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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第三章 ~魔女の導き、兵士の成長~

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第18話 食事

「どう?」

 崔弱(サイジャク)は兵の一人に確認する。

「かなり遠くからですが、見張られていると思います」

 答えた彼は遠目の持ち主で、普段から物見を得意としている。

「そっか・・」


 崔弱たちは後翼(ゴヨク)の軍営から無事に出ることが出来た。できたが──。果たして、そのまま「さようなら」というわけにも、いかないようだ。

 今は、行きたい所があるという鮑謖(ホウショク)の先導のもと、季酬(キシュウ)の街を歩いている。


「しかし伍長。本当に罠だったんでしょうか・・ いえ、その、中尉の様子からは、あまり現実味を感じないというか。矛を向けられる事態になったら、どうするつもりだったのかと・・」

 崔弱は道中、護衛二人に後翼の企てを話したが、一人の方は、やや懐疑的なようだった。

「中尉は、(シン)軍の別働隊を単独で潰走させた方だし。きっと、そのような事になっても乗り切れる自信があったんでしょう。まぁ、あまりに泰然としてるから、気持ちはわかるけど」

 崔弱の言葉に、兵は黙って頷いた。

 彼も後翼軍の敵意ともいうべき気配を感じていた者で、現在も監視があることから、崔弱の話が誤りだとは思っていない。また、鮑謖の実力も砦の戦いで知っている。

 ただそれでも、別働隊との戦いまでは見ていないわけで。一人で五十人を相手にする、それも魔法使いを含んでいるから、兵力七十相当をとなると、流石に肌感覚として理解できる範囲を超えていた。



「おっ。あった、あった」

 鮑謖は言うと振り返り。

「さぁ入ろうか」

 と、何の説明もなく店に入って行き、崔弱たちは戸惑いながらも、その後に続く。


 店内は煙と、肉の焼ける香ばしい匂いで満ちていた。

「おや。中庭にも席があるじゃないか、イイね、そこにしよう」

 鮑謖は目途を定めスタスタとゆく。

 中庭に出ると煙の密度は下がり、香りの方をしっかりと感じる事ができて、それは一行の食欲を刺激した。

 鮑謖は席に着くと、何やら知らない単語で注文をしていた。


「中尉、ここは何の店なんでしょうか?」

 食事に来たのはわかるが、汐径(セキケイ)では見ないタイプであったから、遠目の兵が聞いた。

「羊だよ。見ての通り卓上で焼いて食べる」

「羊肉ですか。私は経験がないですが、さっきのラム、マトン、ホゲトというのは、種類の話ですか?」

「うん。そうだよ」

 ここでも崔弱は勘良く察する。

「あっ、そうそう・・」

 鮑謖は思い出したようにして。

「ここは私の奢りだけど、食事のことは秘密で」

「は、はい。わかりました・・」

 困惑する崔弱たちに、鮑謖は。

「いいかい? 大きい羊と書いて美しい。美しい味と書いて美味いだ。とかく羊は、ご馳走としての逸話が多い。ある兵士は、自分だけ羊肉を食べ損ねたことを恨みに思い、指揮官を敵に売り渡したり。ある大臣は、君主を暗殺したりと・・ ん? これはスッポンだったかな?」

 と、語り。

「とにかく──。食べ物の恨み、つらみ、妬み、(そね)み、は怖いから、各員気を付けるように」

 と、こんな所で隊長風を吹かせた。



 さて、虎穴の危機を脱した鮑謖一行だが。

 さりはさりとて、その認識は、肝心の鮑謖にはない。彼女の頭には、最初から羊を食する事、それしかなかったのだ。

 感謝状に興味がないと言っていたのは。

──後翼に行くなら羊を食べなきゃ!

 とか、旅行気分で考えてただけであり。別の任務だの、罠に飛び込むだの、後翼と辛国の作戦を見抜いたとか、一切ない。

 徹頭徹尾、羊肉。なんなら金一封もらいながら考えてた。



 ともあれ。

 鮑謖の側は、いくつかの誤解と、崔弱の突っ走った逆説的思考のお陰で、ひとまず後翼の思惑を外すことはできた。

 だが、砦の側はそうはいかない。

 崔弱が推考した援軍の準備など、端から無いのだ。彼らが辛軍の標的で、不利な戦いを強いられる未来は、現実となるだろう。


 そんな砦の危機など、つゆ知らず。

「基本ラムからなんだけど、私としてはホゲトで一発、羊感を得たいところでもある」

 鮑謖は羊肉への愛を、熱く語っていた。





 重要なのは察知されない事だった。

 先日の一戦があったので、辛国軍がそうであるよう、汐径側も諜報の目を向けている可能性は高かった。(ゆえ)に、攻略軍は国境から一番近い街ではなく、少し離れた軍営で編制され、そこから一気に越境し、その勢いを失わないままに砦まで駆けた。

 砦側は早馬を出そうと試みたが、それは辛軍の騎馬隊が先行し妨害。連絡の兵は、引き返さざるを得なかった。


──完全に閉じ込めた。

 花文(カブン)のその認識は、この三百の兵員が等しく持つものだ。敵に援軍を呼ぶ(すべ)はなく、逃げ場もない、まさしく陸の孤島だった。


 ここで、軍を率いる中佐は、砦側に降伏勧告を行った。

 戦わずして砦を占拠できるなら、それが一番早くて簡単だ──。というのは当然として、辛国軍は少し長い距離を、強行軍で来たため、彼らは休息を必要としていたのだ。

 仮に、疲れを押して攻め掛けた場合、こちらの困憊(こんぱい)を見抜かれ、強行突破という選択をとられる可能性もあった。それで援軍を呼ばれてしまえば、二正面を相手にすることになり、攻略は難しくなるだろう。

 降伏の打診をすることで、攻めない事の理由を作り上げた。

 結果、辛軍は、砦側の返答を一日待つとして、敵を前に堂々と疲れを癒やした。



「叔父上」

 花文は声を掛けられた。言うまでもなく相手は、花廉(カレン)だ。

「今は中尉と呼ぶように」

「私たちの食事がおかしいです。他の兵たちより明らかに少ない。同じように強行軍で駆けてきて、皆等しく疲れているのにです」

 花文の指摘を聞いているのか、いないのか、花廉はそのように言う。

「お前の仕事は何だ?」

「水汲みです」

「ならば仕方がない。雑用係はそういうものだ」

 花文は首を弱く振って返す。

「理不尽です。まだ戦闘は始まっていません。今の疲労も、空腹も、関係ないでしょう」

 花廉は尚も言う。

「だから、そういうものだと言った。どうにもならん。私だけの判断じゃないぞ。誰に言っても同じ事だ。諦めろ」

 花文の言葉に、花廉はやりきれないといった感で、唇を噛んでいた。

 その姿に、花文としても助けてやりたくなり。

「あー。腹が減っているなら、少し工面しよう」

 言ったが。

「馬鹿にしないで下さい! 他の仲間が飢えているときに、自分だけ腹を満たそうなどとは思っていません!!」

 花廉は烈火の如く怒り、その号怒は周囲の視線を集めた。

 そして花文が何か言う前に。

「もう結構です! 中尉殿!!」

 捨て台詞のように言って、花廉はその場を去った。



 花文はまた、首を弱く振った。

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