12.収穫祭、その後
本日1話目です。
収穫祭が終わり、日常の静けさが戻ってきた。
どこか浮き立っていた修道院は落ち着きを取り戻し、以前と変わらぬ規則正しい日々が過ぎていく。
ソフィアも以前と同じ生活を送り始めるが、変わった点があった。
それは、週に1回、懺悔室クッキーを作るようになったことだ。
アウグストの提案で、週末だけ売り出したところ、すっかり名物となった。
“懺悔室の聖女プロデュース”という売り文句や、見た目が可愛らしいことに加え、どこからか、
『あのクッキーを食べると体調が良くなる気がする』
『落ち込んでいた気持ちが明るくなる気がする』
という噂が広まり、色々な人がクッキーを買いに来るようになった。
ソフィアは苦笑した。
懺悔室クッキーという名前ではあるものの、実際は、修道院にある材料を、自分がこねて作っているだけの普通のクッキーだ。
(まあでも、病は気から、と言いますものね。そういうのが大切なのかもしれませんわ)
一緒に修道院の焼き菓子を並べたところ、ついでに買う人が続出し、大聖堂は定期的な収入を得られるようになった。
アウグストは、これらのお金を使って、大聖堂の修繕を始めた。
壁のひび割れを直したり、汚れた壁を綺麗に白く塗り直したりする。
「いやいや、本当に助かるよ」
来年の春には、足の悪いお年寄りのために、階段に手すりを付けるらしい。
そして、修繕が終わったあと。
ソフィアは大聖堂の中に足を踏み入れた。
壁が綺麗になったせいか、女神リュシア像もどこか嬉しそうだ。
「最初はどうなることかと思ったけど、綺麗になって良かったわ」
心配なのは、冬になって花が咲かなくなることだ。
一応押し花はたくさん作っているが、春になる前にはなくなってしまうだろう。
(そうなったら、ジャムクッキーだけになるわね)
ジャムクッキーのジャムは、祭りではないということで、リンゴベリーからイチゴに変更した。
他にもアプリコットなどのジャムでバージョンを増やし、こちらもなかなか好評だ。
名物ができて綺麗になった大聖堂には、前にも増してたくさんの人々が訪れるようになった。
人々が大聖堂に集まってきている――そんな雰囲気だ。
ロイドとは、あのあと1回会った。
お互いあの時のことは何も言わなかったが、前よりもずっと仲良くなった気がする。
――――そして、収穫祭から約2か月後。
すっかり葉が落ちた街路樹に、淡い陽の光が降り注ぐ、冬の午後。
ショールを身に纏ったソフィアが、懺悔室で熱心に話を聞いていた。
足元には、小さなストーブが置いてある。
話をしているのは、腰の曲がった高齢のおばあさんだ。
内容は、10年前に亡くなったおじいさんについて。
命日の今日、ふと誰かに話を聞いてもらいたくなったらしい。
「その時ね、あの人が言ったんだよ。そんなこと気にしなくていいって。それで、私も決心がついてねえ」
楽しそうに思い出を語るおばあさんに、ソフィアも楽しそうに相槌を打ちながら話を聞く。
最近、こういった「ただ話を聞いて欲しい」という相談が増えた。
きっと信頼してもらっているのだろうと思う。
(たぶん、これはすごくいいことだわ)
――そして、老婆が「ありがとうよ。気持ちが軽くなったよ」と言って立ち去った後。
ソフィアは窓の外を見た。
外は灰色で、雪がちらついている。
「……ロイド様、お元気かしら」
最近、何かある度に彼のことを思い出している。
いつも門に誰か来ていないか気にしているし、手紙が来ていないかチェックしてしまう。
「一緒に来て欲しい」と言われた返事はまだできていないが、心はもう決まっている。
心のどこかで、本当に自分でいいのだろうかとも思ったが、彼女はそれについては考えるのを止めた。
ロイドに失礼だと思ったからだ。
(次回いらしたときに、お返事しなければ)
そんなことを考えていると、
ゴーン、ゴーン……
終了の鐘の音が鳴った。
ソフィアは立ち上がると、片づけを済ませて書庫を出た。
シスターたちに挨拶して馬車を呼んでもらうようにお願いする。
そして、誰もいない祈りの間のベンチに座って、ボンヤリと馬車を待っていた、その時。
キィィ
正面の扉が開いた。
雪風と共に、上品な雰囲気の白髪の女性が、よろけながら中に入ってきた。
暖かそうな立派なコートを着て、銀のモノクルをかけている。
ソフィアは駆け寄った。
「大丈夫ですか」
見たことのない方だわ、と思いながら、ハンカチを取り出して、コートの雪を払う。
女性が微笑みながらお礼を言った。
「ありがとうね、お嬢さん」
「いえ、お祈りですか?」
「いやね、この大聖堂に名物のクッキーなるものがあるって聞いてねえ」
一度食べてみたくて、遠くからやってきたらしい。
ソフィアは申し訳ない気持ちになった。
今日の分はとっくに売り切れてしまった。
(あ、でも)
彼女は、お腹が空いたときに食べようと持ち歩いていたクッキーがあったことを思い出した。
鞄をゴソゴソと探り、紙袋を取り出す。
「こちらをどうぞ。名物のクッキーと同じものです」
「おや、いいのかい?」
「はい。遠くから来てくださってありがとうございます」
「ありがとね。いくらだい?」
「売り物ではありませんので、お代はいただきませんわ」
ソフィアが控えめに言うと、女性がにっこりと笑った。
何度もお礼を言って、大聖堂を出ていく。
その時、手伝いの少女が奥から出て来た。
「ソフィアさん! 馬車来ました!」
そう言われて外に出ると、雪がちらつく中、2台の馬車が停まっていた。
1台は、いつもソフィアが乗っているもの。
そして、もう1台は、このあたりでは見たことがないほど立派な馬車だった。
ソフィアが外に出ると同時に、走り出す。
(もしかして、あの方の馬車かしら)
確かに、とても上品な方だったわ。と思い出す。
(どこかの貴族の御隠居様かしら)
そんなことを考えながら彼女は馬車に乗り込むと、雪がちらつく中、修道院へと戻って行った。
◇◇ ◇
銀のモノクルの女性は、馬車の中でゆっくりと紙袋を開けた。
中に入っているのは、クッキーと焼き菓子だ。
「おやまあ、おいしそうだねえ」
彼女は迷うことなく、花がついたクッキーを取り出した。
そっと一口かじると、目をつぶって咀嚼する。
そして、うっすらと目を開けると、小さくつぶやいた。
「……どうやら、噂は本当のようだね」
考え込むようにクッキーに付いている押し花を見つめる。
そんな女性を乗せ、黒塗りの馬車は、白くなりつつある街の外へと消えていった。
本日は3話投稿します。




