06.恋愛相談
本日2話目です。
「……どうぞお話ください。あなたの心の重荷を女神リュシアに委ねましょう」
ソフィアが言うと、目隠しの向こうから、若い女性の細い声が聞こえてきた。
「実は……私、ずっと好きな人がいるんです」
(まあ、恋愛の相談ですわ)
彼女はペンをぐっと握り締めると、身を乗り出した。
「ずっと好きな方がいらっしゃるのですね」
「……はい。同じクラスだった男の子です」
女性は、少し恥ずかしそうに話し始めた。
話によると、彼は、街の学校の元同級生らしい。
当時は何とも思っていなかったが、1年ほど前から彼女が働いているパン屋に来るようになり、だんだん気になり始めたという。
「でも、全然恋愛に発展しなくて……」
店に来たときは積極的に話しかけたり、こっそりおまけをつけたりしてアプローチしているのだが、
彼の方はあまりそういう空気を感じていないようで、関係が進展する気配がないらしい。
「しかも、この前、街で違う女性と話をしているのを見てしまって……」
そのとき、今まで感じたことのないような嫉妬心が芽生え、それ以来、彼女は苦しくてたまらない日々を送っているのだという。
「もう……どうすればいいか、わからなくて……」
「まあ、そうですのね……」
相槌を打ちつつ話を聞きながら、ソフィアは内心頭を抱えた。
(つまり……脈がなさそうな男性を、どうやって振り向かせたらいいのか、というご相談ですわよね……?)
彼女は思った。
そんなの、自分だって知りたい。
そもそも、これが分かっていたら、ルパートにあんな仕打ちをされなかった気がする。
(とりあえず、この方がどんな方か見た方がいい気がしますわ)
実はこの懺悔室には、のぞき穴がある。
こちらから覗いていることがバレない極小のものだ。
(では、失礼しますわね……)
ソフィアは、のぞき穴からそっと女性を見た。
そして、「あら?」と首をかしげる。
(わたくしと同じ年くらいかと思ったら、ずっと年上の方でしたのね)
懺悔室に座っているのは、ひっつめ髪の地味な雰囲気の女性だった。
茶色のフリルの付いた上下を着ている。
(お幾つくらいかしら……? 30代くらい……?)
ソフィアが遠慮がちに年齢を尋ねると、女性が答えた。
「18歳です」
「……18歳」
ソフィアは黙り込んだ。
30代かと思いきや、まさかの18歳。
(……もしかすると、男性が振り向いてくれないのは、外見的なものも原因になっているかもしれませんわね)
ソフィアの頭の中で、令嬢時代に培われた感性が働き始めた。
女性の雰囲気からすると、今流行っている淡い色のワンピースがものすごく似合う。
顔立ちも整っているし、きっとものすごく可愛くなる。
(でも、こんなこと言ってもいいのかしら……)
遠慮する心が芽生えて考え込むものの、彼女は顔を上げた。
モヤモヤを抱えて毎日過ごすのがどれだけ辛いか、身に染みてよく分かっている。
せっかく相談に来てくれたのだ。
自分に気が付いたことがあるなら、伝えた方がきっといい。
ソフィアは慎重に口を開いた。
「……今の服装や髪形は、ご自身の好みでらっしゃるのですか?」
「いえ、母が選んでくれたものです」
女性の話によると、服や髪型はすべて母親の選んだものらしい。
ただ、半年ほど前に実家から出て1人暮らしを始めたため、それをきっかけに流行のファッションに興味を持ち始めているらしい。
(まあ、それはちょうどいいですわ)
ソフィアは、コホンと咳ばらいすると、控えめに口を開いた。
「では、流行の格好をしてみてはいかがでしょうか? 印象を変えればきっと状況も変わりますわ」
「実は少し考えたことはあるんですけど……でも……」
女性によると、確かに興味はあるが、どうすればいいのか分からないらしい。
「そういう時はプロに聞くのが一番ですわ。幸いこの街にはお洒落なお店がいっぱいありますから、相談してみてはいかがですか?」
「……私なんかが行って、引かれないでしょうか」
心配そうに言う女性に、ソフィアは励ますように言った。
「大丈夫ですわ! お洒落は1日にしてならず、最初はみんなお洒落初心者ですもの」
目隠しの向こうで、女性が何か考えるように黙り込んだ。
しばらくして、決心したように口を開く。
「実は、勤めているパン屋の近くにお洒落な洋服屋があるんです」
行ってみたいと思いつつ、躊躇していたらしい。
「でも、ここでこう言っていただきましたし、今日帰りに勇気を出して行ってみます」
来た時の暗く沈んだ声とは違う、力強さを帯びた声に、ソフィアは思った。
きっと、この方は大丈夫だわ、と。
席を立つ女性に、ソフィアは心を込めて声を掛けた。
「がんばってくださいませ。あなたに、女神リュシアのご加護がありますように」
その後も、ソフィアは相談を受け続けた。
お父さんの大切にしている時計を壊してしまった男の子や、高い家具を買おうか迷っている女性など、悩みを聞いて丁寧に答えていく。
そして、5人目の相談が終わった直後。
ゴーン、ゴーン
教会の鐘が鳴り響いた。
ふと上を見ると、天窓から夕方の光が差し込んでいる。
ソフィアは、ふう、と大きく息を吐くと、机に突っ伏した。
「女神リュシア様、わたくし、すごくがんばりましたわ……」
と小さくつぶやいた。
そして、席を立つと、ヨロヨロと書庫から出て行く。
――そして、この日を境に、
「大聖堂の懺悔室は、変わった言葉を使うシスターが、親身に話を聞いてくれる」
という噂が街を飛び交うこととなった。
本日はあと2話投稿します。