第16話 心懸かり
「中尉、本当に三人で──」
成嬰は言い掛けるとチラッと崔弱に目をやり。
「実質、護衛二人になります。流石に不用心では?」
と、鮑謖に再考を促した。
後翼国から招聘を受け、鮑謖が旅立つことになった。
成嬰は、供回りとして五、六人を選抜しようと考えていたが、当の鮑謖が半分でいいと言い。加えて、内一人に崔弱を指名した。
成嬰も崔弱の、はしこい思考は知るところであるから、彼女を補佐に付けるのは吝かでない。
さはさりながら、護衛という観点では役に立たぬどころか、却って足を引っ張ることにもなりかねず、お供三人の一人にする事に、成嬰は軫憂を禁じ得なかった。
一方、鮑謖は自身の心配など一切無く。崔弱にサポートしてもらうのを前提に、その彼女を守る者を付ければいいと考えていた。
また、鮑謖の個人的な楽しみのために、護衛(崔弱の)には口の硬い人物を選んでもらうよう、成嬰にリクエストもしていた。
斯くすれ違いながらも準備は進み、出発の時を迎えた。
しかるに鮑謖は具申を退け、総勢四人での旅路を決めた。
尚も曇る成嬰の表情に。
──伍長のことが心配なんだな。
と、先程の彼の視線から、鮑謖は利いた風に解釈した。
──ここは上官として、さりげなく安心させよう。
などと、余計なことを考え。
「曹長。私たちの事は全く心配はいらない。多少の事には即応できる。むしろ私にとっては得意分野みたいなものだ。こちらは安心していい」
そう言うと、周りを見回すようにして。
「今や成嬰曹長は守備隊の副隊長。名実ともに砦のリーダーだ。曹長は皆と共に、この砦の守りに集中して欲しい。繰り返すけど、こちらは気にしなくて大丈夫!」
いつになく力強い言葉を発した。
成嬰はそれに、じっと鮑謖を見つめていたが。
「はっ、了解しました!」
彼もまた力の籠もった声で返した。
──うん。なんか硬くなっちゃったな・・
思いのほか気合いの入った成嬰に、鮑謖は戸惑いながらも。
「あっ、キミキミ・・」
一人の兵を手招きし。
「えーと、名前は何だっけ?」
「はっ、先越であります」
「そうそう──。先越は、なかなか機転が利くから。曹長も、あまり難しく考えずに、何かあったら彼に相談でもするといいよ」
肩に力が入りすぎた感があると思った鮑謖は、成嬰が身に受けているであろう重圧を緩和すべく、他の者にも頼っていいんだと示した・・つもりである。
鮑謖を取り巻く錯誤の呪いは、彼女だけでは飽き足らず、その周りにも触手を伸ばす。
先越は確かに機転の利く者であった。
これまでも、血まみれで戻った鮑謖のことを崔弱に知らせたり、村の外で発見した死体の身元を調べたりと、言われずとも適宜動くことのできる男だった。
さりとて、突出した才覚というには弱く、ちょっと要領のいい程度の者だったのだ。
しかしここに来て、鮑謖の口から『機転が利く』と言わしめた事で、彼の周囲に変化が起きた。
──先越は、それほどの者だったか!
この瞬間から先越は、鮑謖という傑人が一目置く力量、と認知された。そして、その期待と畏れを含んだ瞳を、彼に向けることとなった。
また、先越自身は、敬服する鮑謖の言葉は勿論のこと、周囲からの視線も相俟って、強いベクトルで感化されるに至る。
斯くの如く、兵たちの間で不思議な情動が起きていたが、全ての元凶たる鮑謖は気にも留めず。
──うん。今のは隊長ぽかったぞ。
と、自己陶酔に浸っていた。
ともあれ──。
鮑謖、崔弱と護衛二名は、後翼国を目指して砦を出発した。
移動は不安付きまとう馬車であったが、鮑謖は賢しくも二つの手を打っていたのだった。
花文は軍の編制作業をしていた。汐径国北部の砦を攻略するためのものだ。
前回の作戦では奇襲の意味合いが強く、砦攻めとはいえ、機動力のある兵員で構成されていた。足りぬ部分を補うため、魔法使いが二名配備されたが、一人は捕虜となり、もう一人は戦場で討たれた。
今回は、じっくり囲んでからの戦いになると見込まれ、兵や兵糧は元より、砦攻めに使う物資の準備など仕事は多かった。
先の敗軍を率いていたのが花質少佐であったが、砦での戦闘で行方不明となり、辛国軍では死亡したものとされた。
花文は、その花質の弟である。
辛国という国は、良くも悪くも伝統を重んじるところがあり、各所で古い習慣が残っている。
家職、家業という考えも根強く。大工の子は大工に、学者の子は学者になる。そういう国だ。必然、軍人の家の者は、軍人にならざるを得ない。
兄弟が多ければ、また違う選択も生まれるかも知れないが、そうでない場合は宿命に準ずる。
兄の花質は激しい性格もあってか戦闘で活躍し、少佐にまで登った。次、砦攻略の功績で、中佐の椅子が決まっていた。かたや花文は、なんとか将校になったものの、軍という組織に彼の性情は合わなかったのか、特に出世することはなかった。
しかし兄が死んだことで、その後継のような期待を掛けられ、花文は中尉に昇進した。
そして、亡き兄弟の雪辱を果たす機会を与えようという動きが生まれ、花文は、次の砦攻めに参加することになってしまった。
軍を率いるのは中佐であり、総勢は三百を予定している。
砦の兵力は七十。今度は四倍で、攻め方三倍などの観点からも十分、加えて実力者と見られる指揮官不在を狙う作戦で、援軍の要請など許さない構えだ。
──負けるはずがない。
思うのは花文だけではない。辛軍、それと共闘することになる後翼軍、皆が感じているところだ。
しかしながら、花文には軫念があった。
「叔父上。私の参戦の手続きはしてくださいましたか?」
声の主は花文の姪、花廉だ。言うまでもなく、死んだ花質の娘だ。
「いや──、まだだ・・」
花文は書類から目を離さずに応える。
「よもや、このまま有耶無耶にしてしまおうと、お考えではありますまいな!」
花廉から鋭い怒気が発せられる。
花廉は花文をして、とても兄の子とは思えぬほどの美麗な娘だったが、その性分は、確かに兄の血を受け継いでいると思わしむ激しさがあった。
「お前には学校があるだろう」
「またそれですか! 父のカタキを討つのに、私の立場は関係ありません。いえ──、関係あったとして、私は軍属です。手続きさえあれば、なんら問題はありません!」
花廉の言うとおりだった。
花廉は武官学校の学徒である。学徒は軍属になり、手続きによって一時的に部隊に編入することも可能だった。また、親の仇討ちをするというのは、伝統的に辛国人の好む考え方でもあった。
彼女の言に誤りはない。ないが──。
「問題ならある。お前は一人娘だ。もし、お前に何かあったら義姉上はどうなる? 夫ばかりか、娘まで失うことになるのだぞ」
花文はここで始めて花廉の方を見た。
もしかしたら涙でも流しているかと、薄ら考えていたが、彼の目に映ったのは、赫然とした怒りの形相であった。
「母も軍人の配偶者になったからには、死別ぐらい覚悟しております。私に関しても同じです。斯様な世迷い言で惑わそうなどと、姪として情けなく思います!」
花文の目を射貫くような、強い眼光を以て花廉は声を張る。顔を合わせたことで、尚のこと彼女の怒りが増してしまったようだ。
「お前の言ってることは理屈だ。そう割切れはせん」
「ならば叔父上の言葉は屁理屈です。結局の所、自分が負い目を負いたくないのを、尤もらしく理由を付けてるだけです。只の牽強付会ですよ。あー情けない!」
──!!
花文は穿たれたと感じた。
それはまさしく図星で、詰まるところ、花文の我が身可愛さである。それを姪に言い当てられた無様に、花文は視線を下に向けざるを得なかった。
だが花廉の方は、その辺りの機微を解しなかったのか。
「もういいです! 叔父上には頼りません。中佐殿に直談判するまでです!」
叫ぶように言った。
これに花文は諦観に至り。
「わかった──。ただ、お前の思うような仕事はないかも知れんぞ」
と、言った。
「構いません!」
感謝を期待したわけではないが、息巻く花廉に、花文は複雑な心境であった。
──『情けない』
花廉が帰り、再び一人になった花文だったが、姪の言葉が頭の中でこだまして、しばらくの間、仕事が手に付かなかった。




