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2話 使い魔と手紙

 半島ユグドラル。

 魔物の溢れる大陸の中、唯一の楽園だ。

 それはかつて、四人の冒険者によって切り開かれた、人々の希望の地だった。

 

 四人の冒険者は、強大な力で魔物を退け、半島ユグドラルに人々を迎え入れると、それぞれ、この地を治める王となった。

 

 戦士ダインは、大陸との接点である北の地に、魔物を防ぐ大きな壁を築き、ダイン王国を治めた。

 魔法使いルークは、南の地に人々の心の拠り所である神殿を築き、ルーク王国を治めた。

 踊り子リーンは中央の地に精霊を呼ぶと、枯れ果てた土地を緑豊かな地とし、リーン王国を治めた。

 双剣使いリジルは、後に海を渡り、エルフの国ユグドを治めたという。

 

 その神話の時代から幾百年 。4つの国は繁栄し、人々は魔物に恐れる事なく、幸せに暮らしていた。


 ◇◇◇


 リーン王国はふたつの国に挟まれていた。

 南には聖国ルーク王国。北には魔国ダイン王国。

 食料庫としての役割を担う豊国リーン王国は、常に牽制し合う二国に睨まれ続けていた。


 そんなある日、リーン王国の国王、トーマス・マックリーンの元に、手紙を持った2匹の白い小鳥がやって来た。使い魔だ。

 

 使い魔は、魔道士の描いた召喚スクロールに血を垂らす事で召喚される小鳥で、とても高価な下僕だ。

 発行先である魔塔を抱えた我が国でも手に入りにくいそれを、ただの伝達手段に使うのは、貴族か王族くらいだ。

 

 嫌な予感を感じながらも、執務室の椅子に大きな体を預け、トーマスは渋々その二通の手紙を受け取った。手紙を受け取らねば、小鳥は魔物へと変貌し、暴れ始めるだろうから。

 トーマスは小鳥に急かされるように封を解くと、小鳥が依頼主の元に戻って行くのをチラリと確認してから、手紙に目を落とした。

 

 1枚は聖国ルーク国王より、もう1枚は魔国ダイン国王より。

 どちらも舞踏会の誘いで、内容も似たようなもの。

 トーマスの娘との結婚を仄めかすものだった。


「なんという事だ……」

 頭を抱えるトーマスの横で、控えていた幼なじみでもある近衛長のドールズも綺麗に整えた顎髭を掻いていた。

 

「ミリア嬢の美しさはお前が思っている以上に広まっているぞ。エルフの血が半分も混ざっておるし、優れた癒し手であるのはもちろん、どんな土地でも豊かな実りを約束出来るんだ。最近では聖女と讃えられているほど。遅からずこうなるとは思っておったよ」

「ミリアが祈れば、植物は恐るべき成長をみせる。自慢したいが為に、領地視察に連れ回した事は認める。だがしかし、2国同時にとは……!」

「それも致し方ないこと。両国には妙齢の王子がいるのだからな」


 仕方がない事なのか。マックリーン王は諦めのため息をついた。

「……で?どうなのだ?……その……王子とやらは」

「聖国ルークの国王には3人の王子がいたが、現在その王太子は第2王子ダミアン・ルークだ。ミリア嬢と同じ今年16歳で、暴虐王子と呼ばれてるな。優秀だと噂された第3王子ルシアンと王権をかけて争った折に、誤って殺してしまった事でついた2つ名だ。今は2つ年上の廃太子、第1王子ローランの命を狙っていると噂されているな」

「……相手が第1王子である事を願おう」

 トーマスは顔を青くした。しかし、ドールズは首を振る。

「しかしそれだと、後に第1王子共々、消されてしまう可能性があるぞ」

 確かに。暴虐王子ならやりかねん。

 

「大切な娘をそんな危険な場所に嫁がせる訳にはいかん!」

「では、選択肢はないな」

「ああ。ミリアは魔国ダインに嫁がすしか……」

 魔国と言うと恐ろしいイメージがあるが、それは魔剣ダインスレイブの所有国だという証に過ぎず、ちょっとお堅いだけの小国だ。

 

「魔国ダインの王太子アール・ダインは18歳。魔剣ダインスレイブの使い手で、大陸とユグドラルを隔てる大壁ダインウォールの守り手。王国騎士団長をも務める英雄であると同時に、かなり見目の良い男だと聞き及んでおるぞ」

「ああ。女どもが騒いでおったな。ダインは鉱物が豊富な国だ。城も宝石で溢れてるいる事だろう。……しかし、ダインに嫁がせるとなると、ルークの方は黙ってはおらんだろう。ダインは我が国を護ってくれるだろうか」

「交渉次第かと」


 その時、トーマスの頭の中に、先程見かけたエルフの女の姿が浮かんだ。あの踊り子は、少し目をかけてやっただけで、子の産めない我が愛しの王妃ドリーの代わりに子を産み、差し出してくれた。双子だったのは想定外だったが、アレでも王女だ。忌み子であっても、まだ生きているのなら使わない手はない。

 

「ドールズ。あ――アレは何処にやった?」

「あれとは?」

「エルフの産んだ……片割れだ」

 片割れ……あれがミリアと同じ腹から産まれたなど、考えただけでも、寒気がするわ!

 今でも夢に見る。銀の髪に赤い目。血の透けて見える白く透明な肌。まるで魔物の赤子のようだった。

 

「ああ、フィオラ穣か。彼女なら塔のひとつにいるだろう。ミリア嬢が健気にも食事を運んでいるようだから、生きてはいるぞ。……まさか、あれを出すつもりか?」

「ルーク国に送ろう。アレでも名目上は我が国の第2王女だ」

「暴虐王子に殺されるかも知れんぞ?」

「我が国の役に立って死ねるのなら、本望だろう?」

「しかし、忌み子に加え育ちがアレだ。ルークを敵にまわすやもしれん」

「早かれ遅かれルークは終わる。暴虐王子だ?そのような者が国を継げば、先は見えておる。それなら、ダインと手を組んでおく方が得策だとは思わんか?」



 それから数日後。

 リーン城には、沢山の商人が詰めかけていた。

 

 王女の国外訪問は初めての事。ドレスに宝飾品……準備する物は多岐に渡る。その全てを、妻のドリーと娘のミリアは、胸膨らませ、喜び勇んで揃えていた。

 トーマスは2人の喜ぶ姿を目を細めて眺める。今日もうちの娘がいちばん可愛い!

 

「お母様。アール・ダイン様はどんな女性が好みかしら?」

 美しく流れる濃い金髪に緑の瞳。我が血筋を余すことなく受け継いだミリアは、トーマスの誇りだった。それが、他国に嫁ぐ事になるとは……。

 ミリアの手にはその男の姿絵があった。黒髪に金の瞳。引き締まった体躯に惹かれない女はいないだろうが……なんとも複雑な心境だ。

 

「どんな女性も、ミリアの美しさには叶いませんことよ。そもそもアール・ダイン様に今まで浮いたお話がなかったのも、ミリアのデビュタントを待っていたからに違いありませんわ!」

「まあ!お母様ったら!」


「あ……そうだ。アレにも少しドレスを用意をせねば。裸では行かせられんからな」

 見ていられずにトーマスが話を変えると、妻ドリーは途端に機嫌を損ねた。

 

「まあ、トーマス!あんな化け物に予算を割く必要がありますの?」

「あ――しかし、対面というものが。化け物を化け物のまま送れば、侮辱したと思われかねん」

「お父様。それならミリアのドレスを持たせたらどうかしら?ミリアのドレスなら、お姉様にも合うでしょうし、手も煩わさずに済みますわ」

「おお、ミリア……なんと優しい子だ!」

「でも、そうすると……ミリアのドレス、足りるかしら」

「あなた!当然ミリアにはもっと素敵なドレスを作ってあげるのでしょ?」

「ああ、そうだな。商人!ミリアには最高級のドレスを用意するように!」

 

「陛下。ダインはここより北。寒い気候故に、室内は暖房が強く、少し暑く感じるのだと聞き及びます。少し薄手の物も用意された方がよいかと。こちらなどいかがでしょうか?」

 商人の出したドレスは、絹で出来た、ペラペラの……。

 

「それはミリアにはまだ早い!」

「何を言ってますの?トーマス。今時の女性はこのくらい、普通に着ますわよ」

「しかし……」

「貴方のお気に入りの踊り子も着ていたじゃないですか。それはそれは魅力的に見えたでしょうね」

「う……」

 

「あ!!そういえばお父様。ミリアに召喚スクロールを買って下さらない?」

 ああ、ミリア!いつもさりげなくわしを庇ってくれる優しい子!……しかし、高価な召喚スクロールを幾つもとなれば、流石にドリーも……。

 

「ミリア、お父様とお母様に、沢山お手紙を書きたいの。その……寂しくて……」

「まあミリア、可哀想に……。あなた、すぐに用意して下さい!」

 おお!ドリーがそう言うのなら!

「できるだけ沢山用意させよう!そこの者、聞いたか?すぐに魔塔に行って、召喚スクロールをあるだけ買ってこい!!」

 


 それから数日の後、ミリアは近衛長ドールズ護衛の元、馬車数台を連ねて魔国ダインへと旅立った。

 

 その横で、聖国ルークへ向かう小さな馬車があったのを気にかける者は、誰もいなかった。

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