第13話 賊を討つ
戟塵が見えた。
それはそこでの戦闘を示すもので、同時に賊徒の発見を知らせる合図でもあった。
砦の騎兵、十騎の一隊は急ぎ馬を走らせる。
その中には、成嬰に是非にと志願した、件の村出身の兵もいた。
彼は自分の村が賊徒の襲撃を受けるかも知れない事態に、憂悶を禁じ得なかったが、鮑謖の素早く果断な下知に希望を強く持ち、彼女の言を伝えるべく必死に駆けた。
その後、郷里を守るため、疲れを押して参戦した。
距離が縮まり、賊の姿がはっきりと見てとれた。
──俺が村を守る!
兵の強い思いは、僚友たちにも伝播し、十騎の一団は闘魂を滾らせた。
響く爪音に、賊も気付いたようだが、どうしたか混乱している。その様を見て騎馬たちは勝機を感じ、況して気合いを入れ敵に突っ込んだ。
その一撃で勝敗は決した。
騎兵が賊を貫き、防戦を耐え抜いた歩兵が反撃に転じ、賊は惑乱のままに討たれた。三分の一ほどがやられると、彼らは我先にとバラバラになって逃げ出した。
賊は二十ほどで、流石に全ては追いきれないと思われたが、そこにもう十騎の騎兵が駆け付け、賊を余すことなく討ち取った。
兵たちは賊を全て倒したことを自得すると、誰ともなしに声を上げ、それは喊声となった。
日は落ちた。
──もういいだろう。
男は移動を再開した。
軍は十人ちょっとの編制を複数展開している。これは賊徒の探索を任務としてると思われるが、それでも十人という数は、かなり少ない方である。現に一部隊だけでは、賊に対して守勢を強いられる戦いになっていた。このことから──。
──おそらく砦の兵だ。
男はそう結論付けた。
砦のことを詳しく知るわけではなかったが、規模から考えて戦力は五十人ほどと見立てられるから、それを複数分けた場合、十人ぐらいが最小単位になるとの計算だ。
これらを踏まえ、男が取った行動は恂門の街を目指すというものだった。
恂門には、この地方の軍営があり、賊徒としては近づきたくない場所であったが。今や男は只の一人であるからして、人混みに紛れることで、やり過ごそうと考えた。
また、賊徒討伐が砦の作戦ならば、恂門に近づくだけ、彼らの探索範囲から外れる可能性があった。管轄範囲というわけではないが、恂門の方まで兵を配するぐらいなら、端から援軍を頼むはずだ。そして、軍営が関わっているなら、十人部隊などにはならないだろう。
──!
男は咄嗟に身をかがめた。馬が嘶いたように聞こえたのだ。
しかし、跫音の類いは聞こえない。
──待ち伏せか。
思ったが、伏せるような場所は小さな岩陰ぐらいしかない。
ヒヒィー。
今度は、はっきりと聞こえた。方向はその岩からで間違いない。
──流石に伏兵なら間抜け過ぎる。
男は仕掛けは無いと断じ、素早く声の元へと駆け付けた。
「ハハッ──。幸先いいじゃないか」
男は岩陰に止められていた馬を見つけた。
「お前も、こんな所で独りで寂しかったろ。はぐれ者どうし仲良くやろうぜ」
男は馬に、そう話しかける。
彼は同士としたが、馬は辛国諜報員に置いていかれた者で、男自身は自分の手下たちを敵前に置き去りにした者だ。互いに独りでも、似て非なる関係だった。
気をよくしたのか、男はそれまでの警戒心をゆるめて、馬に乗って道なりに進んだ。
総じて緊張感の持続など難しい話であるのは当然として。男が戦闘の際に、砦の兵が使っている軍馬を見たことも関係していた。彼らの馬は重種に属するもので、速度はそれほど出ない。その点、男が見つけた馬は軽快に駆けるタイプであった。
仮に軍に見つかるような事があっても、馬を疾駆させれば振り切れるとの公算だ。
視点が高くなったせいか、それとも小気味よく進むのが影響したか──。
──馬があるなら、王都に行ってみてもいいな。
今日明日の話ではない。
先々の事として、都会に出て、新たな人生を歩むこともあるかも知れないと、男は夢想した。
そんなときだった。
男の進路に幾つかの人影が立ちはだかった。そして間、髪を入れず槍を伸ばしてくる。
不意に起きた出来事に慌てたのは男ばかりではない。
馬は只の移動用のそれであり、軍馬としての調練は受けていない。急に前を塞がれ、何かを突き出された絵面に、背中の事など忘れ棹立ちになって逃れようとした。
男は勢いよく投げ出された。
さりとて、男も匪賊の首領を張っていた者、度胸と機転は十人並みではない。咄嗟に体をひねり受け身から転がることで衝撃を分散させ、併せて妨害者たちから距離を取った。
男は状況を把握する。
──こんな所にも網を掛けるか。
やはり数は十人ほど。砦の兵であろう。
兵たちは男を取り囲もうとしてくるが、その動きの乗じて男は疾く間合いを詰め、剣を抜き放つ。狙われた兵は不利とみたか、槍を手放し後ろに飛びつつ剣に手を掛けた。
男は拘らず、兵の捨てた槍を短く左脇に挟むように持ち、すぐさま近くの兵に襲いかかる。突き出された槍を右の剣で打ち払い、続けて左の槍で攻撃する。相手は躱しきれず腕を負傷した。
「ハッ──、どうということはない!」
男はあえて嘯く。
己を十人力などとは思っていない。だがそれでも場数は踏んできている。そこいらの兵に負けはしない、という自負は勿論、一対多を乗り切る奇想もあった。
──あれと同じ風にすればいい・・
男の脳裏には村での一幕がある。
たった一人に味方が続けてやられる様子は、心胆を寒からしむに十二分な光景で、二割が倒れた時点で戦意は消えてしまっていた。
今この場で十人を倒すのは難しいが、二人か三人なら不可能ではないし、そうなれば敵には活命への欲が出てくるだろう。あとはハッタリで押し通せばいい。
──既に腰が引けている。
男の攻勢で、敵兵には、やや逡巡の気配があった。
「弱いな! この程度か!」
ここぞとばかりに吠える。
「惑わされるな。二人一組だ」
男に傾きかけた流れを修正する、落ち着いた声が響く。
声の主は馬に乗った者、他の兵よりかは上官に位置するように見える。
──コイツが指揮官か。
思った途端、湧いてくる屈辱的な感情。
兵を、部隊を、軍を駒のように動かし、人を手玉にとって悦に浸る輩。男の中で指揮官という単語は、彼が厭悪する用兵家と略同義であった。
──偉そうに見下ろしやがって!
男は一度、近くの兵に仕掛ける動きを見せると、バッと向きを変え、一気に指揮官の所まで迫った。
「さっきの礼だ!」
男は槍で指揮官を狙うと同時に、剣で馬を傷付けんとした。それで馬が暴れて、指揮官が落ちることを期待したのだ。
しかし指揮官は剣で槍を打ち払いながら、馬を上手に操り、男の思惑を外した。
「何でもありか」
指揮官は言いながら滑るように馬を下りると、一切のつなぎ目なく這うように低い体勢から飛び出し、地面を擦るような鋭い切り上げを放った。
男は辛うじて剣をあわせたが、相手の斬撃は極めて重く、自分の剣ごと押されて手を離さざるを得なかった。なんとか反撃をと思ったときには振り下ろしが来ていて、槍の柄で受けるが、その剛なる刃は両断するにとどまらず、男の肩から胸を切り裂いた。
「傷はどうだ?」
「腕のみです。深いですが、大事はないかと」
成嬰は返答に頷きながらも。
「ここからなら恂門の軍営の方が近い。そこで診てもらえ」
そう言って負傷兵を自分の馬に乗せ、もう一人の騎兵を先導役にする形で向かわせようとした。
「自分のために、そこまでする必要は・・」
兵は恐縮して言ったが。
「どのみち軍営には報告するんだ。これはついでだ」
成嬰は明るく返して、彼らを恂門へ走らせた。
「軍曹。付近に、賊らしき姿は見当たりませんでした」
索敵させていた者が報告する。
「そうか。ご苦労さん」
成嬰は言って、自分が斬った男に目を落とした。
「やはり、只者じゃありませんでしたね」
彼の視線にあわせて近くの者が言った。
「ああ・・」
成嬰は男を見たまま、噛みしめるように相槌を打った。




