちの行軍コースを変えた理由は何かな?」
「それもたまたまです。地図上にあった山、実際は丘らしいですが、これまでのコースを変更する事もあるかと思いまして、試しに登ってもらっただけです」
──ダイエットのための変更だったけど・・
「ふむ──」
中佐は、あまりしっくりとは来てないのか、少し首を傾げながら言った。
──うん。私もしっくり来てない。
鮑謖としても何でこうなったのか、さっぱりである。
ここまでの調査で、辛国軍が砦に対して攻撃を仕掛けたときに、後翼軍が国境を越えた所にいた事がわかっていた。軍営としては、二つの軍が何らかの連携を以て動いていた可能性が高いと考え、それを未然に防いだ形となった砦の指揮官、鮑謖に話を聞こうとした。
しかしながら肝心の鮑謖は『たまたま』を繰り返すだけで、なんら要領を得なかった。
「お疲れ様でした、中尉」
「うん。ありがと・・」
鮑謖は労いに応える。
声の主は、馬に任せるしか出来ない彼女を、牽引する形で先導してきた砦の騎兵である。
「どうされますか、すぐにお戻りに?」
「昼は食べた?」
「はい。ご指示の通り食事は済ませております」
「うん。じゃあ帰ろうか・・」
「ち、中尉は宜しいんで?」
「うん。吐きそうだからね・・」
鮑謖の言葉に兵は黙って頷くしかなかった。彼女の受難は、まだ終わっていないと理解したからだ。
そして、その認識の通り、鮑謖は草臥れることになる。




