07.大聖女選定の儀③
本日3話目です。
大広場が微妙な空気に包まれる中、イザベラはダラダラと汗をかいていた。
(ど、どういうことなの!?)
いつもなら、祈った瞬間に光が出るのに、今日に限って何も起こらない。
指の色が変わるくらいギュッと手を握り締めて、何度も祈るが、全く光る気配がない。
(で、でも、ルパート様は、例え光らなくても何とかなるって言っていた)
とりあえず、このまま祈る姿勢を続けようと、背中に滝のような汗をかきながら、ジッと待つ。
――同じ頃、大広場の裏にある中央大神殿では、とんでもない騒ぎが起きていた。
「レ、レバーが動きません!」
無人で鐘を鳴らすレバーが、突然動かなくなってしまったのだ。
大の男が3人がかりで顔を真っ赤にしながら踏ん張っても、ピクリとも動かない。
同時に、庭のハト小屋にも異変が起きていた。
「おい! お前ら飛べって!」
いつもなら、小屋の扉を開けた瞬間に飛び立つハトが、今日に限って全く飛び立とうとしないのだ。
くるっぽー、くるっぽー、と鳴きながら、呑気にエサを食べている。
イザベラが祈った瞬間に鳴らす予定だった大聖堂内のオルガンは、いくら鍵盤を叩いても音が鳴らず、奏者が頭を抱えている。
「な、何をしている!」
「どういうことだ!」
ヴァルター、ルパート、ダモンドの3人が血相を変えて大聖堂内に駆け込んできた。
「鐘と音楽はどうした!」
「そ、それが、レバーが急に動かなくなって……」
「オルガンも何をしても鳴らないんです!」
ルパートがイライラしながら叫んだ。
「ええい! ではハトだけでも!」
外に飛び出ると、ハト小屋の前で飼育係が狼狽えていた。
必死に「飛んでくれ! お前たち!」と懇願している。
「どけ!」
ルパートは、飼育係を乱暴に押しのけると、ハト小屋に飛び込んだ。
「飛べ!」と、足でハトを蹴ろうとする。
ハトは、ひょいとその足を避けた。
馬鹿にしたように、くるっぽーと鳴きながら、頭を前後に揺らして、のんびり歩き始める。
ヴァルターとダモンドが庭に走り出て来た。
「とりあえず、イザベラは調子が悪いということで、最後にまたやることにしよう」
そして、周囲の人たちを睨みつけた。
「お前たち! それまでに何とかするのだ!」
「は、はいっ!」
若い神官が、この決定を伝えるために大広場に走る。
*
大広場では、観衆たちがザワついていた。
イザベラが、女神リュシア像の前にひざまずいて、5分以上動かないのだ。
しかも、何も起こらない。
「……どうしたのかしら?」
「寝てるんじゃないか?」
群衆から、そんな言葉が聞こえてくる。
(本当にどうしたのかしら)
ソフィアは横を向いてイザベラを見た。
下を向いたまま、微動たりともしない。
心配になっていると、そこに肩で息を切らした若い神官が現われた。
イザベラに近づき、何か囁く。
そして、群衆の方を見ると、大声を張り上げた。
「イザベラ聖女は、体調がすぐれないそうです! 少し休んで、最後にまた儀式を行うものとします!」
(……えっ!)
ソフィアは、大きく目を見張った。
つまり、これは自分まで確実に順番が回ってくるということではないか!
(ど、どうしましょう)
目を泳がせる彼女の前で、イザベラがヨロヨロと立ち上がった。
青い顔で神官に支えられながら退出すると、すぐに4番目の聖女が呼ばれる。
4番目の聖女が、女神リュシア像の前にひざまずいて祈った。
彼女の体と女神像が、ぼうっと赤っぽく光る。
(こ、これはマズイですわ……)
ソフィアの額を冷たい汗が流れた。
これはもう、確実に自分の番がくる。
とっさに、仮病を使おうかとか、途中で倒れようかと考えるが……。
(そうなったら、イザベラさんの後にまたやれ、という話になるだけだわ)
と頭を抱える。
そして、打開策が思いつかないまま、
「では次! オルテシア修道院、ソフィア聖女!」
とうとうソフィアが呼ばれてしまった。
一瞬迷うものの、「はい」と返事をして立ち上がる。
(ど、どどどどうしましょう)
女神リュシア像に向かって歩きながら、必死に回避する方法を考えるも、何も思いつかない。
群衆から、「がんばれ!」といった声が聞こえた気もするが、全く頭に入って来ない。
そして、無言で女神像を見上げた――、その瞬間。
「ソフィア!」
歓声に混ざって、聞き覚えのある男性の声が耳に飛び込んできた。
声の方向を見ると、舞台のすぐ下に、ロイドとアウグストが並んで立っていた。
アウグストは、見たこともないほど豪華な衣装を着ている。
2人はソフィアを見ると、うなずいてみせた。
何か起きたら何とかするから大丈夫だ。そんな言葉が見て取れる。
「……ふう」
ソフィアは、大きく息を吐くと、少し落ち着きを取り戻した。
感謝の目を2人に向けると、女神リュシア像の前にひざまずく。
会場が、水を打ったように静まり返った。
ソフィアが軽く息を吐く。
そして、
(とりあえず、光らなくてもちゃんとお祈りをしましょう)
と思いながら俯くと、目をつぶって静かに祈り始めた。
日々の生活の感謝を捧げる。
途中で、薄目を開けて一応自分の体を見るが、まるで光っている様子がない。
(……まあ、当たり前よね)
彼女は内心苦笑した。
後ろから、群衆のざわめきが聞こえてくる。
(……光らないことをおかしいと思われているのね)
まったく光らない自分を見て、群衆たちは何と言うのだろうか。
――そして、彼女は祈りを済ませると、息を吐いた。
そのまま静かに立ち上がる。
そして、ゆっくりと目を開けて、
(…………え?)
思わず立ち尽くした。
目の前の女神リュシア像が、ものすごい神々しい光を放っている。
(な、なんですの、これは!?)
群衆は、ポカンとその様子を見た。
そのあまりの神々しさに、感動の涙を流す者もいる。
その時、驚く彼女の上空で、厚く垂れ込めていた雲がさあっと晴れた。
神々しい光が、彼女と女神リュシア像をぱあっと照らす。
――その瞬間。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
大聖堂の鐘が鳴り響いた。
バサバサッ
大量のハトが現われて、女神リュシア像の周囲を舞い、大聖堂からは荘厳な音楽が鳴り響く。
呆気に取られて立ち尽くす群衆の間を、花の香りのする暖かい風が吹き抜けた。
広場全体が、うっすらと明るくなり、その明るさが周囲に広がって行く。
ソフィアは思わず口をポカンと開けた。
予想外過ぎる状況に、頭が全くついていかない。
群衆たちも同様で、何も言えずに黙り込んでいる。
そのとき、誰かが声を上げた。
「だ、大聖女様だ!」
「ソフィア大聖女様、万歳!」
その声に、広場の人々が我に返った。
興奮したように「大聖女様の誕生じゃないか!?」などと話し合う。
この様子を見ていたイザベラが、信じられないといった顔で唇を噛み締める。
そして、その頃。
舞台の後ろ側で、ヴァルターとルパート、そしてダモンド伯爵が、大騒ぎをしていた。
(続く)




