4話 小さな異世界
フィオラはザワザワと騒がしい音で覚醒した。でも、目を開けたくない。だって、まるで雲に包まれている様な心地良さ。
ここは天国なの?これが噂の羽毛布団なの!?……二度寝していい?
「また送られて来たみたいだな。今度は鷹か?」
少年の声?美しいボーイソプラノだ。
「いや、僕はただ、この小鳥を助けたくて寄っただけだよ。さっきまで怖い竜に追いかけられていてね、目を覚まさないんだ。お願いだ、誰か診てくれないかい?」
あ、この声はローラン殿下ね。
「その声に喋り方……もしかしてローラン兄さん?」
あら、殿下には弟が2人もいたのね。1人は暴虐王子で殺人鬼だったけど。
「ん?僕はただの鷹さ。あ、大丈夫。僕は小鳥を食べる趣味はないよ」
「兄上だね。……なんて事だ!ダミアン兄さんめ。ローラン兄さんまで……!!」
フィオラは殿下の、もう1人の弟を見てみたくて、仕方なく目を開けた。すると、そこには驚愕の光景が!!
周りを見渡す限り、生い茂る木々に囲まれた緑の広場。その中央に、10匹程の動物が集っていた。
ウサギにハチワレ猫にチワワ……ハリネズミにカワウソ……リスザルにタヌキ!?
何より目を引くのは目の前の竜……は、動物に分類していいのかな?ローラン殿下の弟は、その竜だったのだ!
はわわわ……。
「あ、気が付いた様だね。大丈夫だよ、僕は小鳥は食べないんだ」
背中から声がして見上げれば、鷹?フィオを包むのは、鷹の胸に生えてる本物のダウンでした。って事は、フィオが小鳥?
両手を見れば羽。試しに羽ばたいてみれば……短くない!?銀色のそれは、正に……ヒヨコだった!
確かに使い魔になろうとは思ったけど、飛べないじゃん!?
「小鳥ちゃんはその短い羽がとても素敵なんだ。つぶらな赤い瞳もいいね。思わずキュンとしちゃったよ。名前を聞いてもいいかな?」
あれ?待って……。
あああ!!なんてこと!?
ローラン殿下まで使い魔になっちゃってるじゃない!ショック!!
「兄上!この子もまだ混乱してるのでしょう。落ち着くまでそこで休んでいて下さい」
「うん。分かったよ、ルシアン」
ローラン殿下はいそいそとヒヨコのフィオラを胸毛……ダウンに仕舞うと、広場を一望できる隅に凛と立った。フィオラは為す術もなく空を仰ぐ。
現実味のない、ただ青い空。紙のような白い鳥が沢山羽ばたいていた。あの白い鳥は見た事がある。よく見る普通の使い魔だ。って事は、この場所は使い魔の待機場所なのかもしれない。
ルシアン殿下と呼ばれたデカイ竜は上品な紺色で、よく見れば優しい顔をしていた。天から降ってくる紙を大きな体に釣り合わない小さなかぎ爪で掴んでは、切り株のテーブルの上に並べている。ハリネズミがそれを分類しているのが、なんとも微笑ましい。その紙を、フィオラのよく知る真っ白な鳥型の使い魔がサクッとかっさらっていくのもね。
可愛いらしいリスがやって来た。
「ルシアン殿下!次の依頼は?俺はまだ戦えるぞ」
だがその声の印象はヤンチャ系青年。リスがどうやって何と戦うのか見てみたい。
「リーポス。今あるのは、手紙の配達ばかりだね」
「そうか……」
残念そう。社畜なのね。
「お使いなら俺が行くぞ!」
今度は渋い声のハチワレ猫だ。森の仲間達はみんな仲良し。ネズミを追いかけたりはしない。
「モーリスは働き過ぎだ。少しは休め……ああ、丁度いい。兄上にここの説明をしてくれないか?」
「え?総長がここに!?……失礼致しました!!」
猫が鷹の前にひれ伏した。
確か第一王子ローラン・ルークは、王国聖騎士団を率いる立場だったはず。だから、殿下を総長と敬うこの人(猫)は、元はルーク王国の騎士様なのだろう。
「僕はただの鷹だよ?君は中々いい爪をしてるね。名前を聞いてもいいかい?」
「ああ、間違いなくローラン殿下だ……なんという事だ」
どうやら殿下は鷹になる前からこの調子だったらしい。
「私は聖国騎士団長のモーリス・デュークですよ。今となってはただの猫ですが……」
騎士団長……ダミアンは凄い人を処刑したゃったのね。使い魔のバリエーションが増えちゃってるのは、その能力の違いかしら?
「ああ、モーリスか。覚えてるよ。鷹殺しのモーリス。狩猟大会ではいつも一番だったね」
「……もう二度と鷹は狩りません」
ここでローラン殿下は、ヒヨコ(フィオラ)を静かに地面に下ろし、羽を伸ばした。それだけで、様子を伺っていた周りの動物達が、鷹にひれ伏した。
フィオはお邪魔かと、離れようとして……めっちゃ足、短いんですけど!?
ぴょんぴょんするフィオは殿下によって再び羽毛にしまわれた。
「で?ここは何処かな?僕の予想だと聖剣ルークセイバーの中……かな?」
「はい、その通りですよ、総長。聖剣ルークセイバーに斬られた者は死体が残らない。……まさか、死んだ後にこの様な場所に飛ばされるとは思いもしませんでした」
「なるほどね。で?あの空から降ってくる紙の正体を聞いてもいいかい?」
「あれは依頼ですよ。我々はどうやら使い魔に転生したようでして……」
「確かに沢山いる白い鳥は使い魔だね。僕らはそれと同じ存在になったと言う訳か……。ならば空から降ってくるあれらは、使い魔を呼ぶ魔法陣、召喚スクロールだね?」
鷹は切り株のテーブルの上の紙を見ている。
「はい。あの紙を破れば、我々は現世にいる使役者の元に転移します」
「だから皆、動物なんだね。で、報酬は?」
「!?」
何故かここで、動物達が顔を見合せた。何?この子達、タダ働きしてたの!?
「当然あったのだろ?僕の知る使い魔は、魔力を分け与えられただけの白い鳥だ。でも、君たちは言葉を話す事が出来るし、明らかに姿も違う。君らが白い鳥と同等の使い魔であるとするならば、何らかの理由で魔力の還元が成されてその姿になったのではないか、と思ったんだが?」
「なるほど……さすが兄上!」
ここで竜弟の登場だ。兄である鷹を、キラキラと尊敬の眼差しで見つめていた。兄弟だと知らなければ、ご馳走を前に、わくわくしてるようにしか見えないけど。
「兄上、報酬かどうかは分かりませんが、仕事をこなせば、より上位種へ姿の変化が可能になり、出来る事も多くなります。私のこの姿がその成果です」
「なるほど。では、依頼をこなしていけば、現世にも影響を及ぼせる存在になりうる可能性があるということだね?」
嬉しそうなローラン殿下に、竜のルシアン殿下は少し苦しい表情を見せた。そう簡単な事ではないらしい。
「残念ながら、我らは他の使い魔同様、現世では存在が薄く、言葉を話す事すら叶いません。ですがこの姿なら……現世の者達にコンタクトを取る事が出来るかどうか、今後は色々試してみるとします」
「慎重に頼むよ」
なるほどこの頼もしさ。ローラン殿下が総長と呼ばれる理由が分かった気がした。
原作でローラン・ルークは、美しく物静かな学者タイプだとかかれてあった。この半島ユグドラルの歴史、魔物や魔力や魔法についてと、多岐にわたる研究をしていて、行動的な主人公ミリアをサポートする役だったんだよね。
「総長、ルシアン殿下は召喚スクロールの落ちる場所を特定し、この場所を拠点としました。そして依頼を整理し、情報を共有する事もルシアン殿下の提案です!」
猫のモーリスが、何処か誇らしげに竜のルシアン殿下の功績を報告した。ローラン殿下は嬉しそうにルシアン殿下に微笑みかけた。鷹の表情についてはよく分からないけど、多分そんな顔。
「よくやったね、ルシアン。僕は君を誇りに思うよ。皆もよく頑張ったね。何より、もう一度君達に会えて、とても嬉しいよ」
「「ローラン殿下!!」」
「総長!!またお会いできて嬉しいです!!」
ウサギもタヌキもカワウソも泣いていた。竜でさえもね。
「兄上……本当はこんな場所でお会いしたくはなかった。ですが……嬉しいです!」