第22話 冷徹の魔女(後半)
──あっぶなかった~。
鮑謖は向かってくる魔法を打ち払うつもりだった。しかし、馬車酔いで手元が狂い、意図せずして後方に往なす形になってしまった。そしてそれは馬車を掠めていた。
──あれの弁償は無理・・
鮑謖が危険を感じたのは、我が身のことではない。立派な馬車が壊れて、その責任を取らされるかも知れない未来を危ぶんだのだ。
そして何の悪戯か──。
斯かる経済的危機意識は、鮑謖の中にあった眩暈状態を相殺し、彼女の吐き気を止めた。
「中尉。あれは・・」
崔弱は、あとに続く言葉が出なかった。
それはそうである。彼女の目に映る、自分たちに魔法を撃ってきた存在は、見まごう事なき後翼軍の姿であった。
──私じゃ駄目だった・・
辛国との計画が破綻していることを伝え、後翼の心変わりを期待したが、彼らは汐径の敵になることを選んだ、という事だ。
──折角、中尉に選んでもらったのに・・
戦えない自分の役目として、説得を買って出たが、期待には応えられなかった。そんな自分を、崔弱は情けなく思った。
すると、ここで、鮑謖は口を開いた。
「あれは──」
──何??
崔弱が聞いてきたから、答えようとしたけど、鮑謖は相手の正体がわからなかった。
──どう見ても、後翼軍だよね。
昨日の今日だ。いくら鮑謖の頭の中が、エルカルニチンで満たされているとしても、流石に見間違うはずがない。
──だと、なんで攻撃してきたの?
昨日は笑顔で感謝状をくれた人達が、いきなり魔法を撃ってくる豹変ぶりは、羊の脳みそでなくとも理解に苦しむ。
──もしや・・ 賊?
匪賊なんて存在が跋扈してた国だ。軍事物資を盗んで、軍の振りをして悪さする連中がいるのかも知れない。
──いやでも、なんで私ら?
どうせ襲うなら、商隊とか、お金になりそうな物を狙うはず。よりにもよって、軍人四人を標的にする意味がわからない。
──ん? お金?
ここで鮑謖は気付いた。
──馬車かぁぁぁ!!
賊はきっと、あの立派な馬車で、鮑謖一行を金持ちだと思ったんだろう。
──誤解だよ!
と、勘違いの権化は心の中で叫んだ。
とまれ──。
そうとわかれば話は簡単だ。古今東西、賊は退治するものと決まっている。
鮑謖は自信をもって言った。
「あれは──、賊だ」
──!?
崔弱は心胆を穿たれた思いがした。
ここまであった敵味方の観念、国それぞれの立ち位置、その後の展開、それらを全てまるっと解決してしまう、冷徹な一言。
後翼軍と、四人とはいえ汐径の軍人の戦いとなれば、結果の如何を問わず、もう戦争は確定してしまう。しかし、出没した賊を討伐した、というのであれば話は別だ。
件の戦力を、賊と定義した瞬間から、国家間武力衝突ではなく、只の治安維持。いや、ここは領外だから、慈善活動と言っても過言であるまい。
──ああ、これが軍略・・
崔弱は、鮑謖の底知れぬ思考に、畏れと憧れを併せ持った。そして──。
「はい! あれは賊です。賊で間違いないです!」
力強く、噛みしめるように言葉にした。
「うん。その通りだ」
鮑謖は返しながら。
──やっぱり賊か。よっかた~当たってて。
崔弱の言葉を聞いて安堵していた。
そのとき、賊徒を白い光が包んだ。
「な、なんでしょう?」
「騎馬の一人が、魔法を使ったように見えました」
崔弱の疑問に、遠目の兵が言う。
「あー。だと〈索冥の法〉だね。身体強化する魔法だよ」
鮑謖が解説する。こんなんでも、武官学校へ行っていた者だ。
「では、さっきのとで魔法使いが二人!? 正味七十人相当ですか・・」
「うん。でも大丈夫。私にとっては一番やりやすい相手だから」
若干の動揺がある兵に、鮑謖がおだやかに言う。
そうこうしてる間に賊徒は、こちらに駆け迫ってくる。
「たぶん、もう一発魔法が来る。それを含めて、全部私に任せていいからね。伍長は自分のことを、二人は自分と伍長のことだけ考えてね。いい?」
「はい!!」
鮑謖の確認に、三人は気合いを込めて返事をした。
〈炎駒の法、焦熱榾〉
炎が、風の魔女に襲いかかる。
「ドンピシャだ。これで攻撃を封じた!」
臧超の言に、一団は勝機を強く感じた。
が、しかし──。
バンッ! 音が鳴ったと思ったら、炎の弾丸が前方から飛んできた。
──なっ!?
「ぎゃぁー」
歩兵の何人かがそれにやられた。
──真っ正面に弾く?
臧超が思ったときには、魔女は数歩先まで駆け寄って来ていた。
「自分から間合いを詰めるのか!」
次の瞬間。
シュッと加速した魔女は、ドンッと踏み込んで、ブンッっと杖を一振り、それで先頭にいた騎馬ごと味方をなぎ倒した。
その異常に、臧超の馬も棹立ちになり、彼は投げ出されてしまう。
「ウォッと──」
身体強化のお陰で、上手く体をひねって着地することができ、臧超は無事だった。
だが、他はそうはいかなかった。
最初の一振りで十騎中、臧超含め七騎が落馬。残った三騎も、混乱した馬の制御を取り戻す前に、魔女によって落とされた。
近くの兵が槍を突き出すが、魔女はクルッと避けると同時に杖を叩きつけ、兵の頭蓋を割り、返す動きで隙を狙った攻撃ごと味方の兵を吹っ飛ばした。
兵が背後から攻めようと、同時に攻めようと関係なしに、魔女はそれを打ち返しながら、次々に彼らを屠っていく。
近付く者、触れる者、悉く躯となった。
「なんだ──、これは・・」
自身の理解を超えた展開は、恐怖さえ凌駕し、臧超を惑乱させていたが。
「無理だー」
半分ほどがやられた時点で麾下の兵は逃げだし、その光景に、臧超も慌てて逃げ駆けた。
しかしそれでも魔女は止まらない。
魔女は、その走るのには不向きな、長い丈の衣装を苦にすることなく疾く駆け、足の遅い者から順に杖を叩きつけた。
背骨が折れたか、内蔵が潰れたか、いずれにしても死んでいる。
明後日の方向に逃れる者には。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ・・
魔女は石を次々に投げつけて、バタッ──、と兵を倒した。
臧超は、味方が低い方へ逃げるのに対して、高い方へ向かった。丘を越えれば、魔女の視界から消えると考えたからだ。
──あと少し・・
思ったとき、後ろから猛追してくる魔女。
「あぁぁーがぁ。あぁあー」
臧超は、ここで始めて恐怖を感じ、戦慄に言葉にならぬ喚きを発した。
しかしながら、ここで魔女は足を止めた。
臧超は、理由を考えることもなく、ただひたすらに走った。少しでも遠くに、その意識のみで、他の思考が入り込む余地はなかった。
だから、体を掴まれるまで、気付かなかった。
「あっ──」
目の前には百ほどの後翼軍がおり、臧超の体は、後翼兵たちによって両脇を抱えられる格好になっていた。
──これは季酬の軍か?
臧超が考えたとき。
「無事だったか──」
と、聞こえ。臧超は声の主を見た。
大佐の雁去病だった。




