1話 塔の上のフィオラ
久しぶりの投稿で、超緊張。よろしくお願いします。
フィオラはよくあるところの転生者だった。
前世の記憶はある。
前世では、病気で一生のほとんどを病院で過ごした。
私には家族がいて、お父さん、お母さん、姉も、最初は私に会いに来てくれていた。
けれども私は、健康な姉には嫉妬し、迷惑をかけてしまってる家族には遠慮して。苦しい事も寂しい事も伝える事が出来なかった。
声をかけてくれても、手を差し伸べてくれても我慢して、最後の時を迎えるまで、ただ静かに過ごす事を選んだのだ。
そんな私に愛想を尽かしたのか、それとも私が死んでしまうって事が分かっていたからかな?家族は次第に顔を見せる事もなくなっていった。
でもね、死ぬ間際に家族たちは、私の手を取って言ったの。何もしてあげられなくてゴメンってね。
そんな事ない!私の短い人生は、皆のおかげでとても穏やかだったのに!
その時になって気が付いたの。
もっと早くにその手を取っていたなら、感謝のありがとうと一緒に、笑顔のひとつでも返せたのかなって。
そう思いながら目を閉じたら……。
この世界に転生していた。
でもそれは、15年も前の事で、15歳になった今となっては殆ど覚えていないし、前世の記憶で無双出来るほど、得した事もない。
ただ、役に立った事と言えば、無駄に高い引きこもりスキルと、死ぬ間際に読んでいた、この小説かな?
『私の彼は使い魔です!』
魔法の存在する中世ヨーロッパ風のファンタジー小説で、主人公であるリーン王国の王女ミリアが、使い魔となってしまった隣国の王太子ローラン様と共に力を合わせて世界を救う物語だ。
主人公のミリアはとても天真爛漫な女の子で、彼女と関わった者は次々と彼女を好きになっていく。私は皆に愛される彼女に憧れて、死ぬ間際までこの小説を読んでいたんだよね。結局最後までは読めなかったけど……。でも、まさか私が、その小説の中に転生するとは……!
そう!私は、”ワタ彼”の中の3つの王家のひとつ、リーン王国の王城の見事な庭園で、優雅にお茶を飲んでいる主人公ミリア王女……ではなく。中庭で洗濯するメイド……でもなく。
私はここよ!ここっ!城の外れにある塔の最上階を見て!!
そうこの私フィオラは、リーン王国の王城にあるひときわ高い塔に幽閉された、ミリア王女の双子の妹に転生したのだった!
フィオラとミリアは双子で、この国では、双子はタブー。
リーン王国の国王トーマス・マックリーンは、外で知り合った、エルフ族の踊り子との間に双子をもうけたが、その双子のうち、自分に似ていた娘ミリアを王女として迎え、似ても似つかなかった化け物の娘、フィオラの事は無かったことにしたのだ。
まあ、運良く殺される事はなかったんだけど、フィオラは生まれてすぐに、この塔に幽閉されてしまったって訳。
フィオラは物心ついた時から1度もこの塔から出た事はないし、フィオラの乳母が引退してからは、この塔に立ち入る者は誰もいない。
確かに今世の私は、誰にも迷惑をかけずに、超丈夫に育ったわ。でも……なんか私、幸薄くない?
だけどね、神様は私を見放してなんてなかったの!
だって、引きこもりの私にとってこの塔は、ものすごく居心地のいい場所だったから!
緑の蔦が絡まった美しい壁に、蝶々の舞うお花畑の床。部屋の中にはいつも、小さな白い小鳥がお花やベリーを持って遊びに来てくれるのよ!
窓からはリーン王国の王都が見渡せる。その先だって、フィオラには見る事ができたし、まるでその場所にいるみたいに、音だって聞き取る事が出来た。
「今日も市場は賑わってるわね。パン屋のおばちゃんが腰を悪くしたみたいだけど、大丈夫かしら……。あ!あの子。また花を売ってるわ!もっと人通りの多い所に行かないと今日も売れ残るわよ!最近、孤児院も人が増えてきたから、追い出されないといいけど。……え?肉屋のおじさんが牛の解体ショーをするって!?絶対に見なきゃ!」
毎日、フィオラはキラキラとした異世界の街を眺めて過ごしていた。
これは多分、魔法だと思う。
前世では、毎日窓の外を見ながら願ったわ!鳥になりたいって!
それが叶ったのよ!
今世のフィオラは生まれた時から、植物や水や風に、心を乗せる事ができた。
なんてったって、フィオラのお母さんはエルフだからね!
「ねえ、フィオ、聞いてよ!お母さんの事、慰めてくれない?」
フィオラの母である絶世の美女エイルは、今日も風のように塔の窓からやって来ると、美しい銀の髪をいじりながら口を尖らせた。これが数ヶ月ぶりの再会ひと言目。
今世の母は私に気を使うタイプではなく、自分にも他人にも正直な自由人って感じの人だ。だからフィオラも卑屈にならずに笑顔でいられるんだよね。これ、重要。
「ミリアったら、お母さんの事、衛兵に告げ口したのよ。お陰で、お城中追いかけられちゃって、もうクタクタ。彼の本妻まで出てきて、本当に怖かったんだからぁ」
王城が騒がしいなとは思ってたけど……。
「またミリアに会いにいったの?」
ミリア・マックリーン王女。それが”ワタ彼”世界の主人公である私の双子の姉なんだけど、塔に幽閉されたフィオラとは違い、ミリアはこの国の王トーマス・マックリーンと王妃ドリー・マックリーンの元で美しく健やかに育っていた。
塔の上から見た感じだと、ミリアは茶髪に緑の瞳をした、とても人好きのする可愛らしい女性に育っていた。それは国王様と王妃様にそっくりで、3人で仲良く買い物に出掛ける姿は、本当の親子みたいに見えた。
それなのにエイルは、顔だけはイケおじの国王の事が忘れられないらしく、空気を読まずに会いに行っては、本妻さんに追い出されているんだよね。
「エイル、あんな男のどこがいいの?本妻いるくせに、踊り子だったエイルに手を出したんでしょ?子供まで産ませておいてエイルの事は放置とか、有り得なくない?」
それを言うのなら、エイルの方も夫持ちだけどね。
不倫って概念がこの世界にあるかは知らないけど。
「トーマスは今でも私の事が好きなのよ。でも、本妻が怖くて言えないだけ。本当にシャイなんだからぁ」
子まで産ませた浮気相手が正妻の前に現れたら、さすがの王様も逃げ出すに違いない。
確かに王妃ドリー・マックリーンは、かなりキツい性格だって噂だけど、ミリアが虐められてる様子はない。エイルも追い出されるだけだし、悪い人ではないのかもしれない。
でもフィオラは、何故かあの仲良し家族を見るのだけは苦手だった。胸が痛くなるっていうの?なんかチクチクするんだよね。
……フィオラは知っている。これは嫉妬だ。
フィオラがこの世界に来て真っ先に捨てた感情がある。それが嫉妬だ。前世の姉の優しさに報いる為にも、嫉妬なんて感情は絶対に持たない!そう決めたのだ。
ちなみにフィオラは、母エイル似の、銀の髪に赤い瞳を持つ絶世の美女らしい(母談)。でも実際は塔の中に押し込めちゃうくらいのバケモノらしいし?
鏡がないから確認しようはないから、きっと親の欲目とは盲目の事を指すんだろうと思っている。
「ねえ、ミリアは元気だった?」
姉のミリアは、使用人にすら忘れられたフィオラに、いつも食事を届けてくれる健気ないい子だ。
今世の姉も大当たり!
フィオラのいるこの塔を見上げて微笑みかけてくれるミリアは、フィオラの癒しだった。
ちなみにミリアもよくある小説の主人公らしく、異世界からの転生者だと書かれていた。あの天真爛漫な性格は現代人だからこそなのだろうけど、まさか自分が小説の中の主人公だなんて思ってもいないよね!
「ええ。とても元気そうだったわ。……ほんっと!あの恥ずかしがり屋さんはどうにかならないかしら」
ミリアはエイルが本妻さんに虐められないように、頑張ってエイルを追っ払ってくれてるんだろうけど……この母が空気を読める訳もない。でもま、今日も2人が幸せならそれで良し!
「で?今日は何しに来たの?」
原作では、エイルがこんなに頻繁にこの国を訪ねる事はなかったはず。エイルが住んでいるのは、ここからずっと遠いエルフの国ユグドだからね。
エルフである彼女は、自由に空を飛んでここまで来れる訳だけど、それにしても距離的にはかなり遠いはず。ほんっと、エイルの生態は謎だらけだ。
「そろそろ2人とも16歳になるでしょ?成人のお祝いをしなきゃって思ってね!」
エイルはそう言うと、フィオラの頭を撫でた。
「ユグドの恵みを貴女に。成人、おめでとうフィオラ」
「……ありがとう」
いつもボケ倒してる母の真剣な声に、ちょっとだけ恥ずかしくて、フィオラは頬を染めた。
「フィオはとっても美人だから、すぐにいい男が出来るに違いないわ」
エイルの頭の中は、いい男の事でいっぱいね。でも、どんな男でもいい。この塔から連れ出してくれるなら、その人が白馬の王子様だ!
「じゃ、そろそろ帰るわね、フィオラ。困った事があったら、小鳥に話しかけてね」
「別に私、困った事なんてないわ」
「そう……なの?」
エイルが少し寂しそうな顔をしているのを見て、フィオラは気付いた。これって、フィオラにいじって欲しいって事だよね!これは……感謝を伝える絶好のチャンスだよね!
そう、今世で決めた事その2!気持ちは惜しまず伝える!
「エイル、いつも来てくれてありがとう!エイルが来てくれるだけで、フィオは幸せよ!」
フィオラはエイルを抱きしめた。今のフィオラにできる事はこれしかない。でも、伝える事が大事なんだと、前世の失敗から学んだ。
「ふふ。フィオラは本当に優しい子ね」
エイルの微笑みは、天使の微笑み。フィオラもつられて笑顔になっちゃうの。すると何故か逆に、エイルは涙を流した。……あ、そんなにフィオラの顔ってヤバい?
「じゃ、フィオラ。また来るわね!……あ!そうだわ。これは結婚100周年の記念にって夫にもらった物なのだけど、あなたにあげるわ!」
フィオラの手に何やら押し付ける。
「いや、そんな凄いもの貰えないから!!」
いくらエルフが長寿とはいえ、恐らく100年はすんごい節目の記念日のはず。気合いの入った贈り物に違いない。
フィオラは慌ててその手を押し返した。でも母は引かない。
「フィオには特別なものをあげたいの。受け取ってちょうだい!」
「いやいや、フィオラにそれは勿体なさすぎるから!」
するとエイルは押し問答を諦め、フィオラの頭を撫でると、少し苦しげな表情で花畑の上にキラリと光る何かを置いた。そして涙を隠すように風のように窓から飛んで行ってしまった。怒らせてしまった?いや、そんなに大切な物なら、フィオラなんかに渡さなきゃいいのに。
しかし、フィオラは知っている。
過度な遠慮はしちゃダメだって事を!
フィオラは、気を取り直すと、お花畑に座ってエイルの置いた何かを探した。
おお!こんな豪華な贈り物なんて初めてだ。ワクワクしながら持ち上げてみる。
「エイルの夫……めっちゃ心が広い!」
その広さを写した様な深い青の小さな宝石のついた銀のネックレスだ。技術の進んだ前世でも、見た事のないほど美しく凝った細工に、フィオラの心は震えた。
「そういえば、ミリアもこんなネックレスを持っていたな」
母エイルは赤ん坊だった双子をマックリーン王に預ける時、自分のネックレスを妹のミリアにかけてあげていたんだよね。
その頃から大人な意識のあったフィオラはそれを見て、さすが小説の主人公は特別なんだなぁって納得したものだ。
それが今、フィオラの手の中にもあるだなんて!
「嬉しい……」
きっと化け物の様な容姿をしたフィオラには似合わないだろう。でもここには誰もいないよね?ちょっとくらいオシャレしてもいいよね!
フィオラは慣れない金具に苦労しながらもネックレスを着けて、お花畑の上をくるくると舞った。踊り子のエイルに習ったダンスを踊れば、まるで風になったように素敵な気分になれるのだ。
「今日はとても素敵な日だったわ」
毎日がこんな日だといいのに!
そう思ったら何故か涙がこぼれそうになった。
エイルが帰った後は必ず、部屋の中が寒くなった様な物悲しい気分に囚われる。いつまで経ってもこの感覚には慣れない。
フィオラは首を振ると、ネックレスに指を這わせた。それだけで、まるで自分が特別な存在になれた気がした。
……特別な?まるで主人公みたいに?
原作には、双子の妹フィオラもエルフのネックレスをしているなんて、どこにも書いていなかった。
「……もしかしたら原作は変えられるの?」
”ワタ彼”の中で、主人公の妹フィオラは、真っ先に殺される運命だった。化け物ならば、それも仕方ないのだろうと諦めてしまっていたけど……。
もし、それを変えられるとしたら?
胸がドキドキする。
原作を変えれば、生き残れるかもしれない。
化け物の私が、望んでもいいのかな……。
フィオラは小さな窓の、その向こうを見る。
でも、たとえ死を逃れ逃げられたとしても、フィオラは化け物だ。きっとどこに行っても怖がられるに決まってる。家族だって、塔に閉じ込めちゃうくらいだ。フィオラは1人でいた方が幸せなんだろう。
でもそれって……いつまで?ずっとひとりぼっちのまま、また死ななきゃならないの?
「いやいや、可愛い母親がいて、素敵な魔法も使えちゃうのに、これ以上なんて望んじゃバチが当たっちゃうわ!」
こんな何も無い塔の中にいても、病気になった事もないとか凄い事。神様、超頑丈な体をありがとう!
それだけで十分だって、思っていたのに。
フィオラはネックレスについた綺麗な石を握りしめた。
主人公みたいに!なんて贅沢は言わない。
でも、私だって、もっと生きてみたいのだ。
生きて、この世界を歩いてみたい。もっと誰かと話してみたい。誰かと触れ合ってみたいのだ。
前世では生きる事を諦めて、死んだように生きていた。
でも、今世はギリギリまで粘ってみなきゃ、2度目のチャンスをくれた神様にも失礼だよね!私、きっと間違ってないよね?
「原作を思い出さなきゃ……」
まだ心臓はドキドキしてる。今まで、先の事なんて考えた事がなかったから。
「まずは生き残る。そしていつか、エイルとエイルの夫に御礼を言うの」
フィオラは妻の浮気相手との子だから、嫌がられる事間違いなし!それでも今世は気持ちを伝える!そう決めたから!
フィオラは肩にとまった小鳥と一緒に、塔の窓に座ると、神様とエイルとエイルの夫に感謝しながら、これからの事に思いを馳せた。
読んで下さり、ありがとうございます!