閑話:冬の修道院
本日3話目です。
ひんやりとした空気が漂う、まだ暗い冬の早朝。
カーン、カーン、カーン
修道院に、乾いた鐘の音が鳴り響いた。
自室で寝ていたソフィアは、冷たい空気の中、ぱちりと目を開けた。
ぼんやりとしながら起き上がると、寝ぼけ眼で身づくろいを始める。
そして、シスター服に着替えて窓を開けると、外は一面の銀世界だった。
「まあ、ずいぶん降ったのね」
ソフィアはぶるりと身を震わせた。
道理で寒いはずだ。
彼女は窓を閉めると、分厚いショールを羽織って部屋を出た。
冷たくて静かな廊下を早足で歩き、女神リュシア像が祀られている“祈りの部屋”へ向かう。
祈りの部屋は、ほんのり暖められており、すでに何人かのシスターたちが席に座っていた。
ソフィアも、そっと一番後ろに座る。
やがて、朝のお祈りが始まった。
聖典を読み、女神リュシア像に祈りを捧げていると、外がぼんやりと明るくなってくる。
お祈りが終わると、ソフィアは皆と食堂に移動した。
いつも通り、大きなテーブルを囲んで朝食をとり始める。
今日のメニューは、野菜の入った牛乳のシチューにパン、チーズ、バター、ジャムなどだ。
シチューの良い香りが鼻をくすぐる。
スプーンを動かしながら、ソフィアが口を開いた。
「こちらに来て、ここまで積もったのを見たのは、初めてですわ。このあたりは、あまり雪が降らないのかしら」
すると、全員が一斉に首を横に振った。
「今年は本当に暖かいよ」
「例年ならもっと早く、たくさん積もっているわ」
ヒルダが、パンにジャムをたっぷり塗りながら口を開いた。
「そういえば、今年は暖かいせいか、冬野菜が豊作だって聞いたわ」
「確かに、畑のカブもびっくりするくらい甘かったよね」
そんな話をしながら、穏やかな朝の時間が過ぎていく。
そして、朝食のあと、ソフィアは庭に出た。
(寒いわね……)
ショールできつく身を包みながら、花壇に植えられている食べられる花の前で足を止める。
(さすがに、雪で枯れてしまったかしら……)
しゃがみ込んで、そっと雪をかき分けてみると、下から小さな花が顔をのぞかせた。
花は色鮮やかなままで、つやつやしている。
「まあ……雪に負けなかったのね」
ホッとしていると、後ろからヒルダが近づいてきた。
花を見て目を丸くする。
「すごい! てっきり雪でやられてると思ってた!」
「わたくしもそう思っていたのだけど、元気で良かったわ」
「この花、雪に弱いはずなんだけどなぁ……」
ヒルダは首をかしげ、不思議そうに花を見つめる。
その後、ソフィアは暖かいコートに着替え、ブーツを履いて外に出た。
ヒルダと一緒に、通路に積もった雪をスコップでかき始める。
足首ほどの高さとはいえ、想像よりもずっと力がいる。
(結構しんどいわね)
時々休みながら、ひたすらスコップを動かしていく。
そして、ようやく門の前まで終えた頃には、2人ともすっかりクタクタになっていた。
ソフィアは手袋を外して、額の汗をぬぐった。
「こんなに寒いのに汗をかくなんて、不思議だわ」
「そうね」
ヒルダが、くすくす笑った。
「でも、あんまり汗かいたまま外にいると、風邪をひいちゃうわ。早く中に戻りましょう」
「ええ、そうね」
ソフィアはうなずくと、門の前に雪の山を作った。
スコップを持って、帰ろうとする。
そして、ふと思い立って、門に付いているポストをのぞき込んだ。
中には手紙か何通か入っている。
(郵便屋さん、もう届けてくれたのね)
再び手袋を外してポストから手紙を取り出すと、その中に、水色の封筒――ロイドからの手紙が入っていた。
(まあ!)
ソフィアは、そっと封筒をコートのポケットにしまった。
ヒルダと一緒に建物の中へ戻る。
そして、手紙をそれぞれの宛名に配り終えると、自室に向かった。
部屋に入ると、誰かがストーブに炭を入れてくれたらしく、ほんのり暖かい。
彼女は、パタンと扉を閉めた。
コートを脱ぐと、高鳴る気持ちを押さえながら、ペーパーナイフで封を切る。
中には、几帳面な筆跡で綴られた便箋が3枚入っていた。
――――
親愛なるソフィアさん
お元気ですか。王都では毎日雪が降っています。……
――――
ソフィアはふっと口元を緩めた。
真面目な書き出しが、とても彼らしい。
手紙によると、王都は例年よりも雪が多いらしく、旧街道が埋もれてしまったため、しばらく訪問を控えると書いてあった。
(もしかすると、次に会えるのは春になってからかもしれないわね……)
ソフィアは、そっと視線を落とした。
しばらく会えないのは寂しい。
でも、無理をして何かあるよりは、冷静に判断してくれて良かったと思う。
(でも、しばらくお会いできないなら、前回お返事をしていればよかったわ)
返事とは、ロイドに収穫祭の際に言われた、
「見習い期間が終わったら一緒に来て欲しい」
という言葉に対するものだ。
このことについて、ソフィアの後見人であるアウグストに相談したところ、珍しく真面目な顔で
「幸せになれると思うなら、そうしなさい」
と言われた。
(……ロイド様となら、きっと幸せになれる気がするわ)
何よりも、これからもずっと一緒にいたい。
勘当された身であることは申し訳ないけれど、その分しっかり働こう。
自分を知っている人も少ないだろうから、きっと1からやり直せる。
そう思って、今度会ったら返事を伝えようと思ったのだが、どうやらしばらく先になりそうだ。
ソフィアはペンを取った。
ショールを肩に掛け、机に向かう。
そして彼女は、新しい便箋を取り出すと、ゆっくりと丁寧に、ロイドへの返事を書き始めた。
窓の外には、また雪がちらつき始めていた。
ここまでで第2章終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました!
早いもので、明日から第3章(最終章)に入ります。




