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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第三章 ~魔女の導き、兵士の成長~

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第16話 心懸かり

「中尉、本当に三人で──」

 成嬰(セイエイ)は言い掛けるとチラッと崔弱(サイジャク)に目をやり。

「実質、護衛二人になります。流石に不用心では?」

 と、鮑謖(ホウショク)に再考を促した。



 後翼(ゴヨク)国から招聘(しょうへい)を受け、鮑謖が旅立つことになった。

 成嬰は、供回りとして五、六人を選抜しようと考えていたが、当の鮑謖が半分でいいと言い。加えて、内一人に崔弱を指名した。

 成嬰も崔弱の、はしこい思考は知るところであるから、彼女を補佐に付けるのは(やぶさ)かでない。

 さはさりながら、護衛という観点では役に立たぬどころか、却って足を引っ張ることにもなりかねず、お供三人の一人にする事に、成嬰は軫憂(しんゆう)を禁じ得なかった。


 一方、鮑謖は自身の心配など一切無く。崔弱にサポートしてもらうのを前提に、その彼女を守る者を付ければいいと考えていた。

 また、鮑謖の個人的な楽しみのために、護衛(崔弱の)には口の硬い人物を選んでもらうよう、成嬰にリクエストもしていた。


 ()くすれ違いながらも準備は進み、出発の時を迎えた。



 しかるに鮑謖は具申を退け、総勢四人での旅路を決めた。

 尚も曇る成嬰の表情に。

──伍長のことが心配なんだな。

 と、先程の彼の視線から、鮑謖は()いた風に解釈した。

──ここは上官として、さりげなく安心させよう。

 などと、余計なことを考え。

「曹長。私たちの事は全く心配はいらない。多少の事には即応できる。むしろ私にとっては得意分野みたいなものだ。こちらは安心していい」

 そう言うと、周りを見回すようにして。

「今や成嬰曹長は守備隊の副隊長。名実ともに砦のリーダーだ。曹長は皆と共に、この砦の守りに集中して欲しい。繰り返すけど、こちらは気にしなくて大丈夫!」

 いつになく力強い言葉を発した。


 成嬰はそれに、じっと鮑謖を見つめていたが。

「はっ、了解しました!」

 彼もまた力の籠もった声で返した。

──うん。なんか硬くなっちゃったな・・

 思いのほか気合いの入った成嬰に、鮑謖は戸惑いながらも。

「あっ、キミキミ・・」

 一人の兵を手招きし。

「えーと、名前は何だっけ?」

「はっ、先越(センエツ)であります」

「そうそう──。先越は、なかなか機転が利くから。曹長も、あまり難しく考えずに、何かあったら彼に相談でもするといいよ」

 肩に力が入りすぎた感があると思った鮑謖は、成嬰が身に受けているであろう重圧を緩和すべく、他の者にも頼っていいんだと示した・・つもりである。



 鮑謖を取り巻く錯誤の呪いは、彼女だけでは飽き足らず、その周りにも触手を伸ばす。


 先越は確かに機転の利く者であった。

 これまでも、血まみれで戻った鮑謖のことを崔弱に知らせたり、村の外で発見した死体の身元を調べたりと、言われずとも適宜(てきぎ)動くことのできる男だった。

 さりとて、突出した才覚というには弱く、ちょっと要領のいい程度の者だったのだ。

 しかしここに来て、鮑謖の口から『機転が利く』と言わしめた事で、彼の周囲に変化が起きた。


──先越は、それほどの者だったか!


 この瞬間から先越は、鮑謖という傑人が一目置く力量、と認知された。そして、その期待と(おそ)れを含んだ瞳を、彼に向けることとなった。

 また、先越自身は、敬服する鮑謖の言葉は勿論のこと、周囲からの視線も相俟(あいま)って、強いベクトルで感化されるに至る。



 斯くの如く、兵たちの間で不思議な情動が起きていたが、全ての元凶たる鮑謖は気にも留めず。

──うん。今のは隊長ぽかったぞ。

 と、自己陶酔に浸っていた。


 ともあれ──。

 鮑謖、崔弱と護衛二名は、後翼国を目指して砦を出発した。

 移動は不安付きまとう馬車であったが、鮑謖は(さか)しくも二つの手を打っていたのだった。





 花文(カブン)は軍の編制作業をしていた。汐径(セキケイ)国北部の砦を攻略するためのものだ。

 前回の作戦では奇襲の意味合いが強く、砦攻めとはいえ、機動力のある兵員で構成されていた。足りぬ部分を補うため、魔法使いが二名配備されたが、一人は捕虜となり、もう一人は戦場で討たれた。

 今回は、じっくり囲んでからの戦いになると見込まれ、兵や兵糧は元より、砦攻めに使う物資の準備など仕事は多かった。

 先の敗軍を率いていたのが花質(カシツ)少佐であったが、砦での戦闘で行方不明となり、(シン)国軍では死亡したものとされた。

 花文は、その花質の弟である。



 辛国という国は、良くも悪くも伝統を重んじるところがあり、各所で古い習慣が残っている。

 家職、家業という考えも根強く。大工の子は大工に、学者の子は学者になる。そういう国だ。必然、軍人の家の者は、軍人にならざるを得ない。

 兄弟が多ければ、また違う選択も生まれるかも知れないが、そうでない場合は宿命に準ずる。



 兄の花質は激しい性格もあってか戦闘で活躍し、少佐にまで登った。次、砦攻略の功績で、中佐の椅子が決まっていた。かたや花文は、なんとか将校になったものの、軍という組織に彼の性情は合わなかったのか、特に出世することはなかった。

 しかし兄が死んだことで、その後継のような期待を掛けられ、花文は中尉に昇進した。

 そして、亡き兄弟の雪辱を果たす機会を与えようという動きが生まれ、花文は、次の砦攻めに参加することになってしまった。


 軍を率いるのは中佐であり、総勢は三百を予定している。

 砦の兵力は七十。今度は四倍で、攻め方三倍などの観点からも十分、加えて実力者と見られる指揮官不在を狙う作戦で、援軍の要請など許さない構えだ。

──負けるはずがない。

 思うのは花文だけではない。辛軍、それと共闘することになる後翼軍、皆が感じているところだ。


 しかしながら、花文には軫念(しんねん)があった。



「叔父上。私の参戦の手続きはしてくださいましたか?」

 声の主は花文の姪、花廉(カレン)だ。言うまでもなく、死んだ花質の娘だ。

「いや──、まだだ・・」

 花文は書類から目を離さずに応える。

「よもや、このまま有耶無耶(うやむや)にしてしまおうと、お考えではありますまいな!」

 花廉から鋭い怒気が発せられる。


 花廉は花文をして、とても兄の子とは思えぬほどの美麗な娘だったが、その性分は、確かに兄の血を受け継いでいると思わしむ激しさがあった。


「お前には学校があるだろう」

「またそれですか! 父のカタキを討つのに、私の立場は関係ありません。いえ──、関係あったとして、私は軍属です。手続きさえあれば、なんら問題はありません!」

 花廉の言うとおりだった。

 花廉は武官学校の学徒である。学徒は軍属になり、手続きによって一時的に部隊に編入することも可能だった。また、親の(あだ)討ちをするというのは、伝統的に辛国人の好む考え方でもあった。

 彼女の言に誤りはない。ないが──。

「問題ならある。お前は一人娘だ。もし、お前に何かあったら義姉上(あねうえ)はどうなる? 夫ばかりか、娘まで失うことになるのだぞ」

 花文はここで始めて花廉の方を見た。

 もしかしたら涙でも流しているかと、(うっす)ら考えていたが、彼の目に映ったのは、赫然(かくぜん)とした怒りの形相であった。

「母も軍人の配偶者になったからには、死別ぐらい覚悟しております。私に関しても同じです。斯様な世迷(よま)い言で惑わそうなどと、姪として情けなく思います!」

 花文の目を射貫くような、強い眼光を以て花廉は声を張る。顔を合わせたことで、尚のこと彼女の怒りが増してしまったようだ。

「お前の言ってることは理屈だ。そう割切れはせん」

「ならば叔父上の言葉は屁理屈です。結局の所、自分が負い目を負いたくないのを、(もっと)もらしく理由を付けてるだけです。只の牽強付会(けんきょうふかい)ですよ。あー情けない!」

──!!

 花文は穿(うが)たれたと感じた。

 それはまさしく図星で、詰まるところ、花文の我が身可愛さである。それを姪に言い当てられた無様に、花文は視線を下に向けざるを得なかった。

 だが花廉の方は、その辺りの機微を解しなかったのか。

「もういいです! 叔父上には頼りません。中佐殿に直談判するまでです!」

 叫ぶように言った。

 これに花文は諦観(ていかん)に至り。

「わかった──。ただ、お前の思うような仕事はないかも知れんぞ」

 と、言った。

「構いません!」

 感謝を期待したわけではないが、息巻く花廉に、花文は複雑な心境であった。



──『情けない』

 花廉が帰り、再び一人になった花文だったが、姪の言葉が頭の中でこだまして、しばらくの間、仕事が手に付かなかった。

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