第11話 棒折の魔女
「あー。絶妙ですね、この味わい」
鮑謖は相変わらず、お茶を堪能している。
──指図だけして、この女は何をやってるんだ?
村長はその姿に、やや鼻白んだ。
砦の隊長で中尉というから大層な者かと思っていたが、命令だけして、自身は間抜け面して茶を啜っている。村の者にも、何にするつもりか知らないが、棒を集めさせ、後は戸締まりしていればいいと言う。
──賊を討伐する意思があるのは、ありがたいことだが・・
村長には鮑謖の意図が全くわからず、その事で、近い将来に関して不安を抱かざるを得なかった。
ちなみに集めた棒は、空の樽にまとめて突っ込んで家の外に置いてある。
ガタッ──。
不意に鮑謖が立ち上がった。
「ど、どうしま──」
「来たみたいだ」
村長の質問が終わる前に鮑謖は返答した。
そして残ったお茶を飲み干し。
「私が出たら、終わるまで閉め切っておくんだ。いいね?」
村長や家人たちが頷くと。
「うん」
と、だけ言って鮑謖は家の外に出た。
──賊じゃない可能性もある。
鮑謖の脳裏には辛国軍の別働隊がある。今回も同じとまでは思うまいが、小さな村に、自分が訪れたタイミングで斥候らしき者があらわれるのは、彼女としても訝しむべき話だった。
──賊なら家を襲う。違うなら、私が標的だ。
今、村を囲む集団の気配を察知し、鮑謖は自らを彼らの視線に晒すことで、その正体を知らんとした。
果たせる哉、襲撃者たちは、その目途を鮑謖に定め、討ち取らんとばかりに殺到した。
女が一人出てきた。
「あいつです。二騎で来た内の一人です」
昼間、偵察にやっていた手下が指差して言う。
「おい、ありゃ只の兵じゃないぞ」
「将校ですぜ。ここ汐径の」
他の手下もそれぞれ言う。
──そればかりではない。
首領もまた女の衣装を気にしたが、将校云々よりも、騎乗には不向きであろう丈の長さに着目した。
「お前ら気を引き締めろ! あれは魔法使い、魔女だ。あの樽に入ってるのは杖か、どうかわからんが。なんにせよ、あれ一人で二十人相当の戦力だ」
首領は言ったが、同時に。
──護衛はどうした?
魔法は強力だが、溜めの時間が必要であり、その間を守る守兵がセットになるのが常だ。だが見る限り、女は一人きりでいて、彼はそれを怪しんだ。
「お頭、馬がありません。一頭だけです。一人はどっかに行ったんじゃねーですか?」
手下の指摘に。
「よし! 魔法撃たれる前に速攻で魔女を殺る。誰もいい、アイツの息の根を止めろ! いいか、女だからって変な欲を掻くんじゃねーぞ」
首領は方針を示すと共に、手下に釘を刺す。
魔法使いは杖を以て魔法を使うが、まれに何もなくても使う者もいた。件の女は将校であるから、単なる一魔法使いよりも上位の可能性があり、下手に捕らえようものなら、隙を見て魔法を使われる虞もあると考えられたからだ。
「魔法使いさえ始末すれば、あとはどうとでもなる」
首領の予断は、軍とも刃を交えた経験豊富な手下たちも共感するところであった。
「速攻だ! かかれ!!」
首領が号令を発するや否や、賊徒たちは駆け出し、我先にと魔女に爪牙を向けた。
剣や槍で武装した男たちが自分に向かってくるのを見て。
──あー。やっぱ私が巻き込んじゃった・・
鮑謖は思った。
猟師が見たというのは賊ではなく、砦の隊長の自分を監視する者だったのだろう。それはおそらく、先日戦った辛国に属する何かだ。相手は襲撃を考えていたが、騎乗では走って逃げられる虞があった。だから、馬を下りた機会を逃すまいとした。結果、自分が村に立ち寄ったせいで、村を巻き込んでの騒動になってしまった。
斯様な鮑謖の思考は、一周回って半分正解という奇妙な現象を引き起こした。
──村の皆さん。申し訳ない・・
鮑謖は心の中で謝罪しながら棒を二本取る。
千鈞の杖は重くて馬がへたばってしまうので持ってきてはいない。だから、集めてもらった棒が彼女の武器となる。
既に第二章。今更ながらになるが、重要な事なので、ここに明記しなければならない。
鮑謖は、成嬰、崔弱、その他大勢が思った魔法使い、魔女ではない。
彼女は単に怪力なのだ。いっそ力しか能がない程だが、その力ゆえに武官学校へ進学した。
しかし力みすぎるのか、剣を持てば曲げ、槍を構えれば折った。弓は引けたが、遠くに飛ぶだけで的に当たった事はなかった。
そんな鮑謖が唯一まともに扱えたのが棍棒だった。ただそれでも、まぁまぁ壊すので、見かねた教官が軍の倉庫から見つけてきたのが、例の千鈞の杖である。
その由来は、昔の力自慢が、とにかく重くて頑丈な武器をと注文して出来た物で。作ったはいいが、重すぎたのか、とうの本人も数回振っただけで「もういいわ・・」となった代物である。嘘か真か、千金を出して拵えたという話からもじって、千鈞の杖と呼ばれるようになった。
言わずもがな、崔弱が頭に浮かべた仙禽だの神話だの魔力がどーとかは、全く関係ない。
鮑謖が卒業し、少尉になったとき将校服が支給されたが、杖を持つ彼女の姿に『魔法使いか』と係の者が勘違いしてローブ型を渡した。鮑謖も『あれ?』と思ったが、どうせ馬に乗れないしと気にせずそれを着続けた結果が、今の姿である。
詰まるところ、鮑謖は、魔法使いとは似ても似つかぬ、前衛型の兵士である。
鮑謖は左右の手に棒を持った。別段、二刀流というのでもない。折れるのを見越しているのだ。
敵が三歩先まで迫る。
瞬間、鮑謖はスッと沈み込むと同時にバッと疾く間合いを詰め、左で一人、右で二人を打ち払う。右手に持った棒は衝撃で折れてしまうが、鮑謖は左のそれを両手で持って、続く槍持ちの突き出しを大きく往なして、体勢が崩れたところに棒を叩きつけた。
棒は両方とも折れ、鮑謖は樽から新しいのを、また二本抜く。
敵も、その隙を逃すまいと攻め寄せるが、鮑謖は足を払うように薙いで相手を転ばした。倒れた者たちが堰となって後続の足を止め、そこを鮑謖が連なる攻撃で仕留めていく。
十と何秒だろうか。
攻め手は、あっという間に八人が伏することとなり、彼らは何をする可くもなく逡巡した。
そして、再び鮑謖が二本の棒を手にしたときには、彼らは踵を返して駆け出していた。




