第24話 一日花(前半)
「代わる。一旦休め」
「はい!」
成嬰は、戦っている兵と交代するが、とたん、彼の近くから敵兵が遠ざかる。
「いい加減、覚えられたか」
戦闘が始まってから、成嬰は十人ほどを仕留めた。それ以外にも、深手と思われる手応えは、結構な数あった。流石に敵兵も警戒するようになったのだ。
──歯痒いな。
ままならなさを感じつつも、成嬰は指示を出し、劣勢の所があれば向かい、砦を右に左に奔走していた。
砦側の死者は、まだ、出ていなかった。それは、客観すれば僥倖と言えよう。
しかしながら、成嬰はそれを享受できない。出来ようはずもない。喜び、幸運の一切、感じてはならないとさえ、考えてしまう。
深手を負った者は二十を超えた。動けなくなったものは七名。その内、三名は重傷だ。
──三人は助かるまい・・
成嬰は思う。
長くやっていれば、仲間の死も経験する。目の前で事切れる姿を見たのも、一度や二度ではなかった。だから、それぐらいの見積もりはできた。
恂門に連れて行けば、医者が何とかしてくれそうでもあったが、土台無理な話だ。
おそらく、この先、彼らは幽明の淵をさまようことになる。そうなれば、もうこちら側に引き戻すことは叶わないだろう。
彼らが死を免れることはないが、免れぬからこそ。
──勝たねばならない。
旅立つ僚友に、朗報の一つも持たせてやりたい。彼らの働きが、無駄ではなかったと、喜びと感謝を送りたい。
それは、どこか傲慢な押しつけかも知れないが、真実、成嬰の胸裏にある言葉だった。
無論、当の成嬰もまた、この戦場に於いて明日をも知らぬ命である。
彼は無意識に、旅立つ側に自分を置き、自らに手向けを求めていたのかも知れない。
追丘は再び忙しくなった。どうしてだか、深手を受ける者が増えたのだ。
一度は落ち着いていただけに、良くない兆しのような不安感が、追丘の心に広がった。
「どうかされましたか?」
花廉が問う。
顔に出ていたのか、それとも花廉が鋭いのかわからないが、追丘は自身の不安が伝播するのだけは避けなければと考えた。この場に於いては自分が上役だ。元より負の感情は伝わりやすく、こと上下が絡むと、勢いが増すところがあった。
「いえ──、単に疲れただけ」
変に否定するよりマシだろうと追丘は考えた。
「急に増えましたからね。今更あせっているのでしょう」
花廉の言葉には、どこか怒りがこもっていた。その感情は、追丘には意外であったため、ほとんど反射的に。
「どういうこと?」
と、聞き返していた。
「砦は衆寡を前に、降伏に応じない者であり、偽りの狼煙を上げる賢しい者でもあります。それは、武、知、心、いずれに於いても強かなる者です。一言すれば強敵です。そんなことは既に明らかなのに、今頃になって敵の粘りに驚き、焦燥を持ったのだろう。という事です」
花廉の言葉は、やはり怒気があった。
追丘にも、怒りが自分に向いたものでないのはわかった。
「それで怪我が増えたってこと?」
「そうに決まってます。勝手に侮り、勝手に焦り、勝手に負傷する。これが辛国軍人の姿かと思うと、情けない限りです」
とても新兵が言ったとも思えん辛辣さであった。
それは不遜であったが、どこか小気味良くもあり。追丘は、それに花廉という女の、愚直とも言えるまっすぐさと、眩しさを感じた。
──なにが、そうさせるのか?
追丘が花廉に強い関心を持ったときだった。
にわかに味方が騒がしくなった。
「騎馬が動くようですね」
花廉が言う。たしかに馬の嘶きも聞こえる。
──砦攻めで騎馬がなにを?
追丘の疑問を先回りしたわけではあるまいが、花廉が。
「援軍が来たのでしょう──」
「えっ!? じゃあ、狼煙は本物だったってこと?」
「いえ、それだと逆に遅すぎます。きっと偶然に近い形で知ったのでしょう」
「どうなるの?」
聞いた先から追丘は、新兵に何をと自分で思った。
「今は敵の先行した騎兵を止めるのでしょうが、あとから歩兵が追いついて来ます。それまでに砦を落とさねば、負けでしょう」
花廉は淡々と言うが、追丘としては気が気じゃなかった。
「ま、負けって──。こっちも三百いるよ」
「戦ってどうこうではなく、作戦の失敗、という意味です」
二人の会話を聞いたのか、他の者にも緊張があらわれ、追丘はしくじったと感じた。
さりとて。それは、もう些細な事になった。
撤退の命令が出たのだ。
追丘以下、救護の係は急ぎ荷物をまとめ、先導する部隊に続いた。
この事態に砦が動いた。彼らは己で門を開いて、辛国軍に対して打って出た。
兵員はおそらく動ける者、全て。先頭は三十ほどの騎馬隊だ。
いくら相手が引いてるとはいえ、数が違いすぎる。普通は無謀でしかなかったが、今、辛軍の騎馬は恂門からの援軍を食い止める方にまわっている。つまり、この場に於いて騎馬の圧力は全て、辛軍の歩兵に向かい、それを妨害する手立てはない。
采配の僅かな隙を突き、剛胆を以て、乾坤一擲の、まさに勝負手であった。
しかも先陣を切るのは辛兵たちが恐れた、強兵の男。これまで距離を取ってきた感覚を引きずり、兵たちは踏みとどまる事ができなかった。
結果、部分的に潰走したような形となり、その余波は、辛軍全体に届いた。
(後半へつづく──)




