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5話 聖剣の中の人

 ルシアン殿下の説明によると、聖剣ルークセイバーの中の世界では、昼夜はあるものの、気候は常にポカポカ。食事は要らず、快適に過ごせるらしい。

 

 まさに天国!塔にいる時にいちばん厄介だった、空腹という症状に悩まされる事もないなんて、最高じゃない!?

 皆は食事の楽しみがないと嘆いていたけど、フィオラにとっては、豪華な食事なんて夢のまた夢。現実味がないわ。それよりも、実のなる木はないかしら?フィオラの魔法で美味しい実を育ててあげるわ!

 

 森の動物達は依頼を待つ間、手に入れた報酬(ローラン殿下によってスピリッツポイントと名付けられた)の使い道を考えるのに夢中らしい。

 どの世界でも、ステの振り分けは心ときめく作業だ。黒くなりたいだの、大きくなりたいだの、長くして欲しいだの……。強く願えば、鏡のように理想の姿が目の前に現れ、了承すると翌日には進化できるという。

 

 色々と試した結果、願いは色や形の様な分かりやすい特徴が反映し易いって事まで分かっていて、上手くやればヒヨコから竜へ!なんてのも夢じゃないらしい。

 フィオラは早速、切り株の上のテーブルを回りながら、自分でもこなせる依頼を真剣に探していた。何故なら……。

 

 ぴよぴよ……。フィオの口から出てくる言葉はそれだけ。この剣の中の世界では、一般的な使い魔である白い鳥以外は、どんな動物でも喋れるのに、フィオだけぴよ語!?

 

「小鳥ちゃん、焦る必要はないよ。君の事は僕が守るからね」

「ぴよぴ――!!びよぴよぴ――!」

 殿下ぁぁ――!なんて優しいの!?

 フィオラを庇ってここに送り込まれてしまったというのに、どこまでもローラン殿下は優しい。

 でもフィオラは自ら望んで使い魔になったのだ。他人の手を煩わせるなどもってのほか。巻き込んでしまったローラン殿下に迷惑なんてかけられない。

 フィオラはフルフルと首を振って辞退したのだけど。

 

「うーん。ならば僕のことだけ特別に、ローラン!って呼んでくれないかい?そうすれば、喜んでお手伝いさせて貰うよ?」

 ローラン殿下は恭しく金色の羽を差し出してくる。

 確かにフィオラはまだヒヨコだ。大きくなるまでは手伝って貰えると助かるのだけれど……。フィオラがこの手を取ってもいいのだろうか。

 

 その時ふと、前世の家族の顔が思い浮かんだ。


 自分の事しか考えていなかった私は、家族の伸ばしてくれた手を拒み続けた。その結果……。

 ――何もしてあげられなくてごめんね。

 家族は後悔の涙を流す事になったのだ。悪いのは、心を閉ざした私の方なのに!

 ……そうよ、フィオラ。前世と同じ間違いをするつもり?

 

「ぴーぴよ?」

 フィオラは震えながらも羽を差し出した。自分から誰かにアプローチするなんて初めての事。これが本当に正解なのか分からなくて、ローラン殿下の顔も見れない。

 でも今世では、誰かに後悔なんてさせたくない。手を貸してくれた分、フィオラも返せるように頑張るから!


 顔を上げれば、ローラン殿下の鷹の目が、優しくすぼまれていた。

「ふふっ。これで僕は小鳥ちゃんの下僕さ」

 ……え?下僕?

「ぴ……ぴよ?」

 本当にこれでいいの!?

 

「総長!そのヒヨコは何処で見つけたんですか?」

 声のデカイワンコが、大きな切り株に登ってきた。不躾にフィオを嗅ぎ回る。

「我々以外の使い魔は、知性や感情を持たないただの白い鳥だけです!この様にぴよぴよと鳴くだけの飛べない鳥など見た事がありませんよ!?」

「その声は……マックスかい?」

 マックスよ。ハアハアしてて、超怖いんですけど!……チワワだけど。

 

「はい!殿下!警備長のマックス・ハードックです!!まだ子犬ですが!!!」

 それはチワワよ、子犬じゃないの。それ以上は大きくならないわ。

 

「ふふ、その姿も素敵だよ。だから不審がらずに、同じ使い魔仲間として小鳥ちゃんとも仲良くしてあげて欲しいな。誰もが望んだ姿になれる訳ではないのだからね」

「しかし殿下。我々はこの者を知りません!!」

「そうだね。だが彼女の身元については保証するよ。ほら見てごらん。ここに可愛いネックレスをしているだろ?」

 

 そう、フィオラの首には、母エイルのネックレスがかかったままだったのだ。ヒヨコにフィットするサイズで!

「恐らくこれはエルフの手によるものだ。小鳥ちゃんがエルフに護られた特別な存在だという証拠だよ」

 あら殿下、分かってくれる?

 

「おお!本当だ。聖剣の中の世界で、現世の物など見た事がありません!!これはエルフの国ユグドの宝石でしょうか。創世の四大王がひとり、リジル王の加護かもしれませんね!!!」

 チワワのマックスの大きな声に、他の動物達も集まって来た。

「おお……本当だ……」

「エルフの加護か。凄いな……」

 いやいや、そこまでは……ふへへ。

 フィオラはちょっと気分が良くなって胸を張った。

 このネックレスは、母が夫から貰った物なのよ!って……他人じゃん。

 

「どうしてでしょうか、異様に愛でたい衝動に駆られるんですが……」

 艶のある声に目を向ければ、ハリネズミがツンケンした表情でフィオを観察していた。

「総長。怪しくはないですか?このヒヨコは我々に面倒をみさせる為に、わざと言語障害を装っている可能性がありますよ。……あ、私は治療師長のテオドール・プラットです」

 ヒヨコの言語障害?わざとですって!?

 治せるもんなら、治してみなさいよ!!

 

「テオドールか。ふふっ。君らしくもなく、かなり尖ってるね」

 ハリネズミなだけに?

「はい。ここに来た時点で魔力を失い、少々尖ってしまいましたが、これでも治療師。傷はつけないと約束しますので、私に預けて観察させてはくれませんか?」

 心の状態が姿に反映したのね。でもフィオ、串刺しは嫌!

 

「テオドール。素晴らしい提案だけど、僕の主人は自分の力で守りたいんだ」

 殿下、本気でヒヨコの下僕になるつもり?

「そうですか……総長が言うのなら仕方ありませんね」

 

 この場所にいる人たちは、フィオラが他国から来た化け物だって事を知らない。だから、唯一フィオラを知るローラン殿下が大切に扱ってくれれば、怪しくても特別待遇になるのだ。

 

 フィオはもう隠れなくてもいいのよ!それって最高じゃない?……騙してるみたいで、ちょっと良心は痛むけど。

 でもここにいる間だけは、フィオラも皆と同じ使い魔だ。仲間になれたみたいで、フィオラはちょっと嬉しくなった。

 

「そういえば、魔導師長のジェレミー・レプスも聖剣ルークセイバーの餌食となっていたね。彼も魔力を失ったのかい?」

 隊長クラスがまだいるの?

「ああ、気の毒な事ですが……。そこで不貞腐れて寝てますぜ」

 猫のモーリスが広場のど真ん中でヘソ天しているカワウソを指した。これが……隊長クラス?


「気の毒に……守衛隊長のフォルクマー・ラクーンは無事かい?」

「ワシならここにおるぞい!」

 野太い声のアライグマが、胸を叩いた。

「技師長のウッツ・サールも、そこに居ますぜ!」

「忘れられちゃあいねぇようですな!我が君よ!」

 リスザルが巫山戯た仕草で手を叩いていた。

 どんだけ隊長がいるのよ!!

 

「忘れるはずはないよ。君たち、第一騎士団の長らがダミアンの手にかかったと聞いた時、僕がどれだけ悲しんだか……」

 ローラン殿下が声を詰まらせた。竜のルシアン王子も同じ気持ちなのだろう、頷いた。

 

「でも……兄上はそれでも、戦を収めようと尽力してくださったのでしょう?聞きましたよ、リーン王国との同盟の為に王女を妻に迎えようとしたと」

 あ、ごめん。その王女、ここにいるわ。

「……失敗してしまったけどね。しかし情報が早いね。もしかしてあの時、手紙の配達の依頼を受けてくれた使い魔はここにいるのかい?」

「はい!俺っすよ!」

 

 声を上げたのは茶色の可愛いウサギ。元気に飛び跳ねていた。

「この声は、副隊長のリーポス・カペラだね」

「ご名答様!総長、その事ですが、ヴェルズ・スワローからの情報を共有させて下さい!」

 ヴェルズ・スワロー。名前はかっこいいけど、飛来して来たのは、立派な冠羽をつけたオカメインコだった。

 

「ヴェルズ!ここでも外交に出ていたのかい?」

「はい!外交官ヴェルズ・スワロー、Bランク依頼の途中ですが、ひとまず戻って参りました。って……ええ!?ローラン殿下ですか!?」

 オカメインコは壮齢の官僚さんの様だ。切り株の上に降りるなり、胸に手……羽を置いて綺麗にお辞儀した。

 

「我々の力及ばず、この様なお姿に……」

 この場所に集う動物達は、ローラン殿下や弟のルシアン殿下の騎士様や腹心の部下達で間違いないだろう。だから、ローラン殿下だと気付くやいなや、まずは頭を下げ、涙する。

「ヴェルズ。気にする事はないよ。僕はこの姿が気に入ってるんだ。とても強そうじゃないか」

「ええ。本当に……」


 ローラン殿下の現世での姿は、美しさが目立ち過ぎて、強そうには見えなかった。でもフィオは知っている。私を庇った時の、あの胸肉……胸筋を!!

 今、ローラン殿下はその胸を広げ、部下達一人ひとりの顔を確かめる様に見据えていた。

 

「僕の記憶違いでなければ、聖剣ルークセイバーに斬られたのは11名。これで全員揃ったね。頼もしいメンバーばかりで嬉しいよ」

 それ、フィオラも入ってる?

 竜のルシアン殿下はじめ、可愛らしい森の動物達が頭を垂れた。

「兄上、これだけのメンバーが揃っていても、今までは情報収集しか出来ていませんでした。しかし、兄上が来てくれたお陰で、希望が見えてきました!」

 ローラン殿下は何故かフィオをぎゅっと抱いた。恥ずかしいのかな?

「期待に応えられるよう、頑張るよ。……さて、それではヴェルズ。Bランク依頼だと言ったね。聞かせて貰えるかい?」

「はい!では!」

 オカメインコ、ヴェルズが伸び上がり羽を広げた。

 


 そう!ついさっき気が付いたのだけど、使い魔を召喚する召喚スクロールには、ランクがあるらしい。

 召喚スクロールは魔力持ちの人間、魔導士によって作られているのだけど、実はその時込められた魔力の量によって、依頼可能難易度にランクがつけられているようなのだ。

 

 依頼内容の違いはまだ分からないけど、ランクの違いは召喚スクロールを見れば一目瞭然。Cランクはぼろ布。Bランクは一応紙っぽいけど何かの繊維を固めた粗悪品。Aランクは高級羊皮紙製だ。

 今回の依頼はBランクだけど、それでもかなり高価そうな召喚スクロールで、そんな大金を払ってまで使い魔を召喚する者など、王族や貴族しかいない。だからきっと、とても貴重な情報が隠れているに違いないの!

 

「私は現在、ダイン国王の補佐官バラスに使役されております。しかし依頼自体は国王の命と存じます。詳しくお聞きになりますか?」

 おお、敵国の王様が絡んだ依頼よ!

「ダイン国王直々の依頼か……もしかして、ダイン王国王太子アール・ダインの花嫁候補についてかい?」

「はい。ご名答!」

 花嫁?もしかしてミリアの事じやない?


 思わずローラン殿下を見ると、殿下の方も少し屈んでフィオラに嘴を近づけた。

「小鳥ちゃん。君にとって辛い話かも知れないよ?大丈夫かい?」

 殿下はフィオラとミリアが双子だって事を知ってる。だから気を使ってくれてるのだろうけど、ミリアの事なら私も知りたいわ!

 

 だって、もうすぐ主人公ミリアが、ローラン殿下を召喚するイベントが起きるはずだからね!


「ぴーぴよ!ぴよぴぴ……」

「うーん。それだとどちらか分からないね……。そうだ!はいは、ぴ!で、いいえは、ぴぴ!にしようか。続けてもいいかい?」

「ぴ!」

 フィオラはあざとく右羽も上げてみせた。殿下はいいけど、周りいるのはルーク王国の重鎮達だ。目が合うとちょっと恥ずかしい。あ、目を細めて見てるね。あんたらもなの?みんなでハアハアするの?

 

「では、ぴよ様の許可も取れたようですし、続けさせていただきます」

 ヴェルズよ、変なあだ名つけないで。ってか、話し方、超お堅いのに、普通にヒヨコを受け入れてるよ。ローラン殿下の部下は外交官まで懐が深い。

 

「依頼内容ですが、図々しいリーンの王女ミリア・マックリーンをダイン国から追い出せ、との命でした」

「ほう、図々しいとは。自分から呼んでおいて、それは中々手厳しいね。仮にも彼女は聖女だろ?」

 まあ!他国にまでミリアの聖女っぷりは広く知られていたのね。さすが主人公!

 

「少々精霊魔法を使えるだけの小娘でしょう?」

 テオドールが口を挟んできた。……尖ってんねぇ。

「確かにミリア王女は土地を豊かにする魔法が使えると言われています。加えて自然治癒力を高める魔法で、人々を癒してきたとか……」

 オカメインコは気にせず続ける。

「しかし、実際にミリア王女を見れば、テオドールの意見もあながち間違ってはないと感じましたね」

「ほう。それは何故かな?」

 ローラン殿下は少し面白そうな声音で、顎?に羽を置いた。


「まずミリア王女は、厳粛な城内を派手なドレスで我が物顔で彷徨き、城の執事を呼んでは内装の地味さ暗さを指摘、料理の質は勿論、細かい所では皿やカトラリーの質まで、自分達の要望を通す様にと、強く主張していました。聞いていて、気持ちのよいものではありませんでしたね」

 ま、ミリアはお嬢様だし仕方ないのかな。周りの人を振り回すのは、母エイルに似たのかしら?……実際、ミリアとは会話した事はないから、想像でしかないけど。

 

「うーん。それはいけないねぇ。どうやらミリア嬢は少し勉強不足の様だ。このユグドラルは半島であるが故に、魔物の住む大陸との接点はダイン王国だけ。故にダインは、ユグドラル唯一の砦、大陸より押し寄せる魔物を防ぐ防壁ダインウォールを守り抜く事だけを誇りにしている国なんだ。その慎ましさや厳格さは敬うべきであって、護られている我々は、決して彼らを愚弄してはならない。口を出す権利すらないと思うよ」

 そう、この世界には魔物がいる。その魔物からこの世界を守る唯一の砦がダイン王国にある、ダインウォールって訳だ。

 ただでさえ生産性の少ない寒い土地である上に、ダインウォールの維持もある。

 だから、原作でもダイン国については、豪華さとは無縁の国だって書かれていたね。

 

「その通りですよ。それだけでも十分無礼な行為であるにもかかわらず、ミリア王女は婚姻の条件として、リーン王国の防衛に多くの騎士を割くよう要求しました。ギャストン・ダイン国王はその条件を飲んだものの激怒した様で、ダインウォールより戻って来たばかりだったアール・ダイン王太子を捕まえると、ミリア王女と簡素な儀式だけ行わせ、再びダインウォールへの出立を命じました。今現在アール・ダイン王太子は突然の出立準備に追われ、騎士宿舎に軟禁状態となっております」

「アールも気の毒に……確かにミリア嬢にも行き過ぎた所はあっただろう。しかし、ミリア嬢は自身の居場所と祖国の名誉を守りたいが為に行動を起こしただけかもしれない。それを、婚約だけとりつけて二人を引き裂くとは……ダインの国王も大人げないお人の様だ」

 そうよ、これをミリアにしてみれば、国王には軽視され、大切にされるべき婚約者には、早々に背を向けられたって思ってるに違いないわ。

 

 ”ワタ彼”でこの事は重要なポイントとなる。婚約者に放置されたミリアが、その孤独からくる寂しさと恐怖のあまりに召喚した使い魔が、ローラン殿下だったのだから。


「ところでヴェルズ、勿論依頼はこなしたのだろうけど、ミリア嬢に怪我などさせてはいないよね?」

 さすがローラン殿下。ミリアへの心遣いも忘れない。

「はい。今のところ、その心配は無用です。殿下はご存知でしょうが、Bランク以上の使い魔はスクロールに込められた魔力次第で変身も可能になるのです。しかし通常の使い魔ならば、魔物の様な姿に変化するところを、どうやら我々は元の姿に変化出来るようでして」

 聞いた事がある。使い魔が、配達と争い事にしか使われないのは、その姿が魔物に変わるからだと。……でも困ったわ。フィオラは依頼であっても、元の人間の姿に戻る訳にはいかないのに。

 

「ほう、実に興味深いね。我々は、向こうで人間に戻れるのかい?」

「魔力次第で可能です。ですが、Bランク依頼とはいえども、声を発することすら叶わず、無力な状態なのは変わりません。しかも私の容姿では、ミリア嬢を脅かす事すらできません。……ですので、昨晩私は、幽霊を演出し、ミリア・マックリーン王女の枕元に立たせて頂だきましたよ」

 ここでオカメインコ、ヴェルズはめっちゃニヤけた。

「そりゃあもう、驚いてましたよ!」

 嬉しそう。イタズラは幾つになっても、使い魔になっても、楽しいものなのね。……ミリア、大丈夫!?


 フィオラはひとりぼっちの怖さを知ってる。

 乳母の居なくなった時の事だ。月のない夜にひとり塔に残されたフィオラは、怖くて泣く事も出来ずに、塔の隅で震えたものだ。何日もね……。


 フィオラが思い出してフルリと震えると、ローラン殿下は大きな羽でぎゅっと抱きしめてくれた。

 ミリア、待ってて。すぐにこの腕がミリアの元に行くからね!


 原作でローラン殿下は、鷹の姿でミリアの前に召喚された。でも、ミリアを脅かしていた幽霊に対抗する為に美しい男性の姿(本人)へと変身して、見事にその敵を撃退してみせるのだ。

 こうしてミリアは、自分を助けてくれた、美しくも無口な使い魔に恋をするんだよね。ってちょっと待って。

 幽霊……?

 フィオラはオカメインコを見た。

 お前じゃね?

 

「節度を守った行動を期待するよ。で?その首の魔法陣……まだ契約中って感じかい?」

 よく見ればオカメインコの首には、召喚スクロールに書かれていた赤黒い魔法陣が、空気に浮く様にうっすらと回っていた。

 

「はい。殿下もご存知の通り、使い魔の召喚は依頼主の血を召喚スクロールに流す事で成されます。その際、依頼主の血によって形成された魔法陣が、この世界に転写され、ここに降ってくるようなのです。我々はその転写されたスクロールを破り、依頼を受けているのですが、その際にこの様に依頼主の血で出来た魔法陣が首にかかるのです」

 ヴェルズの首は自分の首輪をつついた。これって血で出来てたのね。

「血首輪って訳だね」

 響きが微妙です。殿下。

 

「今回のこの契約は夜のみ。今は待機中ですが、夜になれば再びダイン城に召喚されるでしょう。それがミリア嬢が国を出るまで続くと思われます。完了報告と同時に魔法陣は消える予定です」

「なるほど、依頼の完了の仕方までがよく分かったよ」

 

「兄上!たった今、そのミリア嬢より依頼が飛んで来ましたよ!どう致しましょうか?」

 ルシアン殿下が、新しい召喚スクロールを切り株に乗せた。羊皮紙よ!Aランク依頼だ!

 覗けば、”ミリアを守ること”と。

 召喚スクロールにはそう書いてあった。


「ぴよ――っ!!」

 フィオラは思わず、ミリアの依頼に足を置いた。だって、原作通りなら、幽霊は撃退されるのよ!それはつまり……外交官ヴェルズの死だ!


「ん?君がこれを受けるのか?」

 頭上から軽蔑を込めたルシアン殿下の声がする。

 確かにただの小さなヒヨコにこの依頼は無理かもしれない。でも、これだけはダメ!

 

「小鳥ちゃん。その依頼は君が受けるには少々難しすぎると思うんだけど……」

 ローラン殿下も怪訝そう。しかし、その依頼を見た途端、鋭い目を強ばらせた。分かってくれた?


「ああ、そうか。この依頼をこなそうとすれば、どちらかが消えなくてはいけなくなるね」

 そうよ!だから、危険なの!このままじゃ、ローラン殿下が自分の部下を殺すことになるのよ!

 でも、ヴェルズは笑う。

 

「ハハッ、冗談はよしてくださいよ。その誰かって私の事なのでしょう?依頼には消せとは書いていませんから」

「冗談ではないよ?ミリア嬢は召喚した使い魔に、自身を脅かすモノの排除を命じるだろう?そして君は君で、彼女を守るモノを排除しなければ、依頼が達成できなくて、消えるしかない。僕が思うに、依頼を失敗時には、血首輪が使い魔の首を絞めるんじゃないかな?」

「あ、総長!俺、ここに来てから何度か、首のない白い鳥が空から落ちて消えるのを見ましたよ!」

 ウサギ!いらない情報を!!フィオラの頭の中に、空から落ちてくる首のないオカメインコの姿が浮かんだ。嫌ァァァ――!!

「……ハハ。なるほど……」

 オカメインコは助けを求める様に鷹を見た。


 でも……それでも原作でローラン殿下はミリアを助けに行き、そこで殿下自ら、部下の命を絶ったのだ。

 そんな悲しい事ってある?


 そういえば、”ワタ彼”原作ではこの先も、ヴェルズの様な変わった使い魔が登場するのだ。でも彼らは、役目をこなす過程で消され、二度と作中には出てこなかった。

 まさかその使い魔達が全て、聖剣の中に閉じ込められているローラン殿下の部下だったとしたら?

 ローラン殿下はミリアを守る為に、自分の腹心の部下達を、死地へと送り続けた事になるのでは?

 

 原作でミリアの置かれた環境は厳しかった。

 暗く閉ざされた寒々しい城に、味方といえば連れてきた侍女たちと騎士数人、近衛隊長だけだった。ダイン王国の人たちは、押しかけてきたリーン王国の者達を疎ましく思い、ミリアに心を開くことはなかった。

 だからミリアは、使い魔を召喚するしかなかったのだ。

 

「兄上。恐れながら申し上げますが、このミリア嬢の依頼は破棄するべきでしょう。何故なら、ダイン、リーン両国の婚姻による提携は、我がルーク王国の貿易に、かなりの打撃を与える事が予想されるからです。ルーク王国にとっては、二国間が不仲の方が都合が良いのではないでしょうか」

 竜がボーイソプラノで難しい事を言い始めた。

 

「うむ、確かにそれは、我が国にとっては都合がいいだろうけどね、しかしこの半島ユグドラルにとってはどうだろうか?ミリア嬢は素晴らしい治療師だと聞く。魔物からこのユグドラルを守ってくれているダイン王国に、彼女の力が加わる事は、この世界に住む我々にとって、有益な事だとは考えられないかい?」

「兄上、浅はかな考えを述べてしまった事、恥ずかしく思います」

「いや、責めているわけではないんだ、ルシアン。僕はね、ダイン国王がわざわざ使い魔を使ってまで、聖女を追い出す理由が分からなくて……。僕が行って、調べてみるか……国境まで誘導すれば、あるいは……」

 

「ぴぴっ!」

 行ってみるですって!?フィオラは羊皮紙を咥えて必死に引っ張った。

「ぴーぴよ!ぴよぴぴっ!!」

 殿下!ここはフィオラが行けばいいと思う!

 

 ミリアは召喚されたヒヨコを見て、幽霊を殺せ!なんて命令出来ないでしょ?フィオラなら魔力を貰って人間になったとしても、女の子の姿だし。

 後はフィオラが頑張って、ミリアをリーン王国に帰るように説得するわ!

 

 だけどローラン殿下は、器用に鉤爪の先で、フィオラがスクロールを破るのを阻止する。

「小鳥ちゃん、僕は言ったよね?失敗は死だと」

「ぴっ!」

 分かってるわ!でもね、フィオラが今ここにいるのは、ミリアが食事を運んでくれたお陰なの。そんな優しいミリアの危機に、フィオラが手を差し伸べなくてどうするの!

 

 諦めないフィオラを見て、何故かローラン殿下はどんどん不機嫌になり……。次の瞬間、鋭い鉤爪で召喚スクロールを奪い取った。フィオラは転がり、ローラン殿下は慌ててフィオラを胸に囲うと、竜を見上げた。

「ルシアン、この依頼は破棄だ!ヴェルズ、ミリア嬢には一人で速やかに国に帰って頂こう」

 今まで優しかったローラン殿下の声が、とても冷たく聞こえる。怒らせた?でもフィオラはみんなに生きていて欲しいの。

 

「え?……あ、はい。いいのですか?」

「ああ。ミリア嬢には侍女も護衛もいるだろう?たった一人きりで我が国に売られて来た彼女とは違ってね。……どうしていつも彼女だけが犠牲にならなければならない。とうてい容認出来る訳がないだろ!」

 最後には吐き捨てる様に言う。

 

 その彼女って……フィオラの事かな?フィオラが1人で、ルーク王国にかちこんて来たから怒ってるの?

 でも、ローラン殿下は怒りながらも、青い顔で震えるフィオラを抱き潰してきた。

 

 それを見たヴェルズは、何故か急に悟った様な顔をしてフィオラに微笑みかけてきた。

「その通りですね。分かりました殿下。ミリア嬢には速やかに帰って頂きましょう!ぴよ様。その方がミリア嬢にとっても良い事だと思いますよ。早く家族に会いたいでしょうからね!」

 そうよね……でも、ローラン殿下はそこにいない。……大丈夫かしら。

 

「ぴよ様。ミリア嬢がダイン王国を出れば、私の任も解かれます。それからすぐに戻り、今度はミリア嬢の依頼を受けましょう。私が責任をもってしっかりとミリア嬢を護衛する事をお約束致します!」

 ヴェルズが行ってくれるの?話し方からしても、ヴェルズはとても誠実そうだし。これならミリアも安心かな。

 

 ここでようやくローラン殿下は落ち着いたのか、てれてれしながらフィオラを離した。

 オカメインコは微笑ましそうに笑うと、ビシッと敬礼した。

「殿下。では、早速行って参ります」

「くれぐれも頼んだよ、ヴェルズ」

「ぴっ!」

 フィオラも敬礼する。お願いね、ヴェルズ。

 

 どうか、ミリアが無事でありますように……。


「兄上。では少々納得できない事もありますが、この依頼は保留と致しますよ」

 祈りを込めたミリアの依頼は、ルシアン殿下によって切り株のうろに押し込められた。


 ――また原作が変わってしまう。

 

 でも、この後もミリアは、ことある事に助けを求めて召喚スクロールを使うはずだ。その時こそ、ローラン殿下に行ってもらおう。2人は結ばれる運命にあるのだから。

 

 そう、原作は運命……。

 ローラン殿下のダウンは心地よい。でもそれは、今ここにいる間だけの特典だ。

 原作が進めば、ローラン殿下はここを出て元の姿に戻り、主人公のミリアと結ばれるだろう。

 でも、化け物のフィオラは、使い魔としてここに残るしかない。

 

 これは嫉妬なんかじゃないわ。ただ……。

 何故か悲しいだけ。

 

 だから悲しくならない様に、フィオラはもっと強くならなきゃいけないと思った。いつか大空を飛べるように!

 フィオラは可愛がられるだけのヒヨコではいられないのだ。

 

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