第20話 情緒纏綿
特に、いつ会うとかは決めていない。
それでも、いつものように猟師の男は、同業の男と出会った。
「どうだい調子は?」
「小物ばかりだが、一応な」
猟師は成果を見せながら言う。
「お前は鳥を狙えるからいいよな。こっちは、ここんところ空振りばっかだわ」
同業の男は、罠で狩るのを得意としており、当たりは少ないものの、大物をしばしば捕らえていた。猟師のことを羨んでいる風だが、一種の社交辞令、挨拶の延長線のようなものだ。
「また、大物が出たら手伝うさ」
猟師の方も、相手におだてで返す。
なんのことはない、毎度のやり取り。
彼らは互いに別の村に住む者で、商売敵でもあったが、こうやって挨拶し、情報交換し、ときには協力しあって生きている。
このまま一つ二つ雑談をして、また別れる。普段のそれと同じようになると、猟師の男は思っていた。ところが──。
「さっきな、北の方に煙の柱を見たんだが。あとから思うと、狼煙だったんじゃないかって気がしてきてよ。ちょうど方向的に砦の辺りだと思うんだが」
同業は思い出し考えながら言う。
「しばらく前も何かあったみたいだし、あぶねぇから、お前も気を付けろよ」
それだけ言うと。
「またな」
と、彼は自分の仕事に戻った。
どうやら注意を伝えるための行き会いだったようだ。
猟師の男も、危ないものに近づく気はなかった。元来、彼はそういう男だ。
自分の村に賊の影を見たときは、流石に村長に知らせたが、本人は村に拘らず、どこか安全なところへ行こうかと考えていたぐらいだ。
しかし、たまたま居合わせた砦の隊長が素早く指示を出し、軍は動かされ、結果として賊は討伐された。
それが切っ掛けで、隊長の女に、村の者が作ったお茶を届けることになった。仕事のついでだし、手間賃として現金収入もあるので、男にとっても悪くない取引だった。
先日、その最初の包みを届けたが、そのときに。
「獲物があったら、小売価格で買い取るよ」
と、言われた。
他にも、野草だとかキノコだとか言われたが。
「そっちは知らん」
と、返した。
猟師は、そんなことを思い出した。
獲った鳥が二羽ある。
「街で売るより儲かるからだ・・」
猟師の男はつぶやいて、砦の方へ向かった。
〈角端の法、滅瘴雫〉
一粒の雫が樽に落ちた。
「はい。終わりました」
「ご苦労様です」
「いえ──」
女は謙遜したわけではない。事実として大した仕事ではないし、彼女の存在もまた、大したことのない者として扱われていた。
女は魔法使いであるが、戦闘員ではない。彼女の使う〈角端の法〉は、毒を消したり、血を止めたりと、救護向けの魔法だ。
それはそれで重要だが、軍という組織は序列社会であり、個人は元より部隊や、役割に於いても上下が付けられる。言わずもがな、戦闘部隊が上位であり、騎馬隊などは、その花形として知られる。
女は雑用に分類され、その中では上の立場だが、全体としては下位に位置している。
「他にありますか?」
「これが最後です」
魔女に、水汲み係の女が応える。
どこかから汲んできた水に魔法を落とし、そこに含まれる毒を取り除く。大概、水は沸かせばよいのだが、食事はともかく、飲み水もとなると、燃料の調達も馬鹿にならない。
戦闘が始まれば、傷の消毒などをする事になるが、今はまだ、その仕事は無かった。
昨日、降伏勧告がされたが、朝になっても相手は応じず。それで戦いが始まるかと思ったが、砦から狼煙が上がり、一旦攻撃は中止されていた。
「援軍は来るんでしょうか」
魔女は、女に聞いた。
別段、答えを求めてとかではなく、共通の話題として振っただけだったが。
「来ませんね。おそらくハッタリでしょう。それでも中佐は、一応、その動きがないか調べるつもりのようです。まぁでも、それも間もなく終わります」
女は、思いのほか直截に言った。
若く、まだ新兵に見えることから。
──なにを生意気に。
と、思わなくもなかったが、それ以上に、どこぞの隊長のような雰囲気を魔女は感じた。
そして、水汲み女の言葉通り、辛国軍による砦攻めが始まった。
〈角端の法、癒傷湯〉
俄然、魔女は忙しくなった。
いや、彼女だけではない。雑用係はそれぞれに忙しい。むしろ、前線の兵は輪番で休めるのに対して、裏方は殆ど休みなしで動いているような状態だ。
何人かは、魔女と一緒に負傷者に対応している。
運ばれた者の傷口を洗い、そこに魔法で生み出される治療液を塗抹。あとは縫合の係が傷を塞ぎ、最後に包帯を巻く。
水汲み女も救護の側になり、今度は傷洗浄の水掛け女として魔女を手伝った。包帯を巻くのもコツがあるものだから、新人ならば妥当な役割だった。
戦う兵たちにも、ある程度の慣れがあるのか、しばらく経つと深手を負う者は少なくなり、魔女たちも一息つくことができた。
「魔力などは大丈夫ですか?」
水の女が聞く。
「ええ。攻撃のと違って、持ちはいいの」
「そういうものなんですね」
力を合わせ、一仕事したのが影響してるのか。魔女の中で、水の彼女に対して僚友意識のような機微が生まれていた。
「今更だけど、私は追丘。よろしく」
「私は花廉です。こちらも遅ればせながら、よろしくお願いします」
追丘の名乗りに対して、花廉は、やはり真っ直ぐに返した。
カッカッと強い靴音が響いてくる。
周囲を威圧するかのような、それを為す者に、中佐は覚えがあった。
「中佐! 呼び出した砦の隊長を帰したと聞きました。どういうことか」
声の主は臧超だ。
「既に連絡した通り、相手は、こちらの思惑を知った上で乗り込んできていた。何らかの方法で、情報を掴んだと思われる。既に見抜かれている以上、作戦は失敗。そう判断した」
中佐は臧超の態度には触れず、淡々と答えた。
自分の方が格上とはいえ、相手は臧超。その後ろには臧勤准将がいる。中佐とて、対応を選ばざるを得ない。
「なにを馬鹿なことを! 辛軍はもう動いている。作戦中なんですよ、今は。この期に及んで、やっぱりやめます。そんな話が通じるわけがないだろ!」
「少佐。いくらなんでも、その態度はどうかと──」
「黙ってろ!!」
中佐の部下が、臧超を諫めようとするが、一喝され、言葉通り黙る。
「まったく──、上司も部下も無能ときている」
臧超は怒声の勢いのまま、中佐に悪態をつく。
「それで──、お前らが逃がした奴はどうしたんだよ?」
辛うじてあった階級への配慮も消え、臧超は睨み付けるように問う。
「先程、馬車で帰路に就いた」
中佐は表情を変えずに言う。
「はぁ!? 季酬に一泊していったのかよ? 流石に呆れるぜ。仕事できないにも程があるだろ、お前ら・・」
臧超は腰砕けのようなリアクションをとると。
「まぁ、見張ってたのは、まだマシだな。さっきってのは、どれくらい前だ?」
「連絡を受けたのが十分ほど前だ」
「ちっ・・ 入れ違いかよ。じゃあ十五分差ぐらいか──、いけるな」
臧超は一人つぶやくと踵を返し。
「今から砦の隊長を捕らえる。馬車を追走するぞ!」
自分の部下に下知を出す。
「季酬の軍は動かさんぞ」
中佐の言葉に。
「いるか、そんなもん! 俺の麾下だけで十分だ」
臧超は振り向きもせずに、再び跫音を立てながら立ち去った。
「よろしいのですか? いくら臧超少佐が、お強いとはいえ──、あの魔女は普通ではないです。少佐に、もしもがあれば、中佐のお立場も・・」
部下が不安を口にする。
「笑っていたのだ・・」
中佐が言う。
「私が、金一封を渡すときに、魔女は笑っていた。略単身で敵陣に乗り込んで、あの態度。背筋が凍る思いであったよ・・」
それに部下は、言葉を失ったが。
「であれば、尚のこと、少佐を止めなくては」
「私ではアレは止められん。それに、既に手は打ってある」
中佐はそれだけ言うと、手をサッサッとやって、部下を下がらせた。
独りになった部屋に一回、強く机を叩く音が鳴った。




