11.祝賀パーティ②
本日3話目です。
「ソフィア、来てくれ。改めて君を婚約者として皆に紹介させてくれ!」
会場がざわめいた。
「どういうことだ?」
「本気か?」
そんな声が聞こえてくる。
会場中の視線が集まるなか、ソフィアは冷静な目でルパートを見た。
「どうした? 早く来てくれ」
ルパートが、イラ立ちの混じった目で威圧するように見てくる。
(……あの目が怖くて仕方がなかったのよね)
そう思い出しながら、ソフィアは口を開いた。
「……はい、ただいま」
彼女はアウグストに「行ってきます」と言うと、舞台に向かって歩き始めた。
傲慢そうに笑うルパートを見ながら、
以前のわたくしはいつもこういう扱いを受けていたわね。と思い出す。
ソフィアの気持ちや都合などお構いなしに、都合よく物のように扱い、少しでも嫌がる素振りを見せれば、とたんに不機嫌な顔をされる。
婚約者というよりは、奴隷のような扱いだった。
(……でも、わたくしも悪いところはあったのかもしれない)
不機嫌になられても、周囲から何を言われても、言うべきことは言った方が良かったのかもしれない。
そうすれば、もっと対等な関係が築けていたのかもしれない。
(……でもまあ、今更な話だわ)
今日のこの場に来て、自分がいる場所はここではないとハッキリ分かった。
きっちり片を付けて、みんなの待つオルテシアに帰ろう。
(わたくしは、もう過去には戻らない)
ソフィアが、ゆっくりと舞台に上がった。
ルパートが満面の笑みで両手を広げる。
「よく来たな! ソフィア!」
近づいてきて、彼女の腰に手を回して抱き寄せようとする。
嫌悪感を覚えながら、ソフィアはするりと身をかわした。
驚くルパートを正面から見据える。
そして、息を軽く吐くと、声を張り上げた。
「殿下。1つ確認したいことがございます」
「……なんだ」
ルパートが不機嫌そうな顔をする。
ソフィアはそんな彼の目を真っすぐ見返しながら、淡々と口を開いた。
「1年と少し前、わたくしはイザベラ聖女を虐げたという罪で、婚約を破棄された上に王都を追放されました。――この件については、一体どうなっているのでしょうか」
「そ、それは……」
ルパートが、目を泳がせながら言い淀む。
ヴァルター枢機卿が、人のよさそうな笑みを浮かべながら現れた。
「まあまあ、ソフィア大聖女。このような祝いの席で、そんな話はよろしいではありませんか。周囲をご覧ください。皆、あなたのために集まっているのですよ?」
この人が全ての元凶な気がするわ。と思いながら、ソフィアは静かに首を横に振った。
「いいえ、これは“そんな話”ではありません。わたくしは、あの断罪で、これ以上ないほど名誉を傷つけられたのです。なかったことにはできません」
彼女の言葉を聞いて、会場にざわめきが広がった。
「確かにそうだよな」
「いくら何でも、あれをなかったことにするのは無理があるわよね」
といった囁きが聞こえてくる。
ヴァルターは軽く舌打ちすると、笑顔で大きくうなずいた。
「大変失礼しました、ソフィア大聖女。確かに貴女のおっしゃる通りです。これに関しては、ルパート殿下にもきちんと考えがあるようです。――そうですね、殿下?」
「あ、ああ」
ルパートが、気を取り直すように咳払いすると、微笑んだ。
「ソフィアが望むなら、イザベラを厳罰に処することを約束しよう。嘘をついて我々を騙したのは、あの者だからな」
「聖女には自由意志が認められていますが、大聖女はその更に上です。あなたが望めば、イザベラ聖女にいかような罰も与えることができますよ」
ヴァルターがニコニコしながら言う。
ソフィアが落ち着いた声で尋ねた。
「では、あれは“冤罪”だったということですか?」
「その通りだ」
「ええ、間違いありません」
ルパートとヴァルターが同時にうなずく。
全ての罪をイザベラに着せて、自分たちは逃れようという魂胆だ。
――しかし。
「うそつき!」
女性の金切り声が上がった。
人々が振り返ると、扉のそばに怒りで顔を真っ赤にしたイザベラが立っていた。
「ルパート様とヴァルター枢機卿が! 私に、ソフィアに虐められたと訴えろって言ったんです! そうすれば大聖女にだって王妃にだってなれるって! お父様も喜んでくれて!」
会場が一気にざわめいた。
「なんとそういうことか」「怪しいとは思ったがそこまでとは」といった非難の声が上がる。
ヴァルターが焦った顔をした。
そばにいた護衛の騎士に、
「なぜあの娘がここにいる! すぐに追い出せ!」
と耳打ちする。
ルパートが、青くなりながら叫んだ。
「だ、黙れ! 嘘を言うな!」
「嘘じゃありません! ルパート様は確かに言いました! 邪魔者を消せば我々は婚約できるって!」
叫ぶイザベラを、騎士が「失礼します」と静かに取り押さえた。
イザベラが更に騒ぎ立てる。
ルパートが、焦ったようにソフィアを見た。
わざとらしい笑みを浮かべて口を開く。
「イザベラは大ウソつきでね。お前は私を信じて従えばいい」
その言葉に、ソフィアは思わず噴き出しそうになった。
「殿下、いくら何でもそれは無理ですわ」
「……は?」
「わたくしがいくら無罪を訴えても信じなかった殿下を、なぜわたくしが信じると思うのですか?」
ルパートが真っ赤になって口をパクパクさせる。
そこへ、両親が飛んできた。
ソフィアを「殿下に向かって失礼ですよ!」と叱りつける。
ソフィアが落ち着いた目で両親を見た。
「申し訳ありませんが、わたくしは勘当された身です。あなた方の指示には従いません」
「わ、わかった! 勘当は取り消す!」
猫なで声を出す両親に、ソフィアが首を横に振った。
「わたくしはもう成人ですから、自分の身分は自分で選べます。ラングレー公爵家と今後関わる気はありません」
両親が真っ青な顔で床に崩れ落ちる。
一連の騒ぎを見ていた国王が、困ったような顔を作った。
「ソフィア大聖女、我々をあまり困らせないでくれるか。ルパートも両親も反省しているではないか」
ソフィアは臆することなく国王を見据えた。
「陛下。わたくしは、誰がわたくしを辺境に追放する最終判断をしたか忘れておりません」
国王が、ぐっと詰まったような顔をする。
ソフィアが国王を真っすぐ見ながら続けた。
「この国では、聖女の意思は尊重される、そうでしたね?」
「……ああ、そうだ」
押されたように国王がうなずく。
ソフィアは軽く息を吐くと、群衆の方を向いた。
ゆっくりと口を開く。
「わたくしの意思は、公爵令嬢でも王族の婚約者でもなく、ただのソフィアとして、自分の意思で生きていくことです。――もう2度とこの場所には戻りません」
地位をかなぐり捨てるようなソフィアの言葉に、貴族たちが目を見開いた。
会場がシンと静まり返る。
そんな中、彼女は静かに舞台を降りた。
会場を横切って、開いている窓から夜のバルコニーに出る。
そして、くるりとポカンとしている人々の方を向くと、優雅にカーテシーをした。
「それでは皆様、ごきげんよう」
彼女は踵を返すとバルコニーについている階段を下り始めた。
下は馬車が乗り付けることのできるロータリーになっており、フードをかぶったロイドが闇に紛れて馬と一緒に待っている。
彼はソフィアを見て微笑んだ。
「もういいのですか?」
「ええ、わたくしの冤罪も晴れましたし、もうこれ以上ここに用はありません」
ここに来る前に、ソフィアはロイドに頼んだのだ。
大広間のロータリーまで迎えに来てくださいと。
必要以上いたくないと思ったからだ。
ロイドは馬に飛び乗った。
ソフィアを引っ張り上げて前に乗せると、馬に乗せていたローブを被せる。
「行きましょう」
馬が蹄の音を立てて走り出す。
その音を聞いて、ルパートが弾かれたようにバルコニーに出た。
闇に消えていく馬を見て、目を見開く。
「待てソフィア!」
バルコニーを見下ろしながら、ルパート王子がわめいた。
ソフィアを追うようにと騎士たちに指示を出そうとする。
――と、そのとき。
びゅうっ
突然、ものすごい風が吹いた。
王子は風に飛ばされて、コロコロと会場へと転がっていく。
「な、何だ今の風は!」
「まさか、女神リュシア様が……?」
人々が驚きと恐れの色を浮かべる。
ヴァルターも一瞬怯むものの、すぐに立ち直った。
騎士たちに、ソフィアを追うようにと指示を出そうとする。
しかし。
「……よろしいですかな」
落ち着いた声が響いた。
人々が声の方向に目をやると、アウグストがニコニコしながら立っていた。
悠然と舞台に上がると、国王に意味ありげに礼をする。
「聖女の意思は尊重される。そうですな? 国王陛下」
「……うむ」
「では、追わせるなどもっての他ということですな」
「……そうなるな」
国王が苦虫を嚙み潰したような顔でうなずく。
アウグストが、笑みを深めた。
「実は、もう1つ報告がありまして、『大聖女選定の儀』で、八百長を働こうとした者がいたようです。元枢機卿としては、詳しく話を聞く必要があると思うのですが、どうですかな? ヴァルター枢機卿?」
アウグストの冷たい目で、ヴァルターを見据える。
会場の目が集まるなか、ヴァルターが真っ青になって床に崩れ落ちた。




