09.手の平返し
本日第1話です。
大聖女選定の儀の終了後。
大歓声の中、ソフィアは呆然としながら、大広場を出た。
足元もおぼつかない状態で中央大聖堂に入る。
(これは……大変なことになってしまったわ)
驚きすぎて頭がよく働かない状態で、祈りの間に入ると、突然周囲から拍手が沸き起こった。
祈りの間にはたくさんの神官服を着た人々がおり、見たこともないような愛想のよい笑顔を浮かべている。
「おめでとうございます」
「ようやく神託による大聖女様の誕生ですな!」
次々と祝福の声を掛けてくる。
その中には、儀式の前に、廊下でソフィアを無視した中年神官もいる。
(これは……一体どういう反応をすればいいのかしら?)
ソフィアが戸惑っていると、中央大聖堂の太った大司祭が、笑顔で近づいてきた。
特別な部屋を用意しているので、今日からそこに泊まるようにと勧めて来る。
(……どうなのかしら、こういうの)
あまりに露骨な手の平返しに、呆れたような気持ちになっていると、
アウグストがニコニコしながら現れた。
「彼女は私と一緒に帰る予定でね。急な予定変更は困るんだよ」
目を細めながらそう言われて、大司祭が怯んだ。
他の者たちも渋々と引き下がる。
アウグストは、「見送りはいいから」と言うと、ソフィアを促して一緒に歩き始めた。
声を潜める。
「いやいや、驚いたね」
「……アウグスト様、もしかして、気が付いて……」
「いや、私も予想外だった」
アウグストによると、もしかしてソフィアが聖女かもしれないと思ったことはあったが、祈っても光らなかったので、聖女ではないと思っていたらしい。
「ただ、今日広い所で見てよく分かったが、ソフィアさんは光る範囲が広すぎて、本人が光っているようには見えないんだね」
アウグストの話だと、ソフィアを中心に広場全体が光っていたらしい。
「近くにいる人間は、ちょっと明るいな、くらいにしか思わなかったって訳だ」
はっはっは、とおかしそうに笑うアウグスト。
ソフィアは虚ろな目をした。
道理で自分でも気が付けなかったはずだ。
アウグストが、笑うのを止めると、真剣な顔になった。
「まあ、とりあえず、早急に今後について相談する必要があるだろうね。このままだと、君は王都に戻って中央大聖堂の筆頭聖女になることになるだろうからね」
ソフィアはため息をついた。
「……やっぱりそうなりますわよね」
「ああ、そうだろうね。それは貴族であった君もよく分かるだろう?」
「……はい」
ソフィアがこくりとうなずく。
2人は、長い廊下を歩いて裏口に出た。
裏口では、黒塗りの馬車が待っている。
アウグストが、口を開いた。
「とりあえず、先に戻るといい。私は少し様子を見て行くから、帰ったら話そう。信頼できる護衛も呼んでおいた」
「はい」
ソフィアがこくりとうなずく。
そして、彼女はアウグストと別れを告げると、馬車の前に立った。
馬車の扉を開けると、ため息をつきながら、よいしょと乗り込み――
「まあ!」
思わず声を上げた。
馬車の扉の影に、騎士服姿の男性――ロイドが座っていた。
彼はソフィアを手伝って馬車に乗せると、扉を素早く閉めて、御者に出発するようにと声を掛ける。
そして、彼女の顔を見ると、気づかわし気に目を細めた。
「大丈夫ですか? さぞお疲れになったでしょう」
その労わりの言葉を聞いて、ソフィアは心の底からホッとした。
張り詰めていた緊張が解け、背もたれに、もたれかかる。
「……わたくし、ものすごく疲れましたわ」
「がんばりましたね」
ロイドが手を伸ばして、ソフィアの手をそっと握る。
その手の暖かさに安堵しながら、ソフィアは思案に暮れた。
確かにアウグストの言う通り、このままでは王都に戻って大聖女として活動しろ、という話になるだろう。
親も勘当を解いて、家に戻って来いと言いそうだ。
学園にも戻って、また前と同じような暮らしを送るようにと説得されるかもしれない。
(でも、それって……)
眉間にしわを寄せるソフィアを、ロイドが心配そうに見る。
そして、彼は息をつくと、ゆっくり口を開いた。
「私は、あなたが何者であろうと、気持ちは変わりません」
そして、彼は少しいたずらっぽく笑った。
「なんなら、一緒に逃げましょうか」
「逃げる?」
「ええ。私の国でもいいですし、その隣の国でもかまいません。私は幸い腕が立ちますから、冒険者になることもできます。それなりに財産もありますから、あなたを路頭に迷わせるようなことはしません」
ですから。と彼は真面目な顔で言った。
「あなたが望むように決めてください。私はそれを支えます」
その言葉を聞いて、ソフィアは目が覚めるような思いがした。
驚きのあまり回っていなかった頭が一気に冴え、これからのことについて、真剣に考え始める。
そして、彼女は身を起こすと、真っすぐな目でロイドを見た。
「ロイド様、わたくしの考え、聞いてくださいます?」
ロイドが力強くうなずいた。
「ええ、もちろんです」
続きは本日中に投稿します。




