第25話 一日花(後半)
混乱の中、味方の騎兵が戻り、今度は砦の兵を食い止めたようだ。それで、最悪の流れは阻止できた。全体は、まだ乱れていたが、そのうちに落ち着きを取り戻すだろう。
──これで後退に専念できる。
追丘は思ったが、彼女自身は、また忙しくなっていた。深手を負った者を治療しながら移動しているのだ。流石に、傷を塞ぐ時間はないため、可能なら本人に手で押さえてもらい。無理なら、強引に包帯で縛った。
そんな中、かなり重傷の騎兵がやってきた。放っておけば意識を失い、いずれ死に至ると思われた。
追丘たちは物資を捨てて荷車にスペースをつくり、そこに寝かせ、魔法を施し、縫合の係が苦戦しながらも傷を塞いだ。
何とかなったと安堵したとき、後方が騒がしくなった。
「援軍の方が追いついたのでしょう」
花廉が言ったかと思ったら、彼女は槍を持ち、騎兵が乗ってきた馬に跨がった。
「ちょっと──、何をしてるの!?」
追丘の問いに。
「私も騎兵として敵を食い止めてきます」
事も無げに花廉は返す。
「なにを!? 勝手なことはしないで! そんなこと認められません」
追丘の言葉に。
「私は雑用ですが、本来はどこの部隊にも属していません。書類上は中佐の直属として参加しています。故に、それが命令であっても効力はありません。また、私は此度の戦に、父のカタキを討つために参戦しました。砦の兵と恂門の騎馬、この二つが出てきた以上、私は、一矢を報いねばなりません」
花廉の言葉は、何か定まった台詞のように揺るぎがなかった。
「待って。いかないで! これは命令じゃない。お願い。お願いだから、無茶なことはしないで、ここにいて!」
追丘は必死さを込めて言うが。
「追丘さん。私も死ぬつもりはありません」
花廉は言うや否や向きを変えて、馬腹を蹴った。
「花廉──!」
追丘の叫びは届いていただろうが、それでも騎馬は止まらなかった。
一瞬、頭が真っ白になりかけたが、追丘は、何とかしなければと周りに助けを求めようとした。
すると、騎乗の将校が、自分たちと同じように花廉を見ているのに気付いた。追丘は、彼に事情を話して、連れ戻してもらおうと考えた。花廉は中佐と関係があるようだから、将校も無下にしたりはしないであろう。
思った追丘は駆け寄ると。
「すみません。今の騎馬の女を止めて頂けませんか。彼女は敵に挑む気なんです。新兵ですが中佐の直属で、私には止められません。将校の貴方なら、その権限があるはずです。このままでは間違いがあるやも知れず、それは中佐も、お心を痛めることになるかと思います」
懇願した。
しかるに将校は。
「私にはやる事がある。悪いが、他を当たってくれ」
それだけ言って、駆け去ってしまった。
「なにを──」
──彼女を見ていた貴方以外に、だれが止められるっていうの・・
追丘は、無力感に絶望を禁じ得なかった。
敵の慌て振りに成嬰は、逆説的に援軍が来た事を悟った。
──ここは攻勢に出るべきだ。
成嬰がそのように考えていると、馬が広場に集められていた。流れ矢を警戒して、馬屋に押し込んでいた。
「曹長、いつでも出れます!」
既に騎乗した者たちが言う。段取りをしたのは先越のようだ。先輩たちも彼の言うことを聞いて、準備したようだ。
「まったく──。俺の方が付き合いが長いというのに・・」
成嬰が比較する対象は、隊長の鮑謖だ。赴任して、まだ三ヶ月も経っていないのに、彼女は先越の才能を見抜いた。成嬰も先越はできる方だと思っていたが、今回の件で、自分が彼の表層しか見ていなかったと痛感させられた。
──なんたる洞察。
そして。
──なんたる洞見。
このタイミングで援軍が来るからには、どういう仕掛けかはわからないが、やはり準備があったのだろう。
「ったく・・ すごすぎるだろ、うちの隊長は!」
「ハハッ。曹長だって俺から見れば、鉄人ですよ」
成嬰は馬に跨がりながら話を振り、兵もそれに、おだてを返す。
死闘の経た彼らには、強者の気配が宿っていた。
「事ここに至っては守りを固める必要はない。騎兵に続き、動ける者は打って出よ。今が力の出し時だと心得よ!」
成嬰は檄を飛ばし。
「開門!!」
扉が開くと同時に。
「俺に続けぇ!」
言って成嬰は駆け出でる。
最初にぶつかった歩兵の首を撥ね飛ばす。その鮮烈な光景は、成嬰の存在を辛兵に印象付け、彼らに砦の強兵を思い起こさせた。
その腰の引けた敵兵に、味方が強く当たり、ほどなく四分五裂となって逃げ出した。
「このまま押し切る」
つもりであったが、敵の騎兵が戻り妨害され、動きながらの膠着が生まれた。
恂門からの援軍の騎馬が追いついた。
しかし彼らは長駆してきた者たち、その動きは、鈍さを感じさせるものだった。
それでも数は揃った。敵を追い立てるには十分と思った矢先──。
突如あらわれた新手の一騎に、援軍が立て続けに落とされた。単騎で戦場を駆け、剰え、複数の相手を屠るという信じ難い姿は、敵を大いに鼓舞し、味方、とりわけ友軍である恂門の兵を萎縮させた。
たった一人の兵が、戦場の流れを変える。物語の英傑は、こんな所にも存在した。
成嬰は、その敵に憧憬を持ったが。
「仕留めに行く!」
況して気合いを入れ、件の騎兵に向かった。
相手も気付いて、方向を変える。正面からの搗ち合いを選択したようだ。
──大胆不敵。
敵の騎兵たちも、いつの間にか一騎に続くように駆けている。流れの中で指揮官になったようなものだ。
──まさに英傑。
それはやはり成嬰の目指す理想の姿に近い。
魔法使いとしての圧倒的な力と、百手を読むような頭脳を持つ鮑謖は、成嬰では遠すぎて比べることも馬鹿らしいが。眼前の騎兵は、まだ自分が挑める領域にあると思えた。
──『鉄人』か・・
その言葉を本気で、本当にしてしまおう。斯様な決意を成嬰は持った。
両勢がぶつかる。
成嬰は剣を低く構える。
斬り上げは鋭さはあるが、威力に重さが乗りにくく、ぶつかり合いではやや不利。それでも成嬰はそれを選択した。
これこそが自分の強みだと確信しているからだ。
騎兵の女、目が合う。
瞬間、疾く直線の槍が来る。小細工なしの一閃だ!
成嬰は一気に斬り上げる。それは敏にして剛なる斬撃。槍の一撃を相殺し、相手の体勢を上擦らせる。刹那、成嬰の剣は一転、すれ違いざまの振り下ろしとなり、女の体を切り裂いた。
この絵面は、先程とは逆の現象を起こし、味方の心胆を回復させ、敵に逡巡を与えた。
それでも敵騎兵は、数を減らしながらも妨害を続け、汐径の追撃を凌いだ。
結局、援軍の歩兵が到着した頃には、辛軍は国境当たりまで引いていて、騎馬隊の疲れと、成嬰たちも満身創痍な状態のため、それ以上の追撃は見送られた。
援軍を率いていた少佐のもと、砦を中心に防御陣が組まれた。敵が逆襲に動かないとも限らない、勝ちに浮かれるところを突くのも作戦の一つだからだ。
また、恂門の軍営へ、負傷兵たちの移送が行われることとなった。
依然として警戒中ではあるものの、汐径軍は敵を撃退し、大いに喜ぶべきところであった。だが砦の兵たちは、仲間の活命を祈り、勝利の中で沈痛な表情を浮かべていた。




