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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第三章 ~魔女の導き、兵士の成長~

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第17話 魔女の知嚢

 御者は客に申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

「うん。まったく問題ない。馬も生き物、体調の悪いときもある。私も酔いやすいから、むしろ助かったぐらいだ」

 鮑謖(ホウショク)は穏やかに返した。


 鮑謖以下砦の一行は、後翼(ゴヨク)国東南の街、季酬(キシュウ)に到着した。

 道中、馬車が何度も止まり、その都度、休憩を強いられる移動となった。どうしてか、馬が早くバテてしまうのだ。

 御者は車の心棒がおかしいのかと調べたりしたが、異常は見受けられず、油を差したりしたが改善はなかった。おそらく馬の調子が悪く、いつもより疲れが溜まりやすい状態と判断された。

 ほとんど不可抗力で、誰の責任というものでもないが、御者は心苦しい感であった。


 崔弱(サイジャク)と護衛二名は、御者を(とが)めるどころか、感謝で応じる鮑謖の鷹揚(おうよう)とした姿に。

──流石は中尉。

 と、そろって感銘を受けていた。



 さはさりながら──、これには仕掛けがある。

 馬が疲れるのは、別段、馬車や馬自身に問題があるわけではない。

 原因は、鮑謖の持つ千鈞(せんきん)の杖である。かの杖は、名前がそうだからといって、本当に千鈞の重さはない。しかし重いのはその通りで、大人三人分は優にある。

 馬車は一頭引きで、四人と少量の荷物までを想定しているが、千鈞の杖のせいで、実質七人以上が乗ってるような状態になっていた。

 ならば端から二頭立ての馬車を用意すれば──、となるが、これこそ仕掛けで、鮑謖はわざと一頭のものを注文していた。


 そして鮑謖の目論見(もくろみ)通り、馬は疲れ、休憩が多くなった。

 休憩では、持参した御嬶(おかか)茶を飲んで酔いを消し、鮑謖は吐き気をもよおすことなく、無事目的地に到着することができた。

 御者や、心振るわせた崔弱たちには申し訳ないが、全て鮑謖の打算の産物で、感謝の言葉も方便の類いである。マッチポンプとも言えなくない。


 (もっと)も、鮑謖にそこまでさせたのは、過去幾度も馬車を止め、御者を呆れさせ、ゲロまで吐いた苦い経験があるからだ。と、一応のフォローはしておく。



 とまれ──。

 季酬に着いたその足で、鮑謖たちは後翼の軍営を訪ねた。




──ものものしい・・

 崔弱は後翼軍から、ただならぬ気配を感じ(いぶか)しんだ。

 軍の施設である以上、ある程度の緊張感は常にあるのかも知れないし、国によって雰囲気が異なることもあろうかとは思う。指揮官によるところも大きいだろう。

 しかし、それでも浮かぶのは。

──似ている。

 という感覚。

 崔弱が類比するのは、辛国軍との攻防を想定し弓矢を配備していた、あのとき。そして、隊長から賊徒の探索撃破が命じられ、出発の準備をしていた、そのとき、である。

 それは他二人も同じだったようで、崔弱たちは互いに視線を交わした。


「ようこそ御出(おい)で下さいました。鮑謖中尉には、この度の招聘(しょうへい)にお応え下さり、後翼軍の者として感謝の念に堪えません」

 対応した男が腰を低くして笑顔で言う。

 その慇懃(いんぎん)たる振る舞いは、軍営を包んでいる空気の中で、極めて異質であると崔弱はみた。

 男は鮑謖たちを広間まで案内しながら、中佐より感謝状と金一封が贈られる旨を説明した。

 そして会場に着くと。

「杖は、こちらでお預かりしましょう」

 と、言った。

 これに鮑謖は。

「結構──」

 短く返し、さっさと段取りの位置に行こうとした。

「お、お待ちを。感謝状を受け取るのに、杖は邪魔になるかと・・」

 男は、相変わらずの笑顔で言うが、鮑謖は少し考えるようにしてから言った。

「いや──、たぶん、あぶないからね」


──!


 崔弱は、鮑謖の言葉を聞いた瞬間の男の表情を見逃さなかった。同時に、広間にいる全員の気配、その変化も感じ取った。

 これまでの様相に、先行を得意とする彼女の思考は、後翼軍が持つ敵意を洞察し。

──中尉を捕らえようとしている。

 と、此度の招聘が、笑裏蔵刀(しょうりとうぞう)の騙し討ちだと看破した。

 加えて、崔弱は鮑謖の目的が感謝状にないことを知っている。鮑謖が高い裁量権を以て、敵意が渦巻く、ど真ん中にやってきた状況が、指し示すものは何か?


──罠に掛かったと思わせるため?


 きっと鮑謖や、恂門(ジュンモン)の軍営は、後翼の敵対を見抜いていたのだろう。そして、その後翼が鮑謖を呼び出したということは、標的は砦になる。

 しかし、そうなると少しおかしい。後翼からだと砦の位置は東に寄りすぎている。軍を動かすだけで恂門に察知され、背後を突かれる(おそれ)がある。


──(シン)国軍との共闘!?


 崔弱は自得に至る。

 おそらく敵の作戦は、後翼が鮑謖を呼び出し捕らえ、その隙に辛軍が砦を落とす算段だ。

 そして、その策は、既に鮑謖の知るところに違いない。

──そういえば中尉は・・

『曹長は皆と共に、この砦の守りに集中して欲しい』と、鮑謖は言っていた。この事から、あらかじめ援軍の準備は整っているのかも知れない。


──じゃあ、私が指名されたのは?

 鮑謖は罠と知った上で出向いた。彼女の実力は卓爾(たくじ)たるものなので、切り抜けることも可能なのかとは思うが、崔弱自身はそうもいかない。

 荒事になれば足を引っ張りそうな自分、その役目は何か、崔弱は頭に血を回した。





──『たぶん、あぶないから』だと!?

 後翼の将兵は、背中に冷たい汗を感じた。

 それもそのはず、今この場で杖を手放さず、(あまつさ)え『あぶないから』と言うからには、眼前の魔女は、自らの置かれた状況を理解し、その上で堂々とそれに対処しようとしている事になる。それはおそらく──。


『いつでも魔法を撃つ』


 というメッセージであるだろう。

 それはつまり。

──知った上で乗り込んできた!?

 そう考えざるを得ない。

──どういうことか?

 仮に目の前の若い魔女が自信過剰の豎子(じゅし)だったとしても、流石に罠とわかった所に、三人ばかりの供で乗り込んで来るとは思えない。

 将兵たちは、魔女の得体の知れなさに、ただただ困惑した。


 一方、魔女の方は、周りを気にした風もなく立ち位置につくと。

「どうぞ──」

 さっさと始めろとばかりに催促した。


 中佐たちは仕方なく、一応用意していた感謝状と金一封を渡し、魔女の様子を窺った。

 魔女は、供の女に受け取った物を渡すと。

「私も何か言うべきかな?」

 と、女に尋ねた。

「いえ、あとは私が──」

 女はそう返した。魔女は頷くと中佐の方をむき直して頭を下げ、そのまま広間を出た。

 必然、会場には供の女が残ったが、彼女は一度周囲を見回すと。

「友好国、汐径(セキケイ)の軍人として、後翼の皆様にお伝えしておく事があります」

 女はこう切り出すと。

「おそらく──、辛国軍は負けます」

──!?

「汐径は辛軍に対する備えを十分に行っています。次に砦が攻撃されたとしても、決して落ちることはないでしょう。我々は、その算段をした上で、あえて本日、ここに出向いた次第です。その意味を、友好国として(しか)とご理解いただきますよう、切に願い、此度の招聘に対する感謝の言葉とさせていただきます」

 なめらかに言って、頭を下げた。


 女はそれで(きびす)を返して広間を出たが、一同は、それを黙って見守る(すべ)しかなかった。

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