(Another Side)一方、王都では⑤
本日2話目です。
ソフィアが、オルテシア修道院を出た、ちょうどそのころ。
王都の外れにある小さな教会にて。
ピンク色の髪の女性が、女神リュシア像の前にひざまずいて、祈りを捧げていた。
彼女の体がぼんやりと光り始める。
後ろで見ていた人々が、感嘆の声を上げた。
「すごい! 聖女様だわ! 光るところを初めて見た!」
「なんと神々しい……」
しばらくして、女性は立ち上がると、くるりとうしろを向いた。
後ろで見ていた者たちに向かって、愛想よく微笑む。
人々が興奮したように囁き合った。
「あれはどなただ……?」
「イザベラ聖女様じゃないか? 新聞で見たことがある」
イザベラは、にっこりと笑うと、出口に向かって歩き始めた。
人々が道を開けて、彼女に向かって祈り始める。
5歳くらいの男の子が、彼女に駆け寄った。
彼女のスカートを軽く触ると、持っていた花を差し出す。
「せいじょさま! これをどうぞ!」
「ありがとう。素敵な花ね」
彼女は優しく微笑むと、しゃがみ込んだ。
花を受け取ると、男の子の頭を撫でる。
そして、立ち上がって教会を出ると、手を振りながら、外に待っていた豪華な馬車に乗り込んだ。
「イザベラ聖女様!」
「また来てください!」
声を上げる人々に向かって、にこやかに手を振る。
馬車が走り出すと、彼女は窓のカーテンを閉めた。
ハンカチを取り出し、顔を歪めながら手を拭くと、男の子が触った場所を丹念に払う。
そして、窓を開けて、馬で並走している護衛を呼んだ。
「このハンカチと花、どこかに捨てておいてちょうだい」
「……かしこまりました」
護衛がやや戸惑ったような顔でハンカチと花を受け取る。
彼女は窓とカーテンを閉めると、豪華な座席にゆったりと座った。
小さく独り言ちる。
「庶民の御機嫌取りも、あと5日の我慢ね」
*
約2年半前まで、イザベラは目立たない地味な令嬢だった。
好きなことは、女神リュシアに関連する本を読んだり、祈ったりすること。
「いつか素敵な王子様が現れて、自分を見つけてくれないかな」
という他力本願的なことを夢見ることはあるが、それ以外は、良くもなく悪くもない日々を淡々と過ごしていた。
そんなある日、イザベラが乗っていた馬車が、事故を起こした。
馬が何かに驚いて急に駆け出し、馬車が建物に衝突してしまったのだ。
イザベラは何とか無事だったものの、彼女を庇った父親が、額を切る大けがを負ってしまった。
「お父様! しっかりして!」
青白い顔をした父を前に、イザベラは必死に女神リュシアに祈った。
どうか父を救ってくださいと強く思う。
その瞬間、イザベラの体が光った。
その光に包まれ、父親の傷がどんどんふさがっていく。
これを見ていた人々が、一斉に声を上げた。
「聖女だ!」
「聖女様だ!」
イザベラの、癒しの力の発現の瞬間だった。
後日、父親に王都にある中央大聖堂に連れて行かれ、彼女は聖女として認定された。
その場にいたヴァルター枢機卿によると、彼女に発現した癒しの力は非常に強いらしい。
「素晴らしい癒しの力だ。おめでとう、君は奇跡に選ばれたんだ」
「お前は私の誇りだ!」
ヴァルターと父親がニコニコしながら言う。
――そこから、イザベラの生活は一変した。
まず、周囲の人の態度が変わった。
もともと平凡な令嬢であったイザベラは、学園では馬鹿にこそされないものの、特別な扱いを受けることもなかった。
しかし、聖女に認定されてからは、生徒たちは皆彼女を特別扱いした。
会ったこともないような高位貴族ですら、彼女に頭を下げる。
(なんて気分がいいのかしら)
彼女はうっとりした。
生まれて初めての体験に、心の底から満たされた気持ちになる。
そんなある日、ヴァルター枢機卿が、彼女を教会に呼んだ。
会わせたい人がいるという。
誰だろうと思って行くと、そこにいたのは、ルパート王子だった。
(うそっ! ルパート様!?)
ルパートといえば、学園の女性たちの憧れの的だ。
イザベラも、彼が自分を迎えにくるところを何度も妄想したことがある。
そして、この日以降、イザベラはルパートと多くの時間を過ごすようになった。
ルパートはとても格好良く、彼女に優しくしてくれる。
イザベラは有頂天になった。
同時に、彼の婚約者であるソフィア公爵令嬢が憎くて仕方なくなってくる。
(本当に邪魔ね。どうにかならないの?)
苦々しく思っている矢先に、彼女は、ルパートとヴァルター、そして父親にとある計画を持ち掛けられた。
ルパートとソフィアの婚約を破棄する計画だ。
「そうすれば、私は君と結婚できるし、きっと王位にだって就ける」
「お前は将来の王妃だ」
ルパートと父にそう言われ、彼女は舞い上がった。
彼と一緒に居られる上に、王妃にまでなれるだなんて、夢のようだ。
迷いは一切なく、彼女はソフィアに虐げられたと嘘の証言をした。
聖女と数人の証人の言葉に、ソフィアは成すすべもなく、婚約破棄された上に王都を追い出された。
「これでもう邪魔者はいないわ」
その後、彼女は、ヴァルター枢機卿とルパートに言われるがまま、奉仕活動を行った。
どんどん人々から尊敬を集めるのが分かり、尊大な気持ちになる。
そして、そんな日々を楽しく過ごすこと、約1年――――。
彼女は、ルパート王子に呼ばれた。
「『大聖女選定の儀』が開催されることになった」
王子によると、イザベラが大聖女に選ばれるのは間違いないらしい。
「候補は5人いるが、君よりも癒しの力が強い者はいないそうだ。――しかも、うち1人は聖女でもないという話だ」
ルパートが馬鹿にしたように言う。
「他の聖女はただの当て馬だが、まさか聖女でもない者が来ることになるとは思わなかった」
「本当ですね」
イザベラはくすくす笑った。
楽勝ね。と内心思う。
その後、ヴァルター枢機卿の言葉に従い、彼女は王都のあちこちで祈りを捧げて回った。
正直、平民に混じって祈りを捧げるなんて嫌で仕方なかったが、大聖女になれると思って我慢した。
大聖女になって、ルパートと結婚し、王妃として権力を握るのだ。
「素晴らしいわ……」
王妃となった自分を想像し、彼女はうっとりした。
大聖女になり、王妃として権力を握れば、今以上に皆自分に頭を下げるに違いない。
「楽しみね」
仄暗い笑みを浮かべる彼女を乗せ、馬車は王都の街を走り抜けていった。
*
一方そのころ。
ヴァルター枢機卿とルパート王子、ダモンド伯爵の3人が、中央大聖堂に集まっていた。
3人が集まった目的は、イザベラを大聖女に見せるための仕掛けの確認だ。
「まず、こちらへどうぞ」
ヴァルターが2人を鐘の間に案内した。
鐘の間は塔の上にあり、小屋ほどの大きさもある巨大な鐘が吊り下げられている。
ヴァルターが懐中時計を取り出して見た。
「そろそろ時間ですな。耳を塞いでください」
そして――――。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
鐘がひとりでに動いて鳴り始めた。
「……っ!」
あまりに大きな音量に、ルパートとダモンドが両手でギュッと耳を押さえる。
そして、鐘が鳴り終わると、
ヴァルターが、鐘の下の石床を指差した。
「この下に、レバーを回すと動く仕組みを設置しました。オルガンとハトについては、人の手で行う予定です」
ちなみに、彼らがやろうとしているのは、伝説の『大聖女選定の儀』の人為的再現だ。
伝説によると、大聖女が祈りを捧げると、誰もいない教会の鐘が鳴り、オルガンが響き、ハトが飛び立つという。
ヴァルターの計画では、
儀式の当日、まずは2人の聖女に祈りを捧げさせる。――しかし、このときは、何も起きない。
そして3番目にイザベラが登場し、祈りを捧げた瞬間、鐘が鳴り響き、オルガンが演奏を始め、ハトが一斉に舞い上がる。
「――そして、最後に残りの2人が祈るが、やはり何も起きず、この時点で、“神に選ばれたのはイザベラである”と、民衆に強く印象づける予定です」
ダモンドが感嘆の声を上げた。
「素晴らしいですな! さすがはヴァルター様です!」
「ああ、完璧だな」
ルパートが感心したような顔をすると、ヴァルターが「恐れ入ります」と笑顔で礼をする。
ダモンド伯爵が、歪んだ笑みを浮かべた。
「これで我が娘も晴れて大聖女ですな」
「ああ、私は大聖女の婚約者だ」
「では、私は大聖女の後見人ですな」
ルパートとヴァルターも、品のない笑顔でうなずく。
その後、3人は機嫌良く別れの挨拶をすると、
薔薇色の未来を夢見ながら、それぞれ馬車に乗って帰っていった。
夜にもう1話投稿します。




