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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第一章 ~軍神の目覚め、誤解の始まり~

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第3話 そら耳

「これは中尉殿。馬が御入り用でしょうか?」

「いや、ちょっと確認したくてね」

 鮑謖(ホウショク)厩舎(きゅうしゃ)の者に応えながら辺りを観察し、一頭だけいる馬に目をやった。

「あの馬は痩せてるけど、なんか病気なの?」

「いえ、あれが普通の体格ですが・・」

 係の者は不思議なという顔つきで答えた。

「うん。そうだよね。だと、騎馬の馬たちは何であんなに太ってるの?」

 鮑謖は眉を寄せて問う。

 係は納得したように大きく息を吸うと。

「あれは、ああいう種類なんです。重種って呼ばれるもので、力のあるタイプです。この辺りは冬に雪が降るんで、その中でもしっかり走れるようにって選ばれてるんです」

 そのように説明した。

「えっ、そうなの!?」

 鮑謖は驚くと共に。

──あー、運動不足と思って遠回りさせちゃったよ・・

 自らが発した命令を思い出して頭を抱えた。

──騎馬の皆は、イキナリわけわからん事いわれて困っただろうな・・

 実際、砦の指揮官としての初命令で、のっけからやらかした感であった。(もっと)も鮑謖の場合は、開口一番、嘔吐だったわけだから、既に味噌が付いてるとも言える。

「どうされました?」

 ひとり(もだ)える鮑謖を不審に思い、係が声を掛ける。

「いや──、こっちの話だから気にしないで・・」

「はぁ・・」

──悪いことしちゃたな。何かで埋め合わせしたいけど・・

 鮑謖は思って、本をペラペラとめくり。

「この辺りで、団栗(どんぐり)のできる木が多いところってある?」

 係に聞いた。

「えーと、たぶん裏の森とか、時期になれば一杯落ちてますけど。今は、なにもないかと」

 係は、再び不審を見る顔で答える。

「うん。それだけわかれば十分。ありがと」

 鮑謖は言って、そそくさとその場を後にした。見送った係の者は、しばらくの間、わけがわからぬといった表情を続けることとなった。





 成嬰(セイエイ)たち騎兵は、鮑謖の指示通り東回りに丘を登り、(いただき)に至ろうとしていた。

「いったい何の意味があるんでしょうね」

「さあな──」

 疑義を呈する部下に、成嬰は曖昧に返す。

 意図のわからぬ事ゆえ肯定するつもりはないが、かといって直に下った上官の命令を否定するのは、軍人の矜恃(きょうじ)として(はばか)られた。

 しかし部下達は、その辺りの機微を察しなかったのか。

「自分。ホウレン草取ってきてとか言われましたもん。わけわかないですよ」

「なんだよそれ?」

 謎の下知をネタにして笑い合っていた。

──一応、釘は刺しておくか。

 部下達が中尉に聞かれそうな場所で余計なことを言わないよう、先輩として注意しておこう。

 成嬰がそんな風に考えたときだった。


──!

「止まれ。全員下馬しろ!」

 成嬰は言うや否や馬から下り、部下達も戸惑いながらもそれに倣う。

「軍曹・・」

「馬をこれ以上前に出すな。いいな、絶対だぞ」

 成嬰はそう指示し、自身は軍帽を脱いで丘の頂点に向かって数歩進み、止まった。

 部下達は、その彼の後ろ姿に、異質な空気を感じていた。

「おい──。さっきホウレン草って言ってたが、それ間違いないか?」

 振り向きもせずに成嬰は問う。

 部下のひとりは困惑しながらも。

「は、はい。丘の上で、花が咲いてるホウレン草みたいなのを見つけたら取ってきてと・・」

「なぁそれ、鉤鎌槍(こうれんそう)の聞き違いって可能性はねーか?」

 成嬰は前を向いたままだ。

「こ、こうれん!?」

 部下は何が何だかという表情だ。

「まぁいい──。一人ずつ此処に立って見てみろ。あー、帽子は脱いどけよ」

 成嬰は言いながら後ろに下がる。


 部下達は恐る恐る成嬰の立っていた場所まで足を進めた。

「なっ!?」

 その視線の先には、百人ぐらいだろうか、他国の軍と(おぼ)しき者たちの姿があった。

「連中の武器を見てみろ」

 成嬰が言う。

 謎の軍勢が所持しているのは、片鎌の槍をひっくり返したような、フック状の突起が付いた異形の槍だ。

「あれが鉤鎌槍だ。で──、その鉤鎌槍を好んで使うのが、(シン)国の花質(カシツ)少佐の部隊だって話だ」

 成嬰の言葉に。

──ホウレン草じゃなくて鉤鎌槍!?

──花って花質少佐のこと!?

──中尉は、予測していた!?

──伍長の言う極秘任務か!?

 鮑謖が発した一連の指示は、眼下の状況を想定したものなのではないか。部下達は蓋然性(がいぜんせい)をもって、この事態をとらえた。

 それは成嬰も同じであり、一同の心胆は互いが互いに伝播(でんぱ)し、彼らに確信という形の結論を与えた。


「ぐ、軍曹。見つけたら取ってこいっていうのは・・」

 部下が慎重に尋ねる。

「軍勢を前に取ってくる物といったら、首だろ」

 成嬰は色のない声で言った。

「いや、でも、相手は三倍はいますよ!」

「ああ──、だが、アイツらは何をやってるんだと思う?」

 やや動揺した感の部隊に対して、泰然として成嬰は問うた。その様に、部下達も浮き足を降ろして、冷静に状況を考える。そして一人が──。

「国境に向かう自分たちを、待ち伏せてるんじゃないでしょうか」

 と、答えた。

「俺も同じ意見だ」

 成嬰が言ったことで、全員が小さく頷いた。彼は続けて。

「アイツらの意識は国境への道の辺りに向いている。そして今は、いつでも戦えるよう臨戦態勢ってところだろう。だからこっから仕掛けても、少し動揺させるぐらいで、上手くいく公算は低いと思う」

 部下達は成嬰の言葉を黙って聞いている。

「だが俺たちを待ち伏せてるんなら、今日は来ないと思ったとき、奴らの警戒心は消えるんじゃねーか。あと幾分かすれば、いつもは国境に着いてる頃合いだ。そっからしばらく待って俺たちが現れないってなったら、連中はこっちの予定が変わったと判断して、何か動きを見せるかも知れない。俺は、そこに勝ち筋があるように思う」

 騎兵一同は互いに頷き合い、成嬰の言に理を見出(みいだ)した。


 成嬰以下二十七騎は静かに丘を降り、(くだん)の軍勢の背後に回り込むように移動した。

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