第4話 重撃の魔女
辛国軍兵士たちは一昨夜から砦後方の森に潜んでいた。
彼らは総勢五十名。夜を徹して移動し、密かに隠れた。昨日は休んで英気を養いつつ、砦の様子を窺っていた。今現在は、作戦待機中である。
「そろそろ騎兵達が国境に着く頃合いか?」
「そうですね。花質少佐が奇襲を仕掛けて、そこから全力で逃げて、追い立てられて、馬が潰れなければ一時間ぐらいでしょう」
指揮官の確認に部下が目算を語る。
「連中のは足は遅いが体力はあるから、潰れる心配はいらんさ」
あらかじめの調査で、砦の人数、騎兵達が訓練で日毎駆けるコース、馬の種類など、諸々知り得ていた。
中でも重要なのは、砦の指揮官が退官し、今は新任の隊長が赴任したばかりだということ。
隊長個人についての情報はなかったが。
──連中からしたら此処は僻地。どうせ大した者は来ていまい。
という侮りが前提としてあり。そうでなくとも来たばかりの人間に、的確な判断と指示が出来るとは思えず、つけ込める隙になると考えられた。
辛国軍の作戦は、まず国境付近まで来た騎兵を叩き戦力を減らす。殲滅を狙うが、相手も騎馬ゆえ、幾らかは逃げ果せる。
次に逃げた騎兵を追撃する体で追い立てる。討つつもりはなく、砦まで逃げれば助かると思わせる。
最後に砦に騎馬が帰還するタイミングで、森に伏した兵が、門の開いた砦内になだれ込む。そのまま戦闘を行い、騎馬を追ってきた花質少佐たちが到着して制圧する。
以上であるが、仮に砦への突入が失敗したとしても、混乱に乗じれば十分に勝機はあるという算段がなされていた。
斯くして、森の辛国軍としては騎兵が戻ってくるのを見逃さないよう、待ち構えている状態であった。
そこに──。
「隊長。一人、こちらに向かって歩いて来る兵士がおります」
森の境で見張っていた兵から報告が入る。
何事かと辛兵一同に緊張が走った。彼らは速やかに戦闘準備をしたうえで、発見されないギリギリの距離から予期せぬ来訪者を観察した。
「あれは──、将校服か?」
「はい。汐径のそれです。ローブ型で、杖を突いてますから、おそらく魔法使いかと」
──なぜ魔法使いがいる!?
さして重要でもない場所に、貴重な魔法使いが配属されてる。それは一体、何を意味しているのか、という疑問は勿論であるが。
「まっすぐ森に向かって、どういう事だ?」
よもや自分たちの存在が知られたかと、一瞬考えた指揮官だったが。
──いや、それなら部隊を率いてくるか、逆に砦に籠もる準備をすればいいだけだ。
「なんにせよ、このままでは面倒になりそうだ」
指揮官は言うと、味方にいる唯一の魔法使いに。
「あれに気付かれる前にやれるか?」
「中位魔法でしたら届きますが、砦攻めに魔力を残して置かないと・・」
魔法使いの男は難色を示す。
「構わん。どのみち騎兵と一緒に入れば済む話だ」
「わかりました・・」
男は言うと杖を伸ばし、魔法の準備に入る。
魔法は狙いを付ければ、ほぼ的に当たり、威力も殺傷に十分であったが、魔力を制御する溜めの時間が必要だった。
「いきます──」
〈麒麟の法、岩勁箭〉
男の杖の先端に、どこからともなく石の固まりが出来上がり、それが人の頭ほどの大きさになった途端、一転風を切るように疾く飛んだ。
──!
パッーンという衝撃音が響いた。
魔法の石矢は見事に命中した。
命中したが──。
「何だ!? 弾かれたのか?」
指揮官の目にはそう見えたが。
「えっ!? う、打ち払われました・・」
「打ち払っただと?」
「あ、ありえません。ぶ、武術の達人ならいざ知らず、普通の者、いや──、ま、魔法使いが杖でやるような技ではありません・・」
魔法使いの男の動揺は著しい。
「おい、しっか──」
指揮官が言い終わる前に。
「隊長! 相手が走って向かってきます!」
言われて確認するが。
──なんだ、あの疾走は!?
敵の魔法使いは、歩兵の突撃かと思わんばかりの駆けっぷりで迫ってくる。
「弓を引け! 射殺してしまえ!」
指揮官は声を張る。
たった一人に何を慌てているのかと自問したくなるが、彼の軍人としての勘が、相手を近づけさせるなと告げていた。
ケンッ、ケンッ、ケンッ・・
兵達が次々に矢を放つが。
ブンッ!ブンッ!
敵の魔法使いは杖を振りながら、それらを弾く。
「何故だ! なぜ当たらん」
「魔法ではないですか?」
部下が指揮官の言葉を拾い応じる。
「た、たしかに、聳孤の法には弓を弾く魔法があると聞きます・・」
魔法使いの男も、それにあわせて言う。
「ならば、先程のあれも、魔法で防いだのではないか? 俺も詳しくはないが、溜めが少なくても使える魔法もあったはずだ」
「そうかも知れません」
指揮官の言に納得したせいか、魔法使いの男は調子を取り戻したようだ。
そうこうしている間に、敵兵は顔が見える距離まで来ていた。
「討ち取れ! 魔法を使わせるな!!」
指揮官は言いながら剣を抜き、自らも踏み出したが。
──いや、近づくのは危険だと思ったではないか・・
躊躇いが彼の足を重くしたことで、他の者より一歩遅れた。
ブンッ!
ほぼ同時に敵兵に打ち掛かった二名が、杖の一振りで吹っ飛び、続く三名も返りの一振り同じく撥ね飛ばされた。
ビチャ・・
──はっ?
何かが指揮官の顔に掛かり、匂いからそれが血だとわかった。わかったが、現状起きてる事態には、全く理解が及ばなかった。
件の魔法使いの女は杖を振り回し、味方の兵を次々に打ち飛ばしている。頭を打たれれば割れ、腕ならば拉げ、胴ならば腸が潰れただろうと思われた。
「なんだこれは──、これも魔法なのか?」
指揮官は問うたが、答える者は誰もいない。近くの部下達は、敵の猛攻に既に逃げ出していた。
──!
敵がこちらを見定め、素早く間合いを詰めて杖を振り下ろす。
指揮官は咄嗟に剣でガードしにいくが。
──なっ!? おも・・
その敏とした動きとは裏腹に、ひどく鈍重な一撃だった。
指揮官は己の剣もろとも頭を潰され、絶命した。
指揮官が死んだことで、踏みとどまっていた辛国兵も逃げに転じた。
彼らは森の奥へ奥へと走ったが。
ヒュンッ──!
高い風切り音が聞こえたと思ったら、隣を走っていた者がバタリと倒れた。
ヒュンッ、ヒュンッ・・
石が異常な速度で飛んできていた。
辛国兵はそれを知っていた。自分たちの部隊にいた魔法使いが使うのを何度も見ていたからだ。
「魔法だ! 魔法を撃ってきてるぞ!」
ヒュンッ!
言った先から誰かが餌食になる。
「あぁぁああー!」
彼らは叫び、泣きながら、石が飛んでこなくなるまでひたすら走り続けた。




