エピローグ
王都を出たソフィアは、ロイドと共に3日かけてオルテシアの街に戻ってきた。
馬上から、遠くに見える見慣れた街をながめながら、彼女は不安になった。
自分は大聖女に選定されてしまった。
果たして、みんなどんな反応をするのだろうか――。
(元通りの生活を送る……という訳にもいかないわよね……)
しかし、その不安は杞憂に終わった。
街の人たちは、ソフィアが大聖女になったことを喜びはしたものの、態度をほとんど変えなかった。
もともとソフィアのことを聖女だと思って接していたため、今さら肩書きが増えたところで、何かが変わるわけでもないらしい。
修道院のシスターたちも同様で、みんな驚いてはいたものの、
「ソフィアはソフィアよね」
「そうね」
といった具合に、特に何か変わるようなことはなかった。
(良かったわ……)
ソフィアは、ホッと胸を撫でおろした。
みんなに感謝すると共に、以前と同じ生活を送れることに安堵する。
そして、ソフィアが戻って来てから約3週間後。
少し疲れた様子のアウグストが帰ってきた。
王都で色々あったらしい。
「いやいや、大変だったよ」
どうやら一部の貴族が「大聖女は王都にいるべきだ」と騒いだらしい。
「ただまあ、ルパート元王子とヴァルター元枢機卿のお陰で何とかなってね」
取り調べにより、2人のこれまでの悪行と、ソフィアへの酷い仕打ちが明らかになり、
その結果、
「こんな酷いことをされたソフィア大聖女が、王都に戻って来たくないと言うのは、至極当然だ」
という空気が流れ始め、貴族たちが強く言えない雰囲気になったという。
「あの2人も最後に役に立ってくれたね」
飄々と言うアウグストに、ソフィアはくすりと笑った。
(アウグスト様が元枢機卿だと知った時は驚いたけど、相変わらず適当な人だわ)
アウグストがニコニコしながら言った。
「それで、懺悔室クッキーなんだが、週1回から週2回にするのはどうかな?」
どうやら、ソフィアが大聖女に認定されたのを機に、一儲け企んでいるらしい。
「……アウグスト様って、本当にブレませんわね」
苦笑いしながら、そんな会話を交わす。
*
そこから彼女は、前と同じような生活を始めた。
週に2回、懺悔室で話を聞き、クッキーを焼く。
彼女目当てに、オルテシアの街には多くの巡礼者が訪れるようになった。
皆、大聖堂に来て祈りを捧げて寄付をし、あれば「大聖女の懺悔室クッキー」を購入していく。
そのお陰で、大聖堂の財政はものすごく潤った。
車椅子用のスロープが設置され、屋根も綺麗になる。
もはや整備できるところがほとんどなくなった頃、アウグストは街の人たちと、今後の大聖堂の方針について話し合った。
集まったお金を、どのように使うか話し合う。
その結果――――。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
なんと、町の中央広場にソフィアの像を建てる話になってしまった。
ソフィアはもちろん反対した。
「そんなの無理ですわ」
「はずかしいにもほどがあります!」
と、抗議する。
しかし、いつもはソフィアの味方をしてくれる街の人も、この時ばかりは譲らない。
「どうしても」と彼女を説得し、ついにオルテシアの中央広場に、祈りを捧げるソフィアの像が建てられてしまった。
「何よ、これ……恥ずかしいわ……」
そう思いはしたものの、周りの人たちが嬉しそうに眺めているのを見ると、何も言えない。
ロイドの方はというと、引き続き王都の大学に通い続けた。
以前と変わらず、月に1回、馬に乗って会いに来てくれる。
ソフィアを連れ去った件が問題になるだろうと覚悟していたようだが、
アウグストが、「彼には私が指示した」としてくれたお陰で、呼ばれて話を聞かれるくらいで済んだらしい。
さすがに、ソフィアとの結婚については、大問題になったようだが、
ソフィアの強い希望と、アウグストとロイドが護衛についていた隣国の皇子の後押し。
そして、国王自らソフィアを追放してしまったという負い目もあり、国は渋々ロイドとの結婚を認めた。
2つの国の中間にある土地をロイドが治め、そこにソフィアが住むということで決着がつく。
全てが落ち着いた頃、ソフィアは国中を巡礼した。
民衆の支持があったからこそ、今の生活があると思ったからだ。
――そして、こんな感じで、忙しく過ごすこと1年。
とうとう2年の修道女見習いの期間が終わり、ソフィアは、オルテシア修道院を卒業し、ロイドと共に領地に行くことになった。
*
卒業の日の当日。
澄んだ水色の空に、春らしい白い雲が浮かぶ、穏やかなお昼過ぎ。
ソフィアは、修道院の小さな自室を掃除していた。
彼女は、部屋を隅々まで丁寧に掃除した。
ハタキをかけ、濡れた雑巾で床を拭いていく。
そして、掃除を終えると、部屋の真ん中に立った。
見慣れた小部屋をぐるりと見渡すと、ぽつりとつぶやく。
「……なんだかんだ、2年もここに住んだのね」
(本当に――いろいろあったわね)
この2年のことを思い返しながら、ソフィアはぼんやりした。
すごく長かったような、あっという間だったような、不思議な気持ちだ。
窓にかかったレースのカーテンが、春風でそっと揺れる。
そして、名残惜しい気持ちで部屋を見回しながら、そろそろ出ようかと考えていると――
コンコンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と声をかけると、ドアがガチャリと開き、背の高い男性が入ってきた。
「まあ……ロイド様」
ソフィアが目を丸くすると、ロイドが穏やかに微笑んだ。
「修道院に男性が入るのはご法度ですが、アウグスト様が“最後だから行ってこい”と」
彼は室内を見回した。
「ここにお住まいだったんですね」
「そうよ。いい部屋でしょう?」
「そうですね」
ロイドは窓の外を見ると、花が咲き乱れる中庭に目を細める。
その後、2人は部屋を出ると、並んで廊下を歩き始めた。
ソフィアは歩きながら、窓のついた明るい廊下を名残惜しそうに見回した。
もう、しばらくはここに来られないかもしれないと思うと、自然と目が潤んでくる。
そして、建物を出て庭を通って門まで行くと、そこには少し寂しそうな笑顔のシスターたちが待っていた。
アウグストもニコニコしながら一緒に立っている。
「行ってらっしゃい、ソフィア!」
ヒルダとエミリーが、ソフィアにぎゅっと抱きついた。
マーサが、「またおいで」と、肩をポンポンと叩く。
アウグストがロイドに向かって言った。
「よろしく頼むよ」
「ええ、お任せください」
ソフィアはみんなに別れを告げると、ロイドと共に馬に乗った。
手を振るシスターたちと離れていく修道院に手を振りながら、頬を伝う涙をぬぐう。
そして、並木道を通り抜け、街の近くを通り抜けようとした――そのとき。
「……!」
ソフィアは目を大きく見開いた。
目に飛び込んできたのは、街の入口にずらりと並んだ街の人たちだ。
みんな、ソフィアを見て嬉しそうに歓声を上げる。
「懺悔室の聖女様、万歳!」
「また来てね!」
ソフィアは、涙を流しながら笑顔で大きく手を振った。
人々から大きな歓声が上がる。
そして、そのまま街が見えなくなるところに来て、ロイドがそっと彼女にハンカチを手渡した。
ソフィアが、涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチでぬぐうと、ロイドを見上げる。
「……わたくし、なんだかんだ馴染んでいたみたいですわ」
「ええ、そのようですね」
ロイドが優しく微笑む。
そして、彼女の体に腕を回すとギュッと抱きしめた。
「またすぐに来ましょう。いつでも来れます」
ソフィアは、ロイドの澄んだ青い目を見上げた。
この人にずっと支えてもらった。
感謝してもしきれない。
「ありがとうロイド様。――これからも末永くよろしくお願いします」
ロイドが優しくソフィアを見た。
「こちらこそ。――愛しています、ソフィア」
そうつぶやくと、彼女の額にそっと口づける。
水色の空を、白い雲がゆっくりと流れていく。
花の香りのする柔らかい風が、祝福するように2人をそっと包んだ。
◇ ◇ ◇
大聖女ソフィアに関しては、たくさんの歴史書で取り上げられている。
『女神リュシアの娘』と呼ばれ、強力な癒しの力と豊穣の力を持つ聖女だったという
また、研究熱心だった彼女は、薬の開発なども積極的に行い、人々のために尽力したという。
彼女の人気は絶大で、今売られている「大聖女クッキー」は、彼女を称えるために作られたと言われている。
彼女本人については、歴史書によって意見がかなり分かれる。
「自由奔放な大聖女」だったり、「規律を重んじる真面目な大聖女」だったり、様々だ。
その中で、最も信ぴょう性があると言われているのが、
古都オルテシアを首都まで育て上げたと言われる教皇アウグストが遺した手記で、それによると彼女は真面目でお人好しだったらしい。
彼女の夫ロイドは、生真面目な武人で、大聖女ソフィアの最大の理解者だったようだ。
彼女を深く愛しており、彼女を襲った魔獣と戦った際に、彼がへし折ったとされる木の切り株が今も残っている。
そんな彼女に会いたければ、オルテシアの街を訪れるといい。
中央の広場には、彼女の像があり、今でも花が手向けられている。
(完)
これにて完結です。
お読み頂きありがとうございました!
ブクマ、評価、誤字脱字報告、イイね、ありがとうございました。
楽しく投稿できたのは、皆様のお陰です。 ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
本編はこれで終わりですが、落ち着いたどこかで
アウグストがなぜオルテシア修道院に来たか、というお話を投稿しようと思います。
*
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