第1話 新隊長
「軍曹。あれって馬車ですよね?」
「んなもん見ればわかるだろ」
成嬰は崔弱の問いに怪訝な表情で返す。
「いや──。普通、隊長っていったら騎馬か、兵車に乗ってくるもんじゃないんですか?」
彼女は修正して再び問う。
「じゃあ定年間近のパターンだな。こんな──」
「あー、そういう事もあるんですね」
成嬰が言い終わる前に、崔弱は勘良く諸事情を察した。
しかるに成嬰としては説明しかけた感じが消化不良で、崔弱が理解していようといまいと関係無しに、最後まで言い切ることを、彼は選択した。
「こんな辺境に配属になる奴は、大別すれば二つ。落伍者か定年だ。前者は武官学校をギリギリで出たとか、どっかで下手こいて飛ばされたとかだ。この場合は、お前が言うように騎馬で来る。じゃなきゃ格好が付かない、そういう奴ほど変にプライド高いからな。だが後者、退官間近の奴らは格好なんて付けん。大概、内勤組が最後に指揮官でしたって箔をつける異動だから、のんびり馬車に揺られて来るわけよ」
言いたいことを言ったためか、成嬰は満足そうにした。
南に海を持ち、東西を結ぶ街道の国、汐径。
ここは、その北東部国境の丘陵地帯に建てられて砦。
砦の兵は七十名で、大半は地域の村出身の地元民でもあるが、指揮官である隊長は中央から派遣されてくる将校が務めていた。
前任の隊長が退官したため、本日、新たに隊長が赴任することになっている。異動者に関する情報は、階級が少尉ということだけで、男か女かすら連絡が無かった。
現在、成嬰以下六十名ほどが、その新隊長を出迎えるために砦内の広場に集まっていた。門は開かれた状態のため、向かってくる馬車の姿が見えて、前述の会話が起きた。
馬車が広間に止まると乗客は自ら扉を開けて降りた。
──魔法使いか?
第一感、成嬰がそう思ったのは、降りてきた女がローブ型の将校服をまとい、身の丈ほどのゴツゴツとした杖をついていたからだ。
──それで馬車か。
定年前の人間という成嬰の推理は外れてしまったが、騎馬ではないことに一定の納得は持った。しかし、おかしな所もある。
──魔法使いってのは中央管理じゃなかったか?
魔法を使う者は希少な存在であり、その所属は本営になる。地方の軍営に配属される事すら珍しく、一時的であったから、まして辺境の砦などに常駐となるのは訝しむ出来事であった。
ともあれ。
まずは上官に挨拶をしなければと成嬰が思ったとき。
魔女はスッと手をかざして、無言で待てと合図した。
そして周りを見渡し、小走りで広場の隅にある木の陰の所まで行って──。
「オゥエェェ・・ゲロゲロゲロ・・」
魔女は盛大に吐いた。
──ええぇ・・
広場に集まった者の心が一つになった瞬間だった。
ペッペッ・・っと、魔女は口の中の不快感を唾と共に捨てている。
「ぐ、軍曹・・」
「言いたいことはわかるから、今は黙っとけ」
崔弱の言葉を遮る成嬰。
どんなに無様であっても、上官は上官。相対すれば、そこに敬意を示さねばならない。
魔女は出す物を出し終えたのか、スタスタと歩き、広場の兵一同の前に立った。その表情は何事もなかったようにスッキリした面持ちである。
成嬰は一度咳払いをしてから一歩前に出て。
「成嬰軍曹であります。砦の兵を代表し、少尉殿に御着任の挨拶をさせていただきます」
「うん。御苦労」
魔女はそう応じたあと。
「最初にひとつ訂正がある。私は先日昇任し、今は中尉だ。赴任の辞令の後だったので、まだ連絡が来てないだろう」
言いながら襟元と肩にある階級章を指差した。
「し、失礼しました!」
これには流石の成嬰も慌てたが。
「うん。大丈夫だ。さっきのアレで、皆もそれどころではなかっただろう」
魔女は穏やかに言うと、姿勢を正して。
「本日付でこの砦の指揮を任された鮑謖だ。見ての通り馬にも乗れん若輩者ゆえ、至らぬ点もあるかと思うが、よろしくたのむ」
「はっ、おそれいります──。一同、中尉殿に敬礼!」
成嬰の言で一斉に礼をし、飽謖も同じく返して挨拶は終わった。
鮑謖は自室となる部屋に荷物を置くと、中から分厚い本を取り出して隣の執務室に入る。その後ろには崔弱が続いている。
「えーと、崔弱伍長だったか。君が内務方のまとめ役という事でいいのかな?」
「はい。といっても実際は事務仕事をしてる他四人以外は、一応の報告を受けるだけですが・・」
「うん。文字通りの伍長ってわけだ」
鮑謖はそう言いながら杖を机に立てかけた。
しかし角度が悪かったのか、杖はズンッと音を立てて倒れてしまった。
「あっ、ごめんごめん・・」
言った鮑謖が動く前に。
「いえ、私が拾います」
と、崔弱が杖を持とうとするが。
──!?
杖は恐ろしく重く、崔弱の力では持ち上がることは叶わなかった。
「なっ? えっ!? これ?」
混乱している崔弱に。
「ハハッ。たぶん、それは私にしか持てないよ」
鮑謖は言ってしゃがみ込むと、片手で杖を持ち上げた。そして──。
「これは千鈞の杖、普通の力では持つことはできないよ」
と、言った。
しかしながら、ここでおかしな誤解が生じた。
崔弱は、鮑謖の事を魔法使いだと思っている。いや、彼女だけではなく砦の広場にいた兵達はみな思ったはずだ。加えて、崔弱は勘にまかせて、先に先にと考える傾向がある。
それ故に、鮑謖の言葉は崔弱には──。
『これは仙禽(仙界の霊鳥)の杖、普通の力(腕力)では持つことはできないよ』
と、聞こえた。
──神話の杖だ!
魔法は霊鳥が授けたもの、という説話があり、その中で枝を渡して杖とする一節が出てくる。
崔弱は、その名を冠するところから杖は特別な力を宿した物で、おそらく魔力を持たない者には扱えない代物ではと考えた。事実、彼女の力ではびくともしなかった。
しかも、鮑謖が『私にしか』と言ったからには、他の魔法使いであっても難しいと推測でき。その事から、鮑謖は魔法使いの中でも卓爾たる存在ではないかと、崔弱は思った。
──そういえば・・
「中尉。つかぬ事を伺いますが、まだ武官学校を出られて間もないのに、昇任されたのはどうしてなのでしょうか?」
崔弱は自身の推考を裏付けるための問いを放った。
鮑謖は。
「うーんとね、賊を退治したんだよ。王都の西の方に巣くってた連中をさ。まぁ、たまたま出くわして叩いたんだけど、名代の悪党だったらしくて。それが評価された感じかな」
思い出し考えるように語った。
──間違いない!
崔弱は確信を持った。
鮑謖は成嬰が言ったような落ちこぼれた存在ではない。むしろ優秀な指揮官で、魔法使いとしても抜きん出ているに違いないと。
そして同時に──。
そんな人物が、こんな小さな砦に配属になるには、何か深い理由があるのではと考えた。
これらは全て、崔弱の先走った思い込み、彼女ひとりの妄想でしかなかった。
なかったはずだが・・
どういうわけか? 真実に近いものとして広まっていく事になる。




