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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第三章 ~魔女の導き、兵士の成長~

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第23話 当百の魔女

 先に始末しようと考えたか、それとも人質にでも出来ると思ったか。三人の兵が、鮑謖(ホウショク)の暴風圏から外れて、崔弱(サイジャク)らに狙いを付けた。


──身体強化する魔法・・

 騎馬の一人が、馬から放り出される形で落馬したが、その者は見事に体をひねって着地した。

──ここまでの動きをするのか。

 他の兵もあれほどと考えると、三対三だが、崔弱を守りながらでは勝ち筋が薄い。さしもの鮑謖も、今こちらまでは手が回らないだろう。

──先手を取るしかない!

 思うや否や。

「伍長を任せるっ」

 それだけ言って駆け出した。


「まて、仞操(ジンソウ)!」

 制止の声が聞こえるが、この判断は自分が正しい。

 待ち受けた場合、実質二人で強兵三人を相手にすることになる。だが、今は相手の駆け足に差がある。こちらから間合いを詰めれば、少なくとも一人に対しては、一対一の構図に持ち込めるはずだ。

 仞操は()く駆け、敵の間合いに入った。

 鋭く槍が突き出されるが、剣で軌道をずらしつつ、更に踏み込む。

──大層でもない。

 敵兵の力は強い。だが、仞操が普段、稽古している相手は成嬰(セイエイ)だ。かの剛剣に比べれば、気持ちに余裕が生まれるというもの。

 仞操は踏み込んだ勢いのままに相手の首を撥ね飛ばした。と、すぐに剣を手放し、(むくろ)が倒れる前に槍を奪った。

 敵もぼんやりしてはいない。眼前で起きた寸劇に、仞操を強者(つわもの)と判断。彼が槍を構える前に討ち取ることを考え、二人同時に攻撃を仕掛けた。


 しかしながら、そこには僅かばかりの油断──、いや、思い違いがあった。

 敵兵は仞操の動きから、素早く懐に入るのを得意としていると考えた。事実、彼は迅速な動作をするものだったが、それ以上に長物(ながもの)の扱いに長けていた。槍や棒を持った仞操は、成嬰とも互角に戦えるのだ。加えて、一人を倒した事で焦りは消え、より落ち着いて敵に対処できるようになっていた。


 仞操は繰り出される槍に抗わず、トッ、トッ、と跳ぶように後ろに距離を取った。

 敵兵は無意識にその動きに釣られ、懐に入れまいとしていたのが、逆に自ら懐に入らんとしてしまった。そこに生まれる足並みの乱れ──。

 くしくも、再び時間差の一対一の形になり、仞操は槍をあわせると、瞬間、ねじるような動きから横に大きく払って相手の体勢を崩し、すぐさま突き殺した。

 もう一人はそれを見て逃げに転じたが、簡単に追いつかれて死んだ。


──やってみるものだ。

 仞操は元々武芸に自信を持っていたが、複数を相手にするほど自惚れてもいなかった。けれども、一人で敵の集団に突っ込む鮑謖の背中に、仞操の中の何かが壊れていた。

 ありていに言えば、鮑謖の戦い振りに、ほだされたのだ。

 無自覚に慎重さが麻痺しているところへ敵が向かって来て、仞操に、より攻勢の対処を選択させた。その是非については難しいが、結果として敵を撃退した。

 また、この戦闘は、仞操の戦士としての階梯を一段上げた。



 時を同じくして鮑謖の周りから敵が逃げ出し、彼女は追撃をし出した。

 仞操は自分もと考えたが、鮑謖はあっという間に雑兵を(ほふ)り、丘へ走った隊長格と(おぼ)しき男を追い掛けていた。

 男が上に到達しそうなとき、その丘に新手の後翼軍があらわれた。

 数はおよそ百。

 この光景に、鮑謖も足を止めた。


「付いてきて」

 崔弱が早足で歩きながら言う。彼女たちの向かう先は鮑謖の所だろう。

──今度は百か。

 勝ちを想像できない仞操だったが、不思議と絶望も感じなかった。

──血に酔ったか?

 仞操はそのように内観した。

──とにかく行くか。

 崔弱の後に続こうとしたが、剣を手放したのを思い出し、急ぎ足で拾って二人の後を追った。





──坂道きつい。

 鮑謖は石を投げようかと思ったが、上に狙うのは勝手がわからず、追い掛けた方が確実だろうと判断した。それで坂を登ったが、流石に疲れた彼女は、もう諦めようかと考え出した。

 と、ここで、丘の上に軍勢があらわれた。

 鮑謖は立ち止まり、困惑したが。

──あれは、後翼軍だよね。

 今度は正解に辿り着いた。

 無論、相手の正体がわかったとて、何故に姿をあらわしたのかは不明である。

──賊を捕まえに来た?

 現に逃げていた男は、後翼兵によって両側からガッチリと掴まれている。少なくとも自由にさせるつもりはなさそうなので、万が一にも、彼らも賊である事はないだろう。

 鮑謖がそのように考えていると。

「中尉──」

 崔弱たちがやってきて。

「私に、彼らとの交渉を任せては頂けませんでしょうか?」

 崔弱は言った。その瞳は極めてまっすぐで、真率(しんそつ)な光を宿しているように見えた。

 鮑謖も、その凜とした気配に飲まれて、何かを思う前に。

「うん。たのんだ」

 と、答えていた。


 (もっと)も、鮑謖が何か考えたところで、新たな誤解を生み出すだけかも知れないが──。


 ともあれ。崔弱は一人丘を登り、後翼軍の元へ向かった。

 鮑謖はそれを、ぼけっと見ていたが、何やら指揮官らしき人物が、自分を凝視しているのを感じた。


「ねぇ。あの人に、すごい見られてる気がするんだけど」

「はい。先程から中尉のことを、じっと見ているようです」

 遠目の兵が答える。

──なんか中佐か、その辺の人っぽいな。

──偉いさんなら、一応、頭ぐらい下げておくか。

 鮑謖はそう思い。

 杖を頭上に(かか)げ、左右に大きく振ってアピールしてから、深々と頭を下げた。





 酷いありさまだった。

 臧超(ゾウチョウ)麾下(きか)(ほぼ)全滅。騎兵は馬ごと攻撃されたか、数頭は既に死に、残りも起き上がることも出来ず、死を待つばかりと思われた。

──これを相手にするのか。

 雁去病(ガンキョヘイ)は少しだけ、憂鬱になった。



 ここで、誤解があるかも知れないので明記しておく。

 鮑謖一行を帰した季酬(キシュウ)の中佐だったが、それは黙って帰すことを選択した、というわけではない。彼は確実に、問題なく仕留める事を選んだのだ。

 中佐は相手の既知により、(シン)軍による砦攻めは失敗すると判断した。そして、その場合、表面上は汐径(セキケイ)国との友好関係を続けるべきとの結論を持った。だからこそ、鮑謖たちを監視するにとどめた。

 さりとて。僅か四人で敵陣に乗り込む剛胆。周囲を囲まれて平然と相手を脅す不敵。作戦を看破し説得を試みる老獪(ろうかい)。どれもこれも、黙過(もっか)できない傑物の姿であり、生かして帰せば、大いなる毒となって返ってくると思われた。

 断案(だんあん)。中佐は、季酬から遠く離れた場所で、賊を装って襲撃すべきとした。

 しかしながら、季酬の軍を動かせば、その動向は汐径にも届き、賊が虚偽だと知るだろう。

 そこで、離れた軍営の雁去病に連絡をとり、彼に鮑謖の撃滅を具申した。臧超がやってきたのは予定外であったが、その戦力も当てにした。


 更にもう一面の話として。

 辛国との作戦は失敗し、そのことで次期将軍争いから臧勤(ゾウキン)准将は後退する。必然、他二名のいずれかが将軍になるだろうが、空いた准将の席に誰が座るか?

 季酬の軍営を預かる中佐は、そこに雁去病を就かせようと考えているのだ。ここで汐径の傑人、鮑謖を討てば、雁去病の株は大いに上がると予想した。

 懸念があるとすれば、臧超が先に仕留めることだが、中佐はどこか希望的観測として、かの傲岸不遜は失敗すると見ていた。


 いずれにせよ。雁去病は鮑謖を討つ目的で、この場にあらわれていた。



 魔女のもとに三人の兵が集まった。

 すると、一人の女がこちらに向かってくる。おそらく中佐たちの前で、作戦の頓挫を明言したという者であろう。


「失礼します。私は汐径軍伍長、崔弱。鮑謖中尉に任され、此度(こたび)の説明をさせて頂きたく参上いたしました」

 女は小さく、華奢(きゃしゃ)であったが、その心胆は剛なる作りであると感じさせる、不思議な雰囲気をまとっていた。

「私は雁去病大佐だ。こちらも色々とあるが、まずは説明を聞こう」

「はっ。我々は突如、魔法による攻撃を受けました。私どもには判断付きかねましたが、鮑謖中尉は、軍を装った賊徒と断定。これと戦闘し撃退した次第であります」

──!!

 伍長の言葉に、雁去病以下、周囲の者は(きも)を掴まれる思いがした。


 相手は、これは武力衝突ではなく、ただ賊を倒しただけだと(のたま)っている。言うまでもなく詭弁だが、まこと見事な方便でもある。

 この屁理屈の上では、後翼と汐径の戦いは起きていないのだ。

 そしてそれは彼らの考える、後翼が持つ、汐径への敵対戦略の見直しを促すという行為に()いて、一貫している。


──すさまじい。

 雁去病をして、そう思わしむ大局観。地方の守備隊の隊長というのが、本当のところなのか、怪しく思えてさえくる。

──これほどの才を、殺さねばならぬのか・・

 雁去病の心に、惜別(せきべつ)に似た感情が湧く。

 さはさりながら、それを汲み取るほど雁去病は若くはなかった。彼もまた、中佐同様、鮑謖の存在を危惧するに至っていた。

──この伍長は捨て置いてもよい。

 狙いは魔女。

 臧超を相手にして魔力も消費し、戦いの疲れもある。強敵であっても、一気呵成に攻め、一太刀(ひとたち)ずつでも傷を負わせていけば、いずれは倒せるはずだ。

 斯くの如く、雁去病は決意し、今、攻撃の合図を出さんとしたとき──。


 魔女が杖を高く上げ、左右に振った。


「なんだ?」

 雁去病は思わず口にする。

「た、大佐! あれを、国境の方をご覧下さい」

 部下が慌てて言う。

 何かと、雁去病は部下の指し示す方向に目をやった。


──なっ!?


 後翼と汐径の国境沿いに、汐径の軍勢があらわれていた。

 すぐに魔女に視線を戻すと、彼女は深々と頭を下げ、こちらに笑顔を向けていた。

──全て、魔女の手のひらの上だった?

 信じられぬことであるが、魔女は全てを知り、全てを読み、全て覚悟した上で、後翼にやって来ていたということだ。

「まるで──」

 雁去病は、続く「神業」という言葉を飲み込んだ。



 しかるに──。

 雁去病率いる後翼軍は、臧超と彼の麾下の生き残りを捕らえ、鮑謖たちに感謝するとした。そして季酬の軍営を目指して、粛々と移動した。

 この日の対峙は、只の賊徒との戦闘として片付き、後翼、汐径、両国の関係は変化しない、そういう筋書きになった。


 はてさて。

 鮑謖たちと後翼のやり取りは、なんとか収まり、彼らは便宜上戦っていない。そのはずだったが、一つ、いや一人だけ、誤算があった。


 四頭立ての馬車の御者だ。


 彼が目撃したものは、既に記された通りであるが、その解釈までは知るところではない。

 御者の目には、鮑謖が杖を掲げ威圧したことで、後翼軍が恐れをなして撤退したかのように映っていた。

 このような場面を見てしまえば、誰かに話したくなるのが、人のサガ。



 このときより、百の兵を追い返した『当百の魔女』の噂が広まることとなる。

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