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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第一章 ~軍神の目覚め、誤解の始まり~

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第5話 貫徹

「か、開門!」

 見張りの兵が慌てて言う。

 そのただならぬ雰囲気に付近にいた者も警戒の色を持つ。


 門が開き、入って来たのは隊長の鮑謖(ホウショク)だった。

 先程、ちょっと周りを見てくるとか言って出て行ったはずだが、帰還した彼女は血まみれで、得体の知れない男を一人、伴っていた。

 この異様な事態に、機転が利く者が、すぐに上官である崔弱(サイジャク)を呼びに行った。


「中尉!? 一体なにが?」

「うん。賊だよ。結構倒したけど、半分ぐらいは逃げちゃったかな」

 崔弱の狼狽(ろうばい)を気にもせず、鮑謖は穏やかに語る。

「この男は?」

「賊の魔法使いだよ。これにイキナリ攻撃されてね、それで隠れてるのがわかったんだけど」

 男は傷を負っているわけでも、縛られたりしている訳でもなかったが、怯えと諦めを併せたような表情をしていた。杖はないので魔法は使えないと思われたが、崔弱は一応用心した。

「悪いけど、こんなだからさ。彼から話を聞いて恂門(ジュンモン)にある軍営まで馬をやって、応援に来てもらってよ」

 鮑謖は血で汚れた自身を見せるようにして言った。

「はい。お任せください!」

 並々ならぬ状況に崔弱の緊張は高まったが、同時に、鮑謖から仕事を任されたことに得も言われぬ高揚を感じていた。彼女の中で鮑謖は、極秘任務を授かるほどの辣腕の主という位置付けだったから、その感慨もひとしおであった。

「うん。頼んだよ伍長」

 そう言うと鮑謖は、トボトボとした足取りで自室に戻っていった。


「伍長、(シン)国の兵で間違いないですね」

 魔法使いの男の装備を確認していた兵が言った。

 鮑謖は賊と言ったが、魔法使いがいる時点で他国の軍が絡んでいるのは(ほぼ)確実だった。おそらく言及するまでもないと思ったか、真偽がはっきりするまで保留したのだろうと、崔弱は臆断した。

「国境付近に百二十の兵がいる。それが騎兵を倒して、追い立て、逃げてきたどさくさで、自分たちが砦に突入する算段だった・・」

 男はおのずから供述した。

 魔法使いは貴重な存在ゆえ、捕虜の交換や賠償金での引き渡しに於いて優先的に扱われる事が多かった。男の態度は、下手に抵抗するよりも、大人しく従順でいた方が待遇もいいだろうとの打算が働いたものと思われた。

「百二十・・」

 兵達は青ざめた。

 自分たちの脅威についてではない。国境に向かったであろう成嬰(セイエイ)たち騎兵の身を案じてだ。

「すぐに早馬を!」

 崔弱は鮑謖に言われた通り、恂門まで急使を立てた。





 敵が動いた。

──痺れを切らしたな。

 辛国軍は待ち伏せの構えを解いて、国境への道がある方向に移動し始めた。そのまま自国に戻る期待もあったが、成嬰は軍勢の気配から、なかなか来ない自分たちを出迎えるため、能動的な作戦に切り替えたのだろうとの推測を持った。

「よし。このまま後を付けるぞ。たぶん、連中に帰国の意思はない。道まで行ったら完全に後ろを取れる。そこから突撃すれば数の不利も帳消しになるはずだ」


 成嬰の指示で騎兵達は静かに、ゆっくりと移動する。それは騎馬の速度ではないから、当然の事ながら彼らは馬を引くように歩いている。

 馬が(いなな)いてしまう可能性はあったが、辛国軍も移動しているから、気付かれる公算は低いとみた。


 果たせる(かな)、辛国軍は帰路には就かず、国境から砦へ溯る感じで移動していた。

「騎乗!」

 成嬰の掛け声で一同は馬に乗る。

「俺は真後ろから、ど真ん中を突き抜ける。お前はやや左側、お前は右だ。出来るだけ討って、そのまま離脱、砦へ撤退する」

「か・・何とか少佐を討ち取るのでは?」

花質(カシツ)だ。中尉殿も厳命という形は取らなかった。おおかた花質少佐が騎兵を狙うであろう情報を掴んだが、規模まではわからなかったし、確信もなかった。俺たちを丘に登らせ確認させ、討てれば上々程度に考えていたはずだ」

「勝ち目がないと判断した場合はどうすると?」

「俺たちが引き上げるだけさ。だが俺は、一撃を加えるだけなら十分に勝機はあると見てる」

「それは自分も思います。しかし百近い敵を残していいものでしょうか」

「考えても見ろ、ここで騎兵だけを叩いても辛国にどれだけ益がある? 十中八九、砦の方にも敵兵が行っているはずだ。俺たちへの奇襲と、砦への攻撃は、何らかの連動した作戦だ。ここで(こだわ)り過ぎると、帰る場所がなくなってるかも知れんぞ」

「あー、言われてみれば・・」

 部下達も成嬰の判断に納得する。

(もっと)も、向こうには中尉殿がいるがな」

 成嬰は少しだけ明るく言い、皆を安心させる。

「多く倒すのに越したことはないが、欲張るな。砦に帰投するまでが作戦だ」

「了解しました」

 成嬰は部下の返答に頷くと。

「いくぞ!!」

 気合いの声を上げ、騎兵達は駆け出した。





 予測されていた時刻を2時間以上過ぎたが、砦の騎兵はあらわれなかった。

「ふざけおって──、話が違うではないか!」

 花質は激昂する。

 別に、この場にいる誰かに責任がある訳ではない。情報を取ってきたのは諜報関係の者たちであって、現場の兵はあずかり知らぬ事なのだ。

 そんな事はわかりきっているはずだが、それでも花質は声を荒げた。

 彼の周りの部下達は、それを黙って見守る。元より八つ当たりである。下手に(いさ)めようとして、怒りの矛先が自分に向いたらと考えると、彼らは閉口を選択するしかなかった。

「ええい、待つのはもうやめだ。こっちから出向いてやる!」

 花質は埋伏に見切りを付け、騎兵が来るであろう進路を逆行し、そのまま遭遇戦に持ち込む作戦に切り替えた。

 極端な話、敵の騎兵を討てずとも、彼らを砦まで追い立てれば、別働隊がどさくさで突入できるのだから、大筋としては作戦行動に問題はないとの判断だった。



 百二十の辛国軍は、道がある所まで移動し、砦に向かう形で進軍を始めた。

 それは来るはずだった騎兵が来ないからなのだが──。

──馬鹿らしい・・

 辛国の兵たちは、この行軍に鼻白む。

 2時間も待って駄目なら、それは情報が間違っているか、予定が変わったと考えるのが自然であり。こちらから出向いたところで、来ないものは来ない。ならば本日の作戦を中止にすれば良いのに、鬱憤晴らしのような行軍をする。それらは(ひとえ)に花質少佐の我が(まま)で、それ自体もさることながら、黙過(もっか)する上官たちの態度に強く不満を(いだ)いた。

 そういう意味で、花質に率いられた一軍の戦意は、ほとほと消えていた。


 そんな微温(ぬる)くだらけた空気が、彼らの反応を遅らせた。


 重い爪音(つまおと)が聞こえたと思ったときには、辛国軍は背後からの突撃を受けていた。

 左右に十騎ほどが突っ込み、少し遅れて真ん中にも騎馬が突入した。その時間差は絶妙で、最初の衝撃からの動揺が伝播(でんぱ)した頃合いを狙ったもので、追い打ちのような攻撃により、辛国軍は瞬く間に混乱した。


「馬鹿なっ! 汐径(セキケイ)の騎兵が、なぜ後ろから来る?」

 突然の出来事に、花質も惑乱を禁じ得なかったが、それでも指揮官として何とか事態の収拾を図ろうと、状況把握のため馬上にて辺りを見回していた。

 しかしながらその様は、自らが指揮官だと雄弁に語るのと同義だった。

「花質だ。討ち取れ!」

 気付いた騎兵が声を上げ攻め寄せて来る。

──舐めるな!

 花質とて辛国軍の少佐だ。雑兵の一人や二人に遅れを取るつもりはない。返り討ちにせんと馬腹を蹴って自分から仕掛けた。

 相手は剣を(つか)う、(ゆえ)に花質の鉤鎌槍(こうれんそう)が先に間合いに入った。

「ハッ!!」

 気合いと共に鋭く突き出すが。

 ギンッ!

 相手は攻撃を相殺する。いや、そればかりか、力任せに押し込んでくる。

──くっ、馬鹿力が・・

 馳せ違ったときには、花質の体勢は大きく崩れていた。

 そこに別の敵が迫る。極めて不利だが。

「少佐ぁ!」

 部下が身を挺して花質を守った。その間に何とか距離を取り、花質は危機を免れた。

 敵の騎兵は自軍を貫いたようだ。


「よくもやってくれる」

 敵の二撃目に合わせて、花質は反撃に転じようとした。しかし、騎兵達はそのまま駆け去ることを選択したのか、その姿はどんどん小さくなった。

「おのれ! 馬鹿にするなぁ!!」

 花質は号怒(ごうど)を発し。

「追うぞ! このまま奴らを砦まで追い立てる。それで砦も落とす!!」

 叫ぶように下知した。

 くしくも当初の作戦に近い展開であったため、痛撃を喰らった後だったが、部下達が異を唱えることはなかった。


 辛国軍は死傷した兵を殆ど置き去りにして、騎兵達を追って走り出した。

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